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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第五章
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冤罪

 空飛ぶボートは、アスランの蹴りが余程効いたのか快適に飛んだ。


 ただ、座席は二席しか無いのでかなり窮屈な事になった。

 バドが船尾に無理矢理立って操縦し、ラヴィは船尾側の座席に、荷物を抱えて収まった。

 ロゼは当然の様に船首側の席を乗っ取って、座席と座席の隙間に乗り込む事になったジージョは、ラヴィの傍で嬉しそうにしている。

 アスランはといえば、最初はロゼの足先にある少しの空間に、「ここでいい」と『善人』ぶって窮屈にしていたが、その内に船首の鉄板の一部を壊して、自分のスペースを造ってしまった。それでも船はなんともなかったから、この船とアスランは余程相性が良いらしかった。


 途中、ラヴィも操縦の練習をした。

 船尾席に座りながら踏み込める様になっているアクセルを踏むと、船は簡単に前進したが、舵が上手く取れなくて、つるんとした船尾にくっついているだけのバドが何度か振り落とされ、自前の巻尺ワイヤーで空中にぶら下がる羽目になった。


 皆が「荒い」「雑」「売国女」と口々に非難した。


「ちょっと静かにしててください!」


 ロゼだけ落とせないかしら、と思いながら、夢中で舵を持つ。

 ラヴィの操縦した事のある船の舵は丸いハンドル式だったが、この船は一本の太く長いレバーで、調整の感覚がまだ掴めない上、仕組みはとても単純なのに、ラヴィには重たくて、うまく固定しておけない。船体がぐらつく原因はそのせいだった。


「確かに女の子には重てぇよな。でも、慣れだって」


 バドが慰めてくれて、ラヴィは頷いた。


「慣れた頃にゃあムキムキだぜぇ、あんた」


 ロゼが嫌な事を言う。


「いいじゃん、ムキムキになったら、腕相撲しようぜ」


 ケケケ、とバドもふざけた。

 この二人、未だに嫌い合ってはいるけれど、やたら息が合う。

 ラヴィは今すぐムキムキの大男にでもなって、二人を黙らせたい気持ちでいっぱいだったが、とにかく操縦に集中した。

 

