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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第三章
20/90

渡り鳥

『呪い封じの門』の裏側から続く深い谷の終わりに、石造りの小さな建物があり、二人の罪人が仕方なしにそこで数年暮らしている。

一人は針金の様に真っ直ぐな黒髪で、目が糸の様に細い長身の三十代半ばの男。

支給される僅かな食材で、今は少し早い晩飯のミート・パイを作っている。

肉は滅多に支給されないので、広がる荒野に生息する生き物の肉だ。

それにしたってスパイスが無いので、料理の度にイライラしている。

でも、何年か前に「同居人」が偶然塩の吹き溜まりを見つけてからは、随分マシになった。

国の馬鹿野郎には報告してやらない。いつか自由になった時、独り占めして大儲けしてやる。

そう思いながら、薄いスープを掻き混ぜている。

パイが焼きあがると自らが作った木のテーブルに置いて、水を汲みに行った「同居人」を待つ。

 水も有難い事に往復半日程の場所に沢があり、そこから要る分だけ汲んで来る。

 これは「同居人」の仕事だ。

 朝飯を作り、「同居人」に昼飯を持たせ、晩飯を作って待つ。

 まるで主婦だ……。


 こうなる前は、楽しかったなぁ……。

 一体、なんだってこんな事に?


 ……否、分かってる。分かってるんだ……。


 彼はぼんやりとスープを掻き混ぜながら、記憶の中の風の音を聴く。

 不吉に荒れ狂う、悲しい過去の風の音を。


   ::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 彼の国では、乾いた風が、荒れ狂っていた。


「なんじゃこりゃ……」


 彼はその地に降り立つのは初めてだったが、桃源郷かなにかの様に言われているこの国の話を子供の頃から聞いていたし、一目その国を見たいとずっと憧れていた。

 なので、イソプロパノール皇女とトスカノ王の婚約式典に招待するこの国への使役に選ばれた時、両こぶしを握って喜んだのだった。

 しかし、崖の様な山脈を登り昔掘られた洞窟を抜けて、何度も谷を越えてやって来たそこは、がらんとひなびた廃墟が広がっているだけだった。

 

「なんだよ、これ? 水は溢れ、風は暖かく、生けるものは全て肥え……じゃねぇのかよ」


 彼は最初に辿り着いた大きなテントのある集落を部下達とグルリと回って調べたが、命あるものは無く、廃墟しか見当たらなかった。

 最初の集落だけでは、と期待はしたが、次の集落でも同じ景色ばかりが広がっており、吹き付ける風は冷たく、そして厳しかった。

 不気味なのは、生活の跡だけが生々しく残っている事だった。


 干されたままの、風に擦り切れた洗濯物。

 食卓に並べられた食器類。

 ある家の柵には男の作業着が、ひょいと掛けられ、風に飛ばされない為にか、柵に袖が結び付けられている。

 子供の玩具などは、今まさに遊んでいたかの様に楽しく散らばっている。


 ちょっと何処かへ出掛けている。そんな様子なのだった。

 それでも、どこへ行っても人の気配が全く無い。争いがあった形跡は見られない。

 死体や骨なども見当たらなかった。

 どんどん隊を進ませ、日の沈みかけた空にそびえ立つ城が見えて来る頃には、この国の滅亡は明らかだった。

 辿り着いた王都には背の高い橋がいくつも掛けられていたが、川は干上がっていた。

 王都の中心の小高い丘に据えられた城は、大小の酒瓶をいくつも並べ、重ねて泥で固めた様な外観だった。沢山の小さな窓が男の背後の燃えるような夕日をこちらに反射させ、一見生活の灯の様な錯覚を覚えたが、やはり城にも人はいなかった。


「どういう事だ?」


 彼も若かったが、それよりも若いほとんど少年と言ってもいいような騎士が、首をひねる。

 随分あどけないが、それでも頭に被った兜の房の色は、副隊長の緑色だ。


「皆一斉に消えた?……移住ですかね?」


 ずいぶんとのんびりとした口調で言う彼は、見れば上司の吐く煙を、堂々と嫌そうな顔をして手で払っている。

 人を食ったような顔をして、こんな薄気味悪い場所にいるというのに、眠たそうにあくびをした。


「何故? 豊かな国だったハズだ」


 ガシャン、少年の兜頭を叩きながら男は首を振る。


「豊かな国と言うのは迷信だったのでは?」


 なんで叩かれたんだろう? という顔で少年。


「いや、それはない。王族の結婚や誕生の際に国交があったから。その時この国に行った奴らは皆、この国の豊かさを語っていた」


 それに……移住するなら、ここに来るまでの生活感はなんだったんだ?

