表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第四章
29/90

追憶4-約束ー

夜遅く、屈辱に眠れない少年の寝床に、西のオバアがやって来た。


 オバアは夜に食べてはいけない甘い菓子を、沢山籠に詰めて少年に差し出すと、

「ニニコ、アンバどう?(良い子、ごきげんいかが?)」

 と微笑んだ。


「イン(ダの反対)、だ。オバア」

 と少年は返事をした。


 オバアは優しいから、一緒に怒ってくれるかもしれない。慰めてくれるかもしれない。もしかしたら、オジイに反対してくれるかも。イヤイヤ、それは万が一にもないだろう。だって、オバアもバドを推薦したのだから。


「ラー(まぁ)バドが『炎の鳥』に決まったのが、ボン様は嬉しくないのですね」


 オバアはそう言って、水筒に入れた薬湯に砂糖を一匙入れてくれた。


「あいつ、まだ九歳なんだ」


 大問題、とでも言いたげに少年は息巻いた。

 オバアは微笑んで、ダ・スラー(知っていますよ)と言った。


「皆、私の子供たち」

「・・・・」


 ムッとして押し黙る少年に、オバアはただ微笑んでいる。


「僕は悔しい」


 うん、うん。と、オバアが頷いた。


「ボン様。その小さな器で、よく耐えていなさるなぁ。オバアは誇らしいよ。フフキ(内緒)だけどね、オバアも中央(王都の事)の金物屋のおっ母が好かん。あの女が、クロス編みの大会で一番だった時、オバアは一日中ゲロを吐いたよ」

「一日中?」

「ダ。表彰式から吐きっぱなしさ」


 女たちのクロス編みへの執念に目を見開いて、「すげえな」と少年が呟いた。


「オバア、悔しかったのな」

「ダー。ダッダ!」


 うんうん、とオバアは頷いて、バドの頭を撫でた。


「でも、あの女の前では口を拭って、涼しい顔をしてたのさ。おめでとうも、シャった(言った)よ」

「オバア、偉いな」 


 金物屋のおっ母も、オバアに含む所があった。彼女が特に偏屈だとか意地悪だとかの欠点がある訳では無い。中央では明るい元気な金物屋の婆ちゃんとして、皆から慕われている。二人が嫌い合うのに理由は無く、両者ともなんとなく反りが合わないのだ。どちらもそれは顔には出さない。それがまたお互い気に食わない。針の様なチクリとしたものを、他人には判らない程の微かな空気や仕草で相手に放ち、また、感じ取るのだ。

そして、奇妙な事に婆二人はそれが楽しいのだった。


「インイン。その方が、相手は応えるのさ」

「どうして?」


 理解しがたいのか、少年は眉根を寄せる。

 オバアは「まだ分からないだろうねぇ」といった微笑を浮かべていたが、ふと思いついた様に言った。


「ボン様、オバアと約束して」


 少年は首を傾げてオバアを見た。オバアは目を細める。


 なんと可愛いお子だろう。煌めく金の前髪が額の真ん中で綺麗に割れて、サラサラと風に揺れている。眉は半年前より凛々しくなり、大きなアーモンド型の瞳に、ツンと生意気そうな鼻。子鬼の様に大きく開く口は、上向きの口角が、人懐こい表情を作り出していた。このお子の何もかもが好きだけれど、一番は瞳の色。濁りを知らず、朝日を浴びた湖の様だ。

 その色を、輝きを見て心が動かない者など、獣か魔物の類だろう、とオバアはそこまで思ってしまうのだった。


 この国の子供は皆、孫の様に可愛いけれど・・・。この子はやはり、特別だ。


「・・・さすが。クカラチチト(人たらし)でいらっしゃる」

「?クカラ・・・?なんて言ったの?何を約束するの?」


 ふふふ、と笑ってオバアは少年にすり寄ると、細い肩を抱いて小さく揺すった。


「どんな時も、ラヴィ(笑顔)で」


 そうすれば、良い事ばかり起こるから。


 そう言うと、オバアは彼の頭を撫で回した。

 少年はその約束を、守れる自信が無かった。

 特に今、嫉妬に駆られている彼にとっては難易度が格段に高い。

 それでも、オバアにガッカリされたくなかったし、期待に応えたかったので、彼は皺だらけの手に、自分のまるまっちい手をそっと触れさせて微笑んで見せた。


 オバアがニッコリ笑う。


「ニニコ。ニニコ(良い子。良い子)」


 そう言うと、オバアは自分の住んでいた、こことは違う大陸の「優しい歌」を歌う。

 オジイもこの歌をよく歌うけど、やっぱりオバアの方が上手い。


 オジイとオバアは一緒に海を渡って来た。

 大昔は夫婦だったらしいけれど、今は別々に東と西で暮らしている。

 どうしてなのか、皆知らないし、詮索しない。

 豊かな大地が、この国の皆を大らかにしている。


 どうでもいいんだ。


 だって、二人とも大好きなんだ。


 少年は良い匂いのするオバアの服に、顔を擦り付ける。


 半月もすれば収穫祭だ。少年はきっとこの春を忘れる事は無いのだろう・・・。


この章はこれでお終いです。

「なんのこっちゃ」かも知れませんが、再び次章はバド達に戻ります。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