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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第六章
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誰かの夢3

 平野の獣は足が速い。

 それより早く走るのは無理な話だ。

 けれど、アーウィンの放つ弓矢はそれより早く、鋭い。


 ケーンと哀愁漂う泣き声を上げて倒れる獣の首を、彼はピッタリその場で待ち受けて鋭くナイフで切り裂いた。


「やったわ!」


 アーウィンの傍らで息を飲んでいたエレンが、ぴょんと飛び上がって歓声を上げた。


「ざまぁないわ! わたくしの果樹園を二度も荒らした憎いヤツ!」


 背の低い草を蹴散らしながら彼に駆け寄って、横たわる獣のずんぐりした腹を蹴飛ばすと、彼女は子供らしくケラケラ笑った。ちょっと意地悪そうな、獅子鼻の愛嬌のある顔立ちの娘で、褒められる所と言えば、美しい空色のパッチリした瞳くらいだが、それが妙に惹きつけられる。


「キリングにも噛み付いたしね」


 アーウィンが追いついて言った。獣の追跡の為に、金髪が埃と草を絡めてボサボサになっている。これを整えれば見事な金髪だ。思慮深げな瞳は濃い緑色で、彼は自分が助けられた滝の色を思い出す。

 アーウィンと彼は微笑み合って、手首の動脈を擦り合わせる様に二回ぶつけ合う。血を分かち合おう、俺たちは兄弟。


 この国流の男のハイタッチ。


「あら、キリングに噛み付いたのは褒めてやらなきゃ。褒美におまえの長い尾を編んで、わたくしたちのブレスレットにしてあげる」


 エレンは首から血を吹く獣に恐れもせずに屈みこみ、その見事な尾を撫でる。


「あら、なにか聞こえない?」


 エレンが言って、三人は耳を澄ました。

 アーウィンが息絶えた獣を訝しげに見詰め、屈みこんだ。弱弱しいヒヨヒヨという鳴き声が、くぐもって聞こえて来る。


「これは幸運だ」


 アーウィンが獣の腹をさばいた。どろりとした胃袋を片手で造作なく引き出すと、その幕をそっと破った。

 ドロドロした粘液にまみれて出て来たのは、拳二つ分程の鳥だった。鳥は再び外の世界に戻れたのが信じられないかの様に、ヒヨヒヨと大きく鳴いた。泣き声は可愛らしいが、大きいし、嘴も爪も鋭い。


「鷲だわ!」

「まだ子供だね。飛ぶ練習中に、丸呑みされたんだな」


 アーウィンが水筒の水を掛けて鷲の子供を洗ってやった。鷲の子はひどく暴れて、体中の羽を辺りに散らかした。

 嬉々としてエレンが羽を拾う。


「鷲の羽のネックレスが欲しかったの!」


 アーウィンが鷲の首を片手で掴んで、その幼くも獰猛そうな顔を覗き込んだ。


「大分大きいけど、懐くかな?」

「無理だろう。雛の内に餌をやっていなければ。放してやろう」

「イヤよ!」


 彼の提案に、エレンが即座に反対した。


「飼いたいわ!」

「でも、懐かないよ」


 アーウィンがわざと鷲の子の顔をエレンに近付けると、鷲の子が鋭い嘴をクパッと開けてシャッ、と威嚇音を出した。


「ほらね」


 エレンは怖気づいたが、二人に反対されたのが気に入らない。


 二人の少年はエレンより幾つか年上のお兄さんだ。勝ち気でお転婆なエレンだから、なんとか二人にくっついていられるけれど、エレンが大きくなる分だけ、同じく二人も大きくなってしまって、ちっとも追いつけやしない。

 加えて腹立たしい事に、エレンは女の子なのだ!

 どんどん二人と違う生き物に変化している奇妙な不安と焦りに、エレンは泣きたくなってしまう。


 二人が大好きなのに、いつかわたくしだけが、仲間外れになるのではないかしら?いいえ、もう既にその時は来ていて、わたくしが知らないだけで二人に邪魔者扱いされているのかもしれない……。


 そんな不安が、彼女のヘソを曲げさせた。


「いいわ。わたくし一人で飼う」


 アーウィンから鷲の子をひったくろうとすると、鷲の子が鋭い嘴を繰り出した。


「あっ」


 エレンの日に焼けた小さな手の甲に、鋭い傷が出来て、みるみる血が溢れ出た。


「あーっ」

「大丈夫か!?」


 彼はエレンへ駆け寄って、服の布を裂いて止血した。アーウィンは興奮する鷲の子を押さえつけるのに手一杯だ。


「ね、エレン、無理だよ。野に放してやろう」


 エレンは彼の優しい声に、彼の言う事を聞こうと思ったのだけれど、痛みのせいか、彼の声が優し過ぎたせいか、涙がこぼれてしまった。


「エレン?」

「おい、どうした?」


 二人に心配そうに顔を覗き込まれ、そうなるともう恥ずかしくて、エレンは首を振り、顔を真っ赤にして癇癪を起した。


「か、籠を持って来るから!そこでその悪い子をしっかり捕まえててちょうだい!絶対よ!」





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