 それなりに荷をまとめたり、片づけたりして行くだろうに。


「それにしても……。参ったな」

「食糧も水も、充てにしてましたからねぇ」 


 おめでたい報告を、豊かな国にしに行くのだから、と考えたのが甘かった。甘すぎた。


「まぁ、なんとかなるだろ。おーい、井戸を探せ。備蓄庫は見つかったか? 誰もいないんだ。なんでもいいから食えそうなもん、探すんだ」

「まるで野党ですね」


 カーンと少年の兜頭が鳴り響く。


「西側にも集落が広がってますよ」


 彼の言う通りだったが、この薄暗くなってきた時分に、煮炊きをする煙も、生活の灯も全く見えないので、彼は首を振った。


「いや、これはもう国では無い。廃墟だ」


 備蓄庫、城にも付近にも見当たりません、と報告が入った。

 城に備蓄庫が無いとは一体どういう事だろう。


「よっぽど豊かだったんですねぇ」


 少年の呟きに、彼はハッとする。

 この国は、備蓄など無意味だったのだ。

 それ程豊かだったのだ……。

 

 一体何があった? なぜ? なぜ? なぜ?


 日が暮れると隊を休ませ、少年だけを引き連れて、と言うか、少年が勝手に付いて来るのを、無駄なので止めず、彼は城の周りを月明かりを頼りにうろついた。

 容赦なく北から荒れ狂った風が吹き付け、彼はもともと糸の様に細い目を更に細くした。

 黒髪を風に引っ張られながら、大丈夫か、と横を見れば少年兵士は兜の前を閉めていて、平然と歩いていたのでちょっと腹が立った。


 こいつ、ボンボンのクセに容量がいいんだよな。後輩で良かったぜ。


 王都を北風に逆らって歩くと、外れに森があって、そこに石造りの祭壇らしき建物が、静かに荒れ狂う風に打たれていた。

 月明かりに照らされて、小山の様な祭壇は不気味に闇に浮かび上がっている。

 風が様々な音で彼らを迎える。


 ヒュウ、ひゅ、ヒュー

 おーおお、アー

 ギュぁぁぁー、ごぅうう……

 あああああぁぁ……


「泣いてらぁ……」


 少年の呟きが、風の音にかき消された。


 風の音だ。


 男はそう自分に言い聞かせながら、祭壇の段を上がる。

 段は一つ一つが子供用なのか小さく、彼の大きなブーツの靴底は、半分程しか乗らなかった。

 祭壇の平たい床が見えて来る。

 そこにはワラを組んで作られた、四つの重なった輪が、杭に縛り付けられ、ボロボロになって立っている。


 男はううむ、と唸って手で口を覆う。

 反対側にも階段があったのか、正面から少年がひょっこり現れた。


「コッチ側の階段は、大人用みたいですよ。……あら、……人、いましたねぇ」

「……」


 少し窪んだ祭壇の中央に、子供の骨が転がっていた。


「首が無いですよぅ」


 二の足を踏む彼より先に、少年は子供の骨を覗き込むと、躊躇い無しに着ている物などを検分した。

 本当に肝が据わっていると言うか、無頓着と言うか……。

 上等な衣だぁ、と声を上げる少年兵士に溜め息を吐いて、首は、となんとなしに左に目をやったのだが、急に今までよりも更に強い突風が、彼の体を右にあおった。


「うおぉ、おぉ?」


 思わず右側に顔を背けた矢先、小さな頭蓋骨が、祭壇の淵に転がっているのが目の端に見えた。

 彼はそれに近付くと、胴体だけの骨をチラリと見てから「お前、あいつか?」と、心の中で呟いた。


 なんで、お前だけ窪みの段を超えてこんな所まで転がっちまったんだよ?


 兜を脱いで、犬の様に地面の匂いを嗅いでいた少年が顔を上げる。


「首を切られた様ですねぇ。良く見えないが、きっとここら辺、血だらけだったに違いねぇ」


 男は部下の言葉に頷く。


 一体どうして、首を切られた?

 どうして一人ぼっちで、こんな寂しい所に置き去りになっている?


 疑問の洪水に飲み込まれながら、男は子供の腕の骨にはめられた金のバングルが、大した月明かりでも無いのにキラリ、と光るのを見たのだった。


   :::::::::::::::::::::::::::::::::::


