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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第一章
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尋問

 酒を、飲ませたと言うのだな。

 と、詰問者は彼女に言った。

 

「いいえ、ええ、あの……」

 

 どうなのだ。


「ええ、はい……でも、ほんの少しです」


 どういった類の酒だ。濃度は。


「……葡萄酒です。ジュースと変わらない位の」


 姫は心身衰弱しておられたとか。


「はい。トスカノへの輿入れを不安がっていました」


 貴女はそれを煽ったのだな。


「とんでもございません! わたくしは、わたくしは、ただ泣いている姫様がおかわいそうで……」


 そこで少女は泣き崩れた。


「姫様、姫様。あんなに不安げに、細い肩を震わせて、嗚咽し咽び泣いていた……」


 両脇を衛兵に引き上げられ、無理矢理立たされる。無情にも取調べは続く。詰問者はでっぷりと太った髭面を歪めて、少女を舐める様に見た。


 トスカノ王国は近年、大変な強国になっている。従妹の自分は侍女で、姫は大国の女王になるのを貴女は嫉妬していたのでは?


「そんな、そんな酷い!」


 全身を震わせて、少女は叫ぶ。


「国の大小の話ではありません! トスカノは文化も言葉も違います! 嫁ぐ王は、三十以上も歳が違うのです。不安に泣かない乙女がおりましょうか? 慰めたいと思うのがいけませんか? 夜も遅いですので、お休みなさいませと扉を閉めていれば良かったと?」


 姫もトスカノも侮辱してはならん!


 詰問者の一喝に、少女は凍り付いた。

 しんとした空気の中で、少女の怒りが静かに燃え上がるのが目に見えるようだった。


「……侮辱? わたくしも今、侮辱されております。仮にもわたくしは王族です。このような侮辱は耐えられません」


 貴女は今や罪人である。


「罪など犯しておりません」


 貴女は、自身の嫉妬心の為、輿入れする際誰もが持つ不安な心を利用し、煽り、姫の自害を促したのだ!


「違います!」


 姫はトスカノ王と婚約してからは、トスカノの文化と言葉を学んでいた。

 彼の王とは文のやり取りもあった!


「文通! ええ、7年間に3通! 末の皇子が代筆しておりましたわ!」


 ラビリエ・イソプロパノールを、皇女を自害に追い詰めた罪で有罪とする!


「そんな! ちゃんと聞いて!」


 ラビリエ・イソプロパノール。貴女と貴女の二親等までの親族はイソプロパノールの名から除名する。

 貴女は死刑が妥当だが、親族である王からの温情酌量で、第三の罪人の塔に終身刑と処す。


「??? 待って、これは事情聴取でしょ? どうして貴方が判決を下すのです? 裁判をしてください!」


 連れて行け。


「待って! 放して! おかしいわ! 放しなさい!」


 両側から衛兵にガッチリ捕まえられて、小柄な少女はもがき、暴れた。

 整った愛らしい顔が、悲しみや怒りの為に歪んでいる。


 皇女様のご遺体の第一発見者だから、こういった事情聴取をされるのは、仕方ないと思い召喚されたが、こんな展開は予想外だった。    

 それに、今「罪人の塔」に容れられたら、近く行われるであろう皇女様のご葬儀に出席出来ない。


「お願い、せめてご葬儀には出席させて下さい」


 ふむ。あくまで従順な侍女を演じるのだな。


「そんな、違うわ!」


 でも、私の目は誤魔化せんぞ。


「……貴方、先ほどから、わたくしを誰だと思っているの? いい加減にしなさい!」


 ははは、ラビリエ・イソプロパノール様、本性が出ましたな。確かに、確かに!

私めは貴女から見れば下賤なる者です。

 ……しかし、罪人の下にはならないのですよ。


 少女は大きな紅茶色の目を怒らせて唇を噛んだ。

 柔らかいその皮膚から、血がにじんだ。


 詰問者は、追い詰めるだけ追い詰めたと判断したのだろう。舌なめずりをしそうな醜悪な表情になると、「しかしですな」と声を潜めた。


 御身を救う方法が、無いわけでは無いのですが……。


 怪しい駆け引きの予感に、少女は身構える。


「なんでしょうか?」


 貴女が本当の姫君になるのです。


「……え?」


 ぐふふ、と口の端に泡の様な涎を溜めて、詰問者が笑った。


 お望み通り、貴女がパルティエ様になるのです。


「何を言っているの?」


 貴女が、パルティエ様として、トスカノ王へ嫁ぐのです。それが「罪人の塔」での終身刑を免除する条件です。


「……そんな……そんな事……」


 かなりいい交換条件ではありませんか。お望みの大国トスカノの王妃になれるのです。


「……望んでいません……。そんな、恐ろしい……わたくしが、パール様に成り代わるなど……」


 真っ青になる少女に、詰問者は急激に冷たい表情に豹変し、では、と両脇を固める衛兵に手で合図した。


 しばらく、牢獄がどんなものか体験して頂きましょう。……連れて行け。


「ちょっと待って、他に詰問者はいないの。放して、放して下さい!」


 ニヤニヤ笑う詰問者をちょうど中心に、両開きの扉は無情にも閉じられる。


         

           ::::::::::::::::::::::::::::



 イソプロパノールは犯罪者を三つにレベル分けして「第一の塔」「第二の塔」「第三の塔」に収容する。 憐れな少女が仮に収容された「第一の塔」は、詐欺・窃盗・暴力事件の中でも軽めの犯罪者が入れられる。

