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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第五章
30/90

明けの明星

 静かな朝だった。


 部屋の戸口の隙間から差し込むわずかな光で、ベッドの隅であぐらをかいて眠っているバドが見える。

 差し込む光だけではやはり不十分だったのでランプを小さく点けた。

 それから帯を胴に巻き、宝石類とネズミ取りの入った袋の紐を、帯と身体の間にねじ込んで縛り付けた。髪を後ろに一つに縛る。靴は昨日着ていたドレスと同じ生地で作られた、白いバレエシューズだ。衣装担当の者が、ヒール靴を用意しなくて良かった、とラヴィは独りごちた。


 バドはまだ眠っている。

 あら、とラヴィはバドの寝顔を二度見した。その寝顔は、普段のバドの悪戯でヤンチャめいた雰囲気が取り払われ、穏やかであどけないものだった。

 実際、イソプロパノールの女の子達は、彼のこのギャップを愛した。

 「彼は朝が良いのよ」と『凪ぎ帆亭』のウェイトレスがガールズトーク中に言っていた事を、ラヴィは知る由も無いけれど。


 眠っている時は素の顔が出るってよく言うけど……。まるで別人みたい……。

 一体、この人は何者なんだろう?


 出会ってから、ずっと謎だ。

 マクサルトに着いたら、きっとずっと謎のまま、お別れだ。そこまでが、彼と彼女の共通の目的なのだから。

 そこからは、別々の道……。


 とんとん、と戸口を叩く音がした。

 ラヴィは意地悪く微笑んで、安堵した。

 ほらね、いなくなんて、ならなかった。その結果が良いか悪いかは、また別として。

 ドアを開けると、意外にもロゼが立っていた。

 ノックなんてするのね。そうよね、貴族だもの。名前に伯号が付いていた……。確か、領地を意味するはずだわ。リョクスと言ったかしら?


「おはようございます、リョクスさん」


 ロゼはフンと言って、ラヴィを押しのける様にズカズカ部屋に入って来た。


「そいつは消された土地の名だ。ロゼット様と呼びやがれ」

「消された?では、領地も無いのにどうして貴族なのです」

「売国女はうるせぇな、領地が変わったんだい。今はレルパックス。高貴ぶるならレルパックス様と呼ぶがいいー」


 内容は辛辣だが、実にのどかにゆっくりした口調だった。ふざけている様には見えず、多分これが素の口調テンポなんだろう。

 特技は、と聞かれれば「逆なで」としか言い様が無い。

 実際、ラヴィは全身が冷たくなる程腹が立ったが、ロゼは気にせずバドを見て舌打ちした。


「ガキはやっぱガキの顔して寝るんだなぁ。オイ、起きろや」


 ラヴィが止める間も無く、ロゼが足を上げバドを蹴飛ばそうとしたけれど、その足をいつの間に目を覚ましていたのか、バドに掴まれた。


「起きててもガキの顔よりマ、シ、だ」

「うぉっととと……クソが、卑怯者」

「どっちが」


 ラヴィは苦い顔をして、二人を置いて部屋を出た。付き合いきれません。

 騒がしくなった部屋を出てすぐに食堂で、アスランもジージョもそこにいた。


「おはよう。お姫様」


 テーブルで何か飲みながら、アスランが挨拶した。ラヴィはお辞儀をして、すすめられた椅子に座った。 ジージョが何故かグスグスとベソをかきながら、カップを差し出した。暖かいお茶だった。


「お、おおはよ。ら、ラヴィ。あ、あったかい、よ」

「おはようございます。ありがとうジージョさん。どうして泣いているの?」


 ジージョは、慌てた様に手で顔を拭った。


「な、泣いて、ななない、よ」

「そうですか?」


 不思議に思いながらお茶を口にすると、とても薄かったが甘かった。


「蜂蜜ね? あら? 顔の痣……どうしたのです?」


 よく見れば、ジージョの左目の周りに青痣が出来ていて、ラヴィは驚いた。


「い、言えな、ない。あ、あ、アスランが、い、言うなって・・・」

「バカ、それも言うなよ、もー」


 アスランが片手で両目を覆って言った。ラヴィは無言でアスランを見詰めた。


「どうしてジージョさんの顔に、痣があるのです?」

「おいおい、苛めたりとかしてないからな」

「でも、泣いています」


 弱い者いじめは嫌いだ。

 ジージョとはいえ、大の男を泣かす理由を、ラヴィはアスランに問い詰めた。

 王族の血の成せる業か、その威圧感と、それにより引き出される後ろめたさに「獅子の団」隊長でさえ、少しだけ身を縮めた。


「……船を盗もうとしたんだ」


 ラヴィは目を閉じて、くらりと地面が揺れるのを我慢した。


「でも、ジージョに泣き付かれて」

「泣き付かれて止める位なら、初めからすんなよな」


 部屋から出て来たバドが口を挟んだ。目でラヴィに、「ほらな」と言いながら。

 結果はこうなんだから、引き分けよ。と思いながら、ラヴィはジッとアスランを見据えて、お茶を飲んだ。意外性も手伝って、相当迫力があったのだろう、アスランは顔を引きつらせた。ジージョがアワアワと、ラヴィの視線を遮った。