 荒涼とした大地が続き、ラヴィが操縦に慣れる前に皆がそれに慣れて、なんとなく無言になってダレてきた。

 そんな空気を取り払う様に、バドが話題を出した。


「そう言えば、アスランとジージョはなんであんな所にいたんだ?」


 嫌な事聞くなよ、と呟いてから、アスランはバドへ振り返る。


「あー、何て言うか……左遷だ」

「アハハ、笑える。嫌われてたんだ」


 ちょっと、バド、とラヴィは気を揉んで彼の服の裾を引いた。

 途端に船体がぐらりと揺れる。バドがひっくり返って、ジージョと頭をぶつけた。


「いい、いい、ラヴィ。操縦に専念してくれ。マクサルトだよ、マクサルトにトスカノ王とイソプロパノール皇女の婚約の報告へ行ったんだ」

「いってぇ……。んで、廃墟を見た、と」


 バドがそう言ってから、歯を剥いてラヴィに中指を立てて見せた。

 ラヴィも、「揺らしますよっ揺らしますよっ」と、唇だけで言って、舵をグッと倒す素振りをして応戦する。


「お前、女の子にそれは止めろ。それで、なんか訃報をもたらしたとかなんとか……だよなぁ、ロゼ」

「そうですねぇ。でも、左遷と言うよりありゃ島送りじゃ?」

「おかしいよなぁ、やっぱ、おかしいよなぁ」


 噛みしめる様に、アスランがぼやいた。

 当時、二十代半ばだった彼にとって、十年は短くなかったに違いない。

 夢や成功や財産、もしかしたら、持てていたかも知れない暖かい家庭。全部淡く消えた。


「あいつらの嫌がらせにしちゃあ、徹底的すぎらぁ。なんかあると思います」

「でもよ、俺、なんかしたか?なんか地雷踏んだ?」

「隊長自体が地雷だからなぁ」

「なぁ……。この部下どう思う?」


 苦笑いして、バドは話題が自分に向かない様に小さくなっているジージョをチラリと見た。


「……」


 こんなに嫌そうにしている奴に、無理矢理詮索をしたがる程、バドも無神経じゃない。 

 ジージョから目を逸らした彼を見て、ロゼが意地悪く言った。


「そいつは鬼畜さ」


 ジージョの身体が強張った。

 彼はチラとラヴィを盗み見て、首を振り頭を抱えた。


 ラヴィには知られたく無い様な罪らしい。


 ジージョが昨夜彼を止めた事を、ロゼは根に持っていた。

 彼はこれはいい憂さ晴らしになると直感して、顔を歪める。


「そうだよなぁ、レディには知られたくないよなぁ、女の子を襲って殺しちまったんだもんなぁ!」


 ギョッとして、バドとラヴィがジージョを見た。

 二人の反応に、ジージョはサッと青ざめる。彼の身体が、内側からブルブル震え出した。


「やや、や、やってない!」


 泣き叫ぶような声で、ジージョが否定した。


「止めろ、ロゼ。お前、その性格なんとかしろよ」


 アスランが乗り出してロゼのマントを掴んで引いた。ロゼはそれを振り解いて続ける。


「まだ胸の膨らみ始めのガキだったのを、強姦しようとして抵抗されて殴り殺したんだ」

「ち、違う!ちが、ちが、……っ」


 必死で首を振って涙を溢れさせたジージョを、蔑んだ目で見やって、ロゼは満足した。

 泣き咽ぶ可哀想なジージョを見ても、チクリとも胸は痛まない。彼は被害者の少女を見たのだ。担がれて何処かへ移動されるところだったから、じっくりとは見ていないけれど、パっと見で酷い有様だったのを覚えている。  

 報告では、頭が割れていたという。人間のやる事か?


「お前みてぇな奴は、皆「違う」って言うんだよ」


 ゴンッ、とロゼの頭にアスランが拳骨を落とした。


「お前みたいな奴が、こいつを犯罪者にでっち上げたんだ! こいつは女の子の死に、居合わせただけだ。そうだよな、ジージョ?」


 ロゼは一瞬ふらついて、すぐに体制を立て直すと、険悪な表情をアスランに向けた。でも、その目は少し傷付いている。


「なんだよ、そいつの味方ばっか」

「当たり前だっ、お前、輪をかけて悪くなったな? グレたな? グレたんだろ? 安心しろよ、じっくり更生させてやるからな」


 バドもラヴィも、話に入りづらくて成り行きを見守っている。

 二人とも、アスランの説は有力だと思った。


 何らかの事情で、貧乏くじを引いてしまったジージョ。

 尋問に怯え、上手く答えられないジージョ。仕立て上げられる犯罪……。  

 目に見える様に、思い浮かべる事が出来る。


 ジージョはうずくまって泣いている。


 何もかもが……生活や、環境や、教養や、愛情すら……貧しい家庭で育ったジージョは、親の気にいらなければ殴られ、日常的になにかしら脅されて育てられた。


 悪い事をすると、痛いぞ、怖いぞ、酷い目に合わすぞ……。

 静かにしていろ、笑うな、泣くな、黙っていろ……。そう言った次の日に、挨拶はどうした、なんで黙っている? 口が利けないのか!


 親の感情のはけ口に、いつもなっていたジージョ。

 身体に暴力の恐怖を染み込ませ、声も出せず、泣けもせずに、しょっちゅう朝まで家の外に立たされて、グウグウ鳴る腹を撫で、じっと垢だらけの裸足を見詰めている、永遠の様な悲しい時間。

 近所の人々は、彼を通し、彼の家庭を白い目で見る。

 でも、ジージョには、自分が白い目で見られている様に感じる。


 こうされるのは、優しくしてもらえないのは、いい子じゃない自分に非があると、固く信じ、その自虐に柔らかい心を打ちのめされながら。


 次第にジージョは常にびくびくと何かしらに怯え、どもる様になった。

 悪い事をしたら、怖いよ。痛いよ。酷い目に合うよ―――。


 オイラはやってません、やってません、やってません。

 どうか、怖くしないで。痛くしないで。酷い目に合わせないで。


 恐怖に怯えてやって来た場所で、意外にも彼は人生で一番平穏で、満たされた数年を過ごす。

 ようやく、怖いモノから遠ざかったと思ったのに。

 ロゼが、彼の恐怖を呼び覚ましてしまった。


 そして、彼にはもう一つ怯えるものがあった。


 突然やって来た、見た事も無い可愛い女の子、ラヴィ。

 ここに来る前は、皆が彼を面倒臭がって避けた。でも、ジージョは「それは自分のせい」だと盲信している。女の子達は、気味悪がって目が合うだけで逃げて行く。それに加えて、ジージョ自身が避けていたので、女の子と話した事なんて無かった。アスランと過ごした数年で微かに変わった自分と、元々優しい心根が、彼にラヴィとの接触を促した。


