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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第七章
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揺れる温度

 話終えると、彼は背を丸めてカウンター席に突っ伏した。

 ラヴィは黙ってその背を優しく撫でた。その手つきはとても優しいものだったが、彼女の瞳は怒りに燃えていた。

 打ちのめされた風の彼を見ると胸が痛み、激しい怒りが込み上げて来たのだ。


 ……一体誰が、彼をこんな酷い目に。


「笑えるだろ。オレだけ生き残ったんだ」


 バドが突っ伏したままくぐもった声で言った。


「幼馴染の名前だって気付かずに、ずっと使ってた……。ずっと、気付かずに……」

「……」

「子供みたいになんかに期待して、あんたまで巻き込んで……結局、何も無い」


「見つけたじゃないですか」


 彼が顔を上げて、少し驚いた様にラヴィを見た。

 ラヴィは唇を震わせながら、微笑んで見せた。


「かけがえのないご友人と、ア・レンという自分の名前を見つけました」

「……今更戻れない」

「戻るも戻らないも、元々貴方は貴方じゃないですか」

「……なにそれ。じゃあさ、ラヴィから見てオレってどんなヤツ?オレ、ソイツになろうかな」


 拗ねているのか、気が晴れて来たのか、彼は頬杖をついてラヴィに聞いた。

 ラヴィはちょっと戸惑ってから、すぐに悪戯そうに微笑んだ。


「軽薄で」

「え」


 眉を寄せて目を見開いた彼の顔に笑い出しそうになりながら、ラヴィはせいぜいツンとして続ける。


「狡賢くて」

「おい」

「無計画で」

「マジで?」

「淫乱」

「……」


 二人はお互い唇を尖らせて、睨み合った。

 彼が腕を組んで抗議する。


「ひでぇ、『ムードメーカー』で『機転が利いて』、『行動力がある』だろ?淫乱に関しては、否定はしないけどせめて『スケベ』位にしてくれ」


 ふふふ、とラヴィは笑い出して、憮然としている彼に言った。


「そうですね」

「そうですね、じゃねぇ!」

「前向きなところも好きです」


 言ってしまってから、ラヴィはあっと口を押えて赤くなった。

 彼が照れ臭い様な、困った様な顔でニヤけながら、そっとラヴィの頬に触れて髪を撫でた。


「……ありがとう」


 ラヴィが潤んだ瞳で彼を見上げた時、空気を読まない朝の鳥が、何処かの木の上で羽ばたいた。

 ラヴィはその音に身を竦めた。

 彼が手を引っ込めて、視線を逸らす。

 どちらからともなく、二人はサッと離れた。


「……スゲェよな。君は皇子様の妃。イソプロパノールも安泰。……大団円だ」


 ラヴィは顔をくしゃくしゃに歪めた。

 そんな話は止めて欲しかった。

 でも、彼女は彼の優しさを無駄にしてはいけない、と思い頷いた。


「……ええ」

「幸せにな」

「……お別れみたいですね」


 アハッ、と彼がお馴染みの笑い方をするから、ラヴィは胸が痛い。


「お別れだよ。皇子は君にオレを近づけやしないさ。こうして話すのも最後さ」

「わたくしはそうしないわ」

「オレがそうする」


 頑として彼が言った。


「君が幸せになるなら」


-----------------------------


 行こう、と朝もやの立ち込める廃墟を彼は歩いて行く。

 なにが、とはハッキリしない名残惜しさに、ラヴィは彼を呼び留めようとし、少しまごついた。


「バ……あ、ア・レン……?」


 振り返った。

 傷ついた顔をしているのは、気のせいだろうか?

 彼は片足だけを少し外側へとんと広げ、腕を組んだ。

 

「バドだ」

「……」

「オレは、今まで通りバドでいい」

「……はい」


 バドは一つ頷くと「行くぞ」と言って踵を返した。

 ラヴィは小さな声で「はい」と答え、彼の背中を見詰めた。


 バドの背中が遠い。

 急ぎ足で追いついても、きっと遠いのだろう。

 それを確認するのが怖くて、ラヴィはバドから少し離れた後ろから、とぼとぼとついて行った。


 夜が明ける。朝日が差す。

 その場に生まれた温度が、朝もやと共に冷めて消えた。


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