バド
廃墟の中は不気味で、ひんやりと冷たい。
石造りの家が土の道を挟んで立ち並び、ただ単に人々は寝静まっている様に見えるが、何の気配も感じられない。
ラヴィはバドを探して、薄闇を彷徨った。
次に通り過ぎる石の家の玄関から、ひょっと黒い何かが飛び出すのではないか、行く道のあの真っ暗な先から、人ならざる者がやって来るのではないか、と変な考えばかりが過ぎって、ラヴィの心をしぼまそうとする。
船からは見えないだろうと思える程入り組んだ街中へ入り込むと、彼女は急いでランプを付けた。
明かりが現れた事で辺りの陰が濃くなり、余計に薄闇を敵に回した気がして後悔したが、ラヴィはそのままバドを探した。
街の広場の様なガランとした場所まで来ると、ラヴィはその中央に置かれている涸れた噴水の淵に腰かけた。
バドは見つからない。
しかも、迷ってしまった様だった。
ラヴィは途方に暮れて、自分の足をじっと見た。
初めて穿いた時には真っ白だったバレエ・シューズは、所々ささくれて汚れている。
自分の様だ、と彼女は思い、ポロッと涙を零した。
迷子だわ。……バカみたい。
わたくしは何をやっているのかしら?
何かの重荷ばかりになって、迷子になって泣いている。
グスッと鼻を啜り、しばらく泣いていると、噴水の反対側から声がした。
「泣くくらいなら、ついて来んなよ」
ラヴィは振り向かずに涙を拭いた。
「だ、だって、一人で行くから……」
バドが「うん?」と言って、ラヴィの隣に腰かけた。
ラヴィは彼の腕を捕まえて、寄り掛かった。
こんなにも安心した事は無かった。彼の腕の体温に、また涙腺が緩んだ。
「迷子になるでしょう?」
「なんだそれ」
しょうがねぇなー、と言ってバドがラヴィの手を取って立ち上がった。
「それじゃ、迷子のラヴィさん。デートしようぜ。案内してやる」
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案内してやるとは言ったものの、空は明るくなり始めていたので、バドは思い出を手繰って噴水から一番近いレストランへ向かった。
当然の事ながら、記憶の中で賑わっていたレストランは薄闇に沈み、シンと静まっている。
それでも思い出のままのテーブルの並び方や、ゼンマイ仕掛けの大きな時計や良く座ったカウンター席などを見ると、当時の賑わいが幻の様に耳にこだまして、バドははしゃいだ。
「ガキの頃、良く出入りしたなぁ。ほら、天井がないだろ?『星空食堂』って皆呼んでた。あそこ、ステー
ジがあるだろ?あそこで、昼は音楽隊が演奏して、メインの夜はキレーなネェちゃんたちが踊るんだ。オレたちは夜は出入り禁止だったから、コッソリそこの窓から……」
『星空食堂』の門を潜るなり溢れ出た思い出を、大きな身振り手振りを付けてラヴィに話しながら、バドはいつの間にか泣いていた。
涙が頬を濡らしたが、なんて事無い様に見せて、ラヴィに思い出の一つ一つを聞かせた。
ラヴィはそんな彼を見て、優しく微笑み、一つ一つに頷いてくれた。
バドはこうなるのが嫌だったから、ラヴィが後について来たと分かった時、姿をくらました。
街のどれもが、彼の思い出の切れっ端を引き出して心を浮き立たせた。
そして、次の瞬間には悲しみと寂しさに締め付けられた。
語る相手がいれば、こうなるのは必然だった。
バドは女の子の前で泣いた事は無い。
女の子だけじゃない。誰の前でだって、泣いた事は無い。
もしかしたら、マクサルトを離れて初めての涙かもしれなかった。
酷くバツが悪くて、彼はラヴィから距離を取る為に、店の奥のカウンター席へ行き、自分のお気に入りだった席に座った。
よじ登る様にして座っていた椅子が、とても低くなっている事に軽くショックを受けながら、カウンター席にいびつな文字で彫られた落書きを見つけた。
「……懐かしいな。ラヴィ、見て。これ、オレがダチに嫌がらせで彫ったんだぜ」
「やっぱりヤンチャだったのですね。なんて彫ったのですか?」
ラヴィが傍に来て聞いた。
「バドはいばりんぼ」
何気なくそう教えると、ラヴィが不思議そうな顔でバドを見た。
「……威張り屋だったのですか?」
アハッと彼は笑った。
「違う違う。オレじゃなくて、バドが」
……あ、と彼は言葉を止めた。
「……バド」
ラヴィが不安そうな顔で、彼の名を呼んだ。
でも、もうそれは彼の名前では無かった。