 ラヴィは優しかった。「ありがとう」と、彼に微笑んだ。


 その瞬間から、心に色彩が湧き立ってずっと止まらない。

 なのに。もうきっと、嫌われてしまった。

 怖いのより、痛いのより、酷い目に合わされるのより、ずっとずっと悲しい……。


「うっとうしいなぁ」


 ロゼがうんざりして呟いた。皆がピリッとした。バドが「オイ」とすごむより先に、船が傾いた。


「バド、舵をお願いします」


 ラヴィが舵を放し、ロゼに身を乗り出した。

 バドが慌てて舵を取る。


「おお、オイオイ」


 舵を取ってしまったせいで、ラヴィを止める事が出来ない。彼女はロゼの服の襟首辺りを両手で捕まえたところだ。

 女にも手を上げかねない(実際に昨日、バドを殴りながらそんな発言をしていた)ロゼだ。バドは緊張した。

 ロゼは二ヤついて彼女を見上げている。彼は楽しくてしょうがない。


「謝って下さい」

「はん? 誰に?」

「ジージョさんです」


 ロゼは一見純真そうな瞳を、わざとらしく見開いた。


「なんでかなぁ?」

「冤罪だわ」


 罪を着せられる悔しさや辛さが、ラヴィは痛い程解る。何を言っても、訴えても、聞き入れて貰えない。油の撒かれた床を走る様な感覚。


「違うね。俺の部下は、被害者を腕に抱くコイツを見た。俺はボロみてぇな被害者を見た」

「殺人の証明になっていません」

「なってるだろぉが」

「アスランさんの言う通りだったら?」

「それこそさぁ、証明できんの? あぁ?」

「ジージョさんは否定しています」

「否定したら誰でも無罪かよぉ? おらぁ、離せや、話になんねぇ」


 ラヴィが平手打ちでもしてきた方が、彼にとって面白かったのだろう。

 ジージョが冤罪かどうかなど、はなからどうでもいいロゼは、興を削がれたとばかりにラヴィの手を乱暴に払い除けた。 

 ラヴィがよろめき、座席に尻もちを着いて「きゃっ」と声を上げた。バドが怒鳴った。


「オイ、お前いい加減にしろ!」


 ジージョが泣きながら、ラヴィとロゼの間に割り込んだ。


「ら、ら、らヴぃに、らん、ら、らんぼ、し、しないで!」


 ようやく「やめろ、やめろ」とアスランが割って入った。

 ラヴィは唇を噛んだ。実際、完璧な証明なんて無理だ。殺したところも、殺していないところも、誰も見ていないのだから。真犯人が自白しない限り、無理だ。

 アスランが喉を低く唸らせながら、後ろからロゼの髪を掴んで引いた。ロゼの首がのけ反って、両腕が宙をかく。

 アスランは静かに、でも良く通る声で言った。


「証明なんか必要無い。ジージョをよく見ればな」

「そ、ん、な、り、く、つ、通るかよ」


 アスランの腕をギリギリと掴んで、ロゼが呻いた。アスランは彼の髪を掴む手に更に力を込める。


「まだ言うか、コノ、コノ!グレやがって!」

「ぐぁぁ、ハゲる、ハゲる!」


 ロゼが呻くのを聞きながら、バドは黙っていた。


 弱い者への濡れ衣……ジージョの様な話は、バドの周りでは日常茶飯事だった。

 育ててくれたオヤジは、大抵アスランの様な見解をするだろう。バドもそれが良いと思う。

 でも、半端に首は突っ込まない。


 ……虚しいのだ。


 こういう話は、とても虚しくて、悲しい。

 だって、間違いだ、と言い切れないのだから。どこかで、ああ、やっぱり、とか、やりかねない、とか言っている自分が拭い去れない限り。


 ……そんな自分が、虚しく、悲しい。


 アスランが、ロゼを放して言った。


「俺は、神でも無い奴が下した判決で、コイツを見る目を変えたりしない。それは俺が俺を信じないのと同じ事だからだ」


 バドはそれに頷いた。ゴチャゴチャ言うより、ジージョに対して誠実だと思った。ロゼと揉めたラヴィが、誠実でないわけではないけれど……。

 ロゼはしぶとい。


「じゃあ、俺も俺を信じてコイツを疑い続ける。てめぇら、被害者を見たの? 見たらこのクソへの同情なんか吹っ飛ぶぞ」


 アスランは「好きにしろ」と諦めた様に言った。

 敬愛している――― か、どうかは謎だが、アスランがジージョばかり気にするのが気に入らないロゼは、ジージョに思い切り険悪な顔を向けた。

 ラヴィが震えるジージョの両肩に、手をそっと置いて、ロゼを睨んだ。嫌悪を、もう隠す気は無い様だ。

 バドは自分が振ったとはいえ、もうこの話題を終わらせたいと思った。こんな空気で故郷に降り立ちたくなかった。


「ほら、ラヴィ。終わり終わり。いやー、タイチョは良い事言うなー。オレ、痺れちゃったぜー」


 アスランも「うん、そうしよっか」という表情で、バドの調子に乗っかった。


「だろー?団長としての威厳とか、感じちゃった?」

「おお、ビンビン感じたぜー! なっ、なっ? ラヴィ? なっ?」


 ラヴィはバドが大して加勢をしてくれなかった事が不満だった様で、黙って舵を変わった。じっと前を見据え、彼の方を見ない。


 あらら、結構頑固……。


 バドは下唇を出して、アスランを見た。アスランも両手を上に向けて肩をすくめる。ジージョはしゅんとし、ロゼはマントを頭から被って寝てしまった。


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虚しさを忘れてというか理不尽から目をそらして生きてるなと自分で思います。
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