誰かの夢2
コバルトブルーの小さな頭から、エメラルドグリーンの尾への色彩が美しい小鳥は、今日ものどかな昼過ぎに、仕事を終えた。
彼は愛らしい友人にご褒美の小さなベリーの実を与えようとして、小さく歓声を上げた。
始め、この美しい鳥は彼の手から絶対に褒美を受け取らなかったが、今ではすっかり懐いた様で、今日は大胆にも彼の手の内で実をついばんだのだった。
彼は、鳥の僅かな重みと小さな爪の感触に、胸を高鳴らせながらその美しい羽を観察した。鳥は彼の熱い視線が気になったのか、ちょっと迷惑そうに「ピピッ」と鳴いて窓から飛び立った。
可愛らしい綿毛と、主人に託された手紙を置いて。
きれいなブラグイーハへ
けさはアーウィンと、あなたのために山ももと、土りんごと、ベリーと、赤こんさいと、あと、アーウィンが、草いのししをとりました。それから、キリングが、あなたを女の子みたいと言ったので、わたくしはおこったの。あなたの足はとても大きいって。わたくしたちのブラグイーハ。あすはあるくれんしゅうをしましょう。ゆうがたあいに行きます。
あなたのエレンとアーウィンより
おっとりと微笑みながら、その口元に皺の刻まれ始めた女が、つたない手紙を読んでくれるのを、彼は熱心に聞いていた。
手紙が終わると、それを女から大事そうに受け取って、首を傾げた。
「私の足は大きいですか?」
「そうねぇ、とても背が伸びるでしょうよ」
「その件はどの文です?」
手紙を見詰めながら、彼は女が指先で撫でた文を同じく指でなぞった。
「おおきい、あなた、あし。この一文字は助詞で……」
彼は、ようやく慣れ親しんできた文字が不器用に並ぶ手紙を見詰める。一番最初に覚えたこの国の言葉を、彼は微笑んで呟く。
夕方、会いに行きます。
今の所、一度も裏切られていない。
「この国の日は長いですね」
くり抜き窓に、添え木で身体を支えながら近寄って、彼は太陽を見上げる。
「……夕日が沈むのは、とても速いのに」
女が彼の肩をそっと撫でた。
「一人で動けるようになれば、朝も昼も貴方のものになりますよ」
子供を授からなかった彼女は、もうすぐ彼の身体が元気になって、自分から離れて外へ飛び出して行くと思うと寂しかったが、そう言って微笑んだ。
ふと、彼は表情を曇らせる。
「一人で動けるようになったら、私はアガルタ様の家から出て行かなくてはいけませんね?」
もう少し先になると思っていた質問だった。
女は息を深く吸って、心から感情が漏れ出るのを防いだ。ここで感情を見せて、彼の選択肢を奪ってはいけない。
「貴方の好きにしていいわ。一人で生活をしたいならそうすればいい。土地を頂けるよう王に頼んであげるし、そこに種を撒けば飢える事もないでしょう。もちろん、集落の皆で貴方が成人するまで支えますよ」
深い黒色の瞳を潤ませた彼に、その真意を酌み損ねて彼女は慌てて付け足した。
「もちろん、この国を出て行っても……」
黒い瞳が、耐え難いと言った風にギュッと閉じられた。
彼が首を振ると、背まで伸びた艶やかな黒髪が乱れた。
彼は彼女の足元にまだ自由にならない身体でひれ伏すと、「イヤです、イヤです」と呻いた。
「お傍に置いて下さい」
「ブラグイーハ様……」
「貴方が私をここへ導いて下さった。貴方が彼の国を出なければ、私はあの悪夢の様な国にずっと」
「違います。ブラグイーハ様。貴方が彼の国でお苦しみあそばせたのは、私のせい」
「どちらでもいい。この夢の様な日々が続くなら……愛称で呼んで下さい」
苦労して試す様に、彼は泣き声で懇願する。
「は……母の様に」




