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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第七章
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バド

 廃墟の中は不気味で、ひんやりと冷たい。

 石造りの家が土の道を挟んで立ち並び、ただ単に人々は寝静まっている様に見えるが、何の気配も感じられない。


 ラヴィはバドを探して、薄闇を彷徨った。

 次に通り過ぎる石の家の玄関から、ひょっと黒い何かが飛び出すのではないか、行く道のあの真っ暗な先から、人ならざる者がやって来るのではないか、と変な考えばかりが過ぎって、ラヴィの心をしぼまそうとする。

 船からは見えないだろうと思える程入り組んだ街中へ入り込むと、彼女は急いでランプを付けた。

 明かりが現れた事で辺りの陰が濃くなり、余計に薄闇を敵に回した気がして後悔したが、ラヴィはそのままバドを探した。

 街の広場の様なガランとした場所まで来ると、ラヴィはその中央に置かれている涸れた噴水の淵に腰かけた。

 バドは見つからない。

 しかも、迷ってしまった様だった。

 ラヴィは途方に暮れて、自分の足をじっと見た。

 初めて穿いた時には真っ白だったバレエ・シューズは、所々ささくれて汚れている。

 自分の様だ、と彼女は思い、ポロッと涙を零した。

 

 迷子だわ。……バカみたい。

 わたくしは何をやっているのかしら?

 何かの重荷ばかりになって、迷子になって泣いている。

 

 グスッと鼻を啜り、しばらく泣いていると、噴水の反対側から声がした。


「泣くくらいなら、ついて来んなよ」


 ラヴィは振り向かずに涙を拭いた。


「だ、だって、一人で行くから……」


 バドが「うん?」と言って、ラヴィの隣に腰かけた。

 ラヴィは彼の腕を捕まえて、寄り掛かった。

 こんなにも安心した事は無かった。彼の腕の体温に、また涙腺が緩んだ。


「迷子になるでしょう?」

「なんだそれ」


 しょうがねぇなー、と言ってバドがラヴィの手を取って立ち上がった。


「それじゃ、迷子のラヴィさん。デートしようぜ。案内してやる」


 ----------------------------------------


 案内してやるとは言ったものの、空は明るくなり始めていたので、バドは思い出を手繰って噴水から一番近いレストランへ向かった。

 当然の事ながら、記憶の中で賑わっていたレストランは薄闇に沈み、シンと静まっている。

 それでも思い出のままのテーブルの並び方や、ゼンマイ仕掛けの大きな時計や良く座ったカウンター席などを見ると、当時の賑わいが幻の様に耳にこだまして、バドははしゃいだ。


「ガキの頃、良く出入りしたなぁ。ほら、天井がないだろ?『星空食堂』って皆呼んでた。あそこ、ステー

ジがあるだろ?あそこで、昼は音楽隊が演奏して、メインの夜はキレーなネェちゃんたちが踊るんだ。オレたちは夜は出入り禁止だったから、コッソリそこの窓から……」


 『星空食堂』の門を潜るなり溢れ出た思い出を、大きな身振り手振りを付けてラヴィに話しながら、バドはいつの間にか泣いていた。

 涙が頬を濡らしたが、なんて事無い様に見せて、ラヴィに思い出の一つ一つを聞かせた。

 ラヴィはそんな彼を見て、優しく微笑み、一つ一つに頷いてくれた。


 バドはこうなるのが嫌だったから、ラヴィが後について来たと分かった時、姿をくらました。

 街のどれもが、彼の思い出の切れっ端を引き出して心を浮き立たせた。

 そして、次の瞬間には悲しみと寂しさに締め付けられた。

 語る相手がいれば、こうなるのは必然だった。

 バドは女の子の前で泣いた事は無い。

 女の子だけじゃない。誰の前でだって、泣いた事は無い。

 もしかしたら、マクサルトを離れて初めての涙かもしれなかった。

 酷くバツが悪くて、彼はラヴィから距離を取る為に、店の奥のカウンター席へ行き、自分のお気に入りだった席に座った。

 よじ登る様にして座っていた椅子が、とても低くなっている事に軽くショックを受けながら、カウンター席にいびつな文字で彫られた落書きを見つけた。


「……懐かしいな。ラヴィ、見て。これ、オレがダチに嫌がらせで彫ったんだぜ」

「やっぱりヤンチャだったのですね。なんて彫ったのですか?」


 ラヴィが傍に来て聞いた。


「バドはいばりんぼ」


 何気なくそう教えると、ラヴィが不思議そうな顔でバドを見た。


「……威張り屋だったのですか?」


 アハッと彼は笑った。


「違う違う。オレじゃなくて、バドが」


 ……あ、と彼は言葉を止めた。


「……バド」


 ラヴィが不安そうな顔で、彼の名を呼んだ。

 

 

 でも、もうそれは彼の名前では無かった。


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