 そこは「塔」とは名ばかりで、実際は地下に掘られ、地上の入り口には小さな建物があるだけだ。

 真っ暗でジメジメしていて、灯は節約されているので、手元が見えるか見えないかくらいの明るさしかなく、目が慣れるまで少女は、牢の隅で暗闇の恐ろしさに震えていた。


 一体何が起こったのだろう。わたくしが、何をしたと? それに、ああ、お父様、お母様。どうしていらっしゃるかしら? 弟や妹たちは? 二親等までイソプロパノールの地位を剥奪と言っていた……。

 皆大丈夫かしら? 一生、なにも分からず、この暗闇の中で、死ぬまで過ごすのかしら。

 混乱と悲しみに引き裂かれそうになりながら、少女は自分の体を強く抱いた。


「姫様……お葬式にも出席させて頂けない……」


 ガチャン、と音がして、少女は飛び上がる。「オラ、ちゃんと歩け」


「そう急かすなよ、アンちゃん。イテ!」


 叩かれ、半ば引きずられるようにして、男が少女の牢の前を通った。牢に入れられるのだというのに、妙に元気だ。

 罪人だわ。侍女とはいえ、宮殿暮らしをしていた少女はそんな者を見るのは初めてで、思わず目を反らす。

 ピュゥ、口笛が鳴って、連れて来られた男が少女の牢の前まで、後ろ歩きで戻って来た。


「コラッ、お前はこっちだ」


 収容所の役人が持っている灯が、少女を意図せず照らし出す。


「だって、ホラ。かーわいい」


 手綱を引っ張られながらも、男は身を乗り出す様に少女をジロジロ見た。

 恐ろしさに少女は顔を背け、身を縮める。


「俺の顔見知りにこんなかわいい子いないぜ。よ、よ、なにしたの?こっち向いてよ」

「やめろ。街の不良娘じゃないんだよ」


 ケケ、と笑って男は「だよなぁ」としつこく少女を見る。


「ほら、こっち来い。ったく、お前は何度目だよ。そのうち第二へ昇格するぞ」

「へ、たまに無性にアンちゃんに会いたくなるんだよなぁ」


 役人とはお馴染みなのか、軽口を叩きながらも、少女から目を離さない。手綱を引かれても、ビクとも動こうとしない。


「お前なぁ、ガキのクセにどんだけ女好きなの。ほら、こっち来い」

「この子の隣、開いてるじゃん。オレ、この子の隣がいいぜー」


 少女は震え上がって、男を見た。役人の持つ灯に照らされた男は、逆光で目鼻立ちまでは分からないがとても若く、青年と言うよりは、少年と言った方がしっくりくる。自分と同じくらいだろうと思うと、余計に嫌悪感が増した。

 こんな男が隣の牢に来たら、と思うとゾッとした。牢と牢の間には半分程しか壁が無く、残りの半分は、格子で仕切られているだけなのだ。


「いい加減にしろよ」

「アンちゃんさー、「凪ぎ帆亭」のウエイトレスに入れ揚げてるだろ?ほら、黒髪でおっぱいのでかい娘!」

「な、なんだ、急に」


 唐突に言われて、明らかにうろたえる役人に、少年は「やっぱり」と言って、ひひ、と笑った。


「オレ、あの子と仲良いんだよねー」

「……」

「シャバに出たら、仲取り持ってもいいぜぇ」

「バカ。そんな、バカ」


 と、言いながらもジャラジャラと鍵を探し始める。

 ニッ、と笑って、茫然と成り行きを見守っていた少女に、手を振って見せた。

 少女は堪らず鉄格子まで駆け寄って、声を張り上げる。


「冗談じゃありません! 自力でその女性の心を落とせませんか? ちゃんと入れるべき場所にこの人を入れて下さい!」

「なんだよ、ケチケチすんな。オレはここがいいの」


 少年がそう言って、ガウッと噛み付く素振りを見せたので、少女は短く悲鳴を上げて後ずさった。ブフッ、と彼が笑ったのが悔しい。


「あのなぁ、学校の席決めじゃないんだぞ」


 我に返った役人が、少年を鉄格子から離してグイと引っ張った。素直に少年がよろめいて、「おっとっと」と言って役人にぶつかると、パッと離れた。


「へへへ」


 不穏な笑いに嫌な予感を覚えて見れば、少年がジャラジャラと鍵の束を揺らしている。両手が縛られているのに、器用なものだった。


「あ、こら」


 青ざめて役人が鍵の束を取り返そうとするが、スルリと少女の隣の牢に滑り込み、「これ.+かな?」と自ら鍵を掛けてしまった!


「ちょ、こら、開けろ!」

「なに、スペアとか無いの?」


 ゴロンと仰向けに寝転がって、少年は鍵束をジャラジャラ鳴らす。


「ねぇよ! 返せ! どんだけ悪ガキだよ。返さないと今度は見逃してやれる事も見逃してやらないからな」

「んだよぉ、脅すの? いいよ、返すから。その代り、ここでもいいかい?」


 少女はダメダメダメダメダメダメ! と必死で神に祈ったが、祈りは届かなかった。役人は溜め息を吐いて、勝手にしろ、と言い捨てた。

 やったね! と指を鳴らして、少年は飛び起きると役人に鍵束を渡そうとして、ヒョイと彼の手から再び鍵束を遠ざけた。


「その前に、手綱解いて。背中掻けないし」


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