追憶2 ー告げる鳥と炎の鳥ー
「ヤットカー、アンバどう?(久しぶり、元気か?」
と東のオジイは言う。別の大陸の言葉だけれど、子供の頃から聞いているので、不自由は無い。
東の集落に着くと、少年は荷台からぴょんと飛び降り、出迎えたオジイに微笑んだ。
「久しぶりだね、オジイ」
「ダ。前の収穫祭以来だね。さぁ、オジイのテントにコヤーチ(おいで」
テントの中は薄暗いが広く、木の板かと思う程頑丈な布で仕切った個室が3つと、小さな焚火の炊かれた広間がある。雨がほとんど降らない国なので、天井は吹き抜けで、直径一メートル程の円から空が見える。そこへ向かって、焚火の煙がゆるゆると上って行く。
焚火の傍に控えていた、二人の人物が少年に額ずいた。
少年も両手を合わせてお辞儀をした。
焚火の右に、北の集落の長「北のオッサ(小父さん)」。左に、西の集落の長「西のオバア」。そして、焚火の前に遅れて座り、今深々と額ずいたのが東の集落の長「東のオジイ」。
三人が顔を上げた時、西のオバアが少年に微笑んで唇だけで「ヤットカー」と言ったので、少年は目を細めて頷いた。
三人の目が、少年を促した。
少年は鼻で大きく息を吸うと、大事に懐に入れていた封書を精いっぱい恭しくオジイに両手で差し出し、頭を深く下げ、上手く言える様に練習した台詞に熱を込めて言った。
「『告げる鳥』を任されました。今年の収穫祭の日程を、ご確認ください」
老人は柔らかく微笑み、それを受け取った。
「『告げる鳥』を任される程、大きくなりましたか。ボン様、立派だなぁ」
誇らしさに顔を高揚させて、少年はニンマリして見せる。そうすると、大きな口が耳まで届きそうな程歪んだ。
『告げる鳥』は、この国のシャーマン『土竜一族』が決めた収穫祭の日程を、各集落の長に報告する役目で、十を数える前の少年が選ばれる。国の少年全部が選ばれる訳では無いので、選ばれたら名誉な事だった。そして、名誉な役目はもう一つある。
「オジイ、『炎の鳥』は決まった?」
『炎の鳥』は収穫祭の目玉である『火の風送り』を務める少年の事を言う。大体何かしらに優れた十五歳までの少年が一人選ばれ、そのシーズンのヒーローとなる。
『告げる鳥』より目立つので、少年たちの憧れの大役なのだ。
『炎の鳥』を選ぶのは北、東、西の集落の各長で(南の集落は無い)『告げる鳥』へ、誰を選んだかを各長代表の東のオジイが伝え、今度は土竜一族へ『告げる鳥』を返す。
土竜一族は全てがまとまってから、王へ報告するのがシキタリだ。
「ダ」
「ダ」はオジイの国の言葉で肯定の意味を持つ。
「だれ?」
「ボン様(坊ちゃん)が、このお使いを任された事、オレは誇らしい」
うん?と首を傾げる少年を、老人は愛しげに見詰め、「まぁ聞け」とばかりに片手で制した。老人は歌う様に少し身体を揺すらせながら、きちんとした少年の国の言葉で言った。
「この国に生まれ育った者の常として、この国の不思議に気付いてはいないだろうが、水と言えば清き流れが絶えた事は無く、また、溢れる事も無い。風と言えば穏やかで暖かい。土と言えば痩せる事も病む事も無く、同じ土で毎年二回の大豊作を叶えている・・・」
なんだよ、お説教が始まったぞ?
水も風も土も、全部知っている。この国が豊かだって事は、オジイもオバアもしょっちゅう言っているじゃないか。でも、だからなんだって言うんだ?自分達が豊かなのを知って、どうしろって?
不満げな表情の少年に、老人は真っ直ぐとした目を向ける。
「これは奇跡なんだよ」
「・・・うん」
こういう話は、大体信仰心云々の話に流れるんだ・・・。と少年は身構える。
僕はちゃんと毎朝、守護神様の風で身体を清めるし、夜は大地に額でキスするのも忘れていない。
たまに、夕飯後にうとうとしてそのまま眠ってしまう事はあるけれど・・・。
「危ないとは思わないかい?」
え、と少年は思わず声を上げた。
「他国はどう思っているだろう。特にこの国の者よりも数十倍努力して尚、貧しい国は」
「・・・・・」
静かで優しい瞳に、答えを求められて少年は唇を突き出す。
「・・・・運命だよ」
「なんと」
老人は瞳の半分に覆いかぶさっていた眉を持ち上げた。
ひ、ひ、ひん、と老人は笑うと「ナードゥナードゥ」と呟いた。なるほど、と笑っているのだった。
「では、ボン様が誰かに嫉妬を覚えた時は、そう言えばよろしいか?」
「よろしいか?」だって。いつもみたいに「イーダ?」って言えば良いのに。
そう思いながら、ちょっと意地悪な気持ちで少年は頷いた。
「ダ(分かった)。では本題だ。春の収穫祭の『炎の鳥』役は、土竜一族キリングの息子、バドに任せる。・・・さぁ、シャーマンに知らせておくれ」
「なんだって!?」
バドはキリング司祭の一人息子で、聞かん気の強い、活発な男の子だ。
少年とは幼馴染、否、喧嘩相手と言った方が良いかも知れない。いつもなにかで張り合っては喧嘩し、大人数人が力づくで止めに入らないと、どちらかが倒れるまで取っ組み合いは終わらない。
どちらもお互いが気に入らなくてしょうがない。
なのに、どうしてだろう。国に子供は溢れる程いると言うのに、彼に会わないと寂しくて、喧嘩するのが分かっているのについつい顔を見に行ってしまう。それは彼も同じで、どんなに酷い喧嘩の後でも、ケロッとした顔をして「森に果物をもぎに行こう」などと誘ってくる。「誰がお前なんかと」と唾を吐いてやりたくなるのに、何故か大人しく付いて行ってしまう。そんな相手だ。
途端に激情に飲み込まれ、肩で息を始めた少年の側にオジイはそっと寄って来て、怒れる小さな肩を、これ以上大切なものは無いとばかりに優しくさすった。老人の瞳は、弱く小さな生き物が傷つくのを見守る様に悲しげだったが、吐いた台詞は意地悪だった。
「運命だよ、ボン様」