「あ、ア、アスランじゃ、ななない・・・」


 胸の前でそわそわと十本の指全部を動かして、ジージョが言った。


「あ、アスランは、や、やって、ななない、よ、よ」

 

 日が昇る前に、ロゼが一人でトスカノへ飛び立とうとするのを、ジージョが必死で止めたのだと言う。

「ロゼがキレてな」

 ジージョの泣き声の様な声を聞いて、アスランが駆け付けた時には、既にジージョは一発拳を喰らって、地面にひっくり返っていた。

 アスランが飛び掛からなければ、ロゼはボートを飛び立たせるばかりだったという。


「改心させといたから」


 シュッと、アスランが拳を振った。


「ああ、それで」


 バドが、薄暗い部屋を振り返った。


「アイツ、ちょっと腹蹴ったら、気絶しちゃった」 

「あんまり頑丈じゃないからな。ホント、悪かった」


 アスランが頭を下げた。


「うん。想定内、想定内。もともと、アイツんとこの船だし。今こうして息をしてられるだけで十分だぜ。それより、ホントについて来んの?」

 おう、とアスランが笑った。


「お、おお、いらも、ら、ら、ラヴィを、ま、ま、ま」


 守るよ、とジージョが最後の方を呟く様に言った。顔が高揚して赤くなっている。


「お前も来んの?」


 あからさまに嫌な顔をするバドを無視して、ラヴィはありがとう、とジージョに微笑んだ。


「でも、本当にいいのですか?」

「ああ、置いて行くのは逆に心配だし、連れて行く」


 ジージョに聞いたのに、アスランが答えた。


「大義名分は『罪人』の追跡ですね」


 ラヴィは、ちょっと冷たく言った。昨夜まで、貴方を頭から信じていたんですからね。自分の目的もあるなら、隠さず先に言うべきだわ。


「おお、それいいな」


 目的を隠していた訳では無いアスランは、ラヴィの嫌味になんか、全然気付かない。バドも頷いた。


「うん、サッパリしてる。タイチョは回りくどいんだよ」

「回りくどい?」


 アスランは早朝から焼いていた大量のパンを―――何しろ彼は、ロゼとジージョの騒ぎでかなりの早起きをした(それにしても、マメな男だ)―――大袋に雑に詰め込みながら、バドを睨んだ。バドはそれをヒョイとつまんで口に入れ、モゴモゴしながら言った。


「俺に協力するとか、ラヴィのお守をするとかさー、正直にここから出たいって言えば早いのに」

「……う」

「隊長は、正義の味方でいてぇタイプだからなぁ」


 うんざりした口調で言ったのは、腹を抱えながら、のっそりと現れたロゼだ。


「子供みたいに言うな!」

「子供だろぉ」


 はいはいはい、とラヴィが手を叩いた。


「もう、いいです。あなたもあなたもあなたも!」


 バド、ロゼ、アスラン、と順番に指差して、ラヴィは腰に手を当てた。

 男三人が「どうやら怒られそうだ」という顔をして、ラヴィが何を言うか緊張したのを見て、ラヴィは危うく笑いそうになった。


 だめだめ。言ってやるんだから!


「自分の事ばかり! 人の為に勇敢なのは、ジージョさんだけだわ」


 ジージョが赤くなって、小屋をそそくさと出て行った。

 「どうだ言ってやった」とばかりのラヴィを、三人の男達はポカンと見詰め、同時にプッと笑った。

 アハハ、と笑って、バドがラヴィの頭にポンと触れてから通り過ぎ、小屋を出た。

「えっ」と、思っている間に、続いて大袋を肩に担いだアスランが、彼女の肩を叩いて小屋を出て行く。


「あ、あの……」

 

 ラヴィは目を丸くして、二人を見送った。


「あのなぁ」


 後ろからズカズカと通り過ぎ様に、ロゼが彼女の耳元に顔をぐっと寄せて「あんたもだろぉ」と言って、小屋を出た。

 呆気に取られて、誰もいない狭い小屋に立ち尽くしていたが、慌てて自分の少ない荷物を持って小屋を出た。


 嫌な人達!


 青い空と、荒野が広がっている。その先は、乾いた風が痩せた大地の砂を巻き上げ、おぼろに霞ませている。

 そこに四人の男が、おかしな船の前でラヴィを待っている。皆が皆、好き勝手な方を見、各々の目的を星の様に瞳に輝かせて。

 その光は正直過ぎる程真っ直ぐだ。到底、彼らを躾ける事なんて、ラヴィには出来そうも無い。

 

 ……変な人達。


 ラヴィは不思議な気持ちで、彼らの方へ歩き出す。



----------------------------------------------------------- 


 

 朝日を受けて、少女が歩いて来るのを、バドは見守っていた。

 彼女は、暗い牢で泣いていた。『最後の晩餐』で戸惑っていた。

 トスカノの巨大飛空艇で、彼の腕に爪を立てて震えていた。

 『呪い封じの門』を抜けながら、顔を覆っていた……。

 その全てを順番に脱ぎ捨てながら、彼女が歩いて来る。


 君は誰だ?


 バドは鳥肌が立つのを抑えられない。

 

 降参だぜ、ラヴィ。これ以上、君の思い出を増やしたくねぇなぁ。


 彼は彼女から目を逸らす為、ヒョイと操縦席に乗り込んだ。   


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