 もう何年も前だと言うのに、あの無残な亡国を、今でも鮮明に思い出せる。

 彼は溜め息を吐いた。


「……そんで帰ったらお前不吉だから左遷って、なんじゃそら。ったくよ~」


 ぐるぐる意味も無くスープを掻き回していると「同居人」が帰って来た。

 手に持って行ったハズの水瓶が見当たらなくて、男は更に溜め息を吐く。


「……お前、また割ったな?」

「ご、ごご、ごめんよぅ」


 とくぐもった声で弱弱しく言って、愚鈍そうなどろりとした目をした男がうなだれた。   

 枯草の様な冴えない黄色の髪をした、ずんぐりした男は、やはり冴えない薄ぼんやりしたグレーの黒目をオドオドと揺らして、親に叱られた子供の様に戸口に立ち尽くしている。


「ほら、入れよ。ドア閉めろ。飯出来てるぞ」

「うう、う、うん!」


 パァ、と顔を輝かせて子供の様に席に着こうとする彼に、男は「皿ぐらい用意しろ!」と一喝して、木の椀にスープを注いだ。


「き、今日、わわ、は、ぱ、パイなんだぁ、うわ、うわぁ、ア、アスランありが、りがとう」


 皿を出しながら、彼は微笑んだ。

 アスランと呼ばれた男はまんざらでもない表情でスープをテーブルに運ぶ。


「昨日お前の掛けた罠に、獲物がかかってたんだ。だからお前の手柄だぜ」

「ほ、ほんと?う、うう嬉しいな。や、やったね、ア、アスラン」


 アスランは無邪気なこの男に微笑んで、ナイフを彼に手渡した。


「そうさ、だからお前が入刀だ。ズバッとやってくれジージョ」

「い、い、いの?だ、だって」


 アスランは無言で頷いた。

 ジージョが躊躇うのは、彼がパイを切り分けると何故かアスランが怒るからだった。


 でも、今はアスランがナイフを託してくれた!

 誇らしい気持ちで、あわあわと要領悪くパイにナイフを入れる。

 アスランは感情を殺した目でしばらくジージョを見守っていたが、「どうしてだよ」とうなだれた。

 ジージョには皆目見当も付かない。やっぱり怒らせてしまった。


「どうして放射線状に切らないワケ?」

「ほ、ほうしゃ・・・?」


 もういいよ、とアスランは短冊切りにされたパイにフォークを入れた。


「ところで、まだら鳥の網をかけ終わったぜ」

「まだら鳥」とは彼らの着けた名称で、実際、まだら模様の渡り鳥の事だ。一年に一度、谷に還って来るところを、二年がかりで作った巨大な網を谷の入り口に架けて一斉に捕るのが、彼らの年に一度の一大イベントになっている。

 頭が悪いのか、頑固に谷にこだわっているのか、まだら鳥たちが網を避けて別の場所に棲家を変更する事が一度も無いのも幸運だ。


「きょ、きょ、ねん、みた、たいに、た、たくさん」

「ああ、捕れるといいな」


 勢い良く頷くジージョに笑って、アスランは暗い気持ちになる。


 去年みたいに。今年は。来年も・・・。


 ずっとこの暮らしが続くのだろうか?


 言い渡された勅令は、生涯をかけてここでの「見張り」を、と言う様な内容だった。

 でも、見張るものなど無いのが現状だ。


 左遷にしても、酷すぎるぜ……。


 『呪い封じの門』は固く閉ざされているし、一面に広がる荒野の先を、彼は知っている。

 その先は無人の亡国だ。

 一歩そこへ踏み出すとしたら、一体なんの為に?

 それに……目の前でホクホクとパイを頬張る、このかわいそうな奴を置いては行けない……。

 

 考えるのをよそう、俺の人生は終わってる。

 楽しみと言えば、年に一度の渡り鳥だけとはなぁ!


 その時、キィィィ、と耳慣れぬ音が響いた。


「?」


 アスランとジージョは顔を見合わせる。


「門の方からだ」


 椅子から立ち上がって、アスランは耳を澄ます。

 確かに、音は『呪い封じの門』の方からこちらへ向かって来ている。


「ま、ままま、まだら鳥?」


 ジージョがスープの椀を両手で抱えながら立ち上がってどもった。


「バカ、まだら鳥は谷の外からだろ、って、まだら鳥がこんな音出すか!」

「もも、も、ものす、すすごく」

「それも無いから! 物凄く大量とか無いから! 外から来るから!」


 長年のクセでこんな非常事態にもジージョの相手をしてしまう自分にうんざりしながら、アスランは建物の外へ飛び出した。

 外は夕焼けの光で満たされていて、門から向かってくるのが空飛ぶ小舟だと分かると、アスランは細い目を更に細くして眉の間に皺を寄せた。


 船が、飛んでいるだと?


「夢か?」

「わぁぁぁ、ふ、ふねだよね、ア、アスラン、と、と、とんで、来るよ!」


 手に持ったスープの椀を上げ下げしながら、ジージョが彼の元に駆け付けた。

 途中、何かにつまずいて、アスランを巻き込んで派手に転んだ。

 熱いスープがアスランの顔にまんべんなくかかり、ここが夢の中では無い事を彼に証明した。


「ご、ご、ごめんなさ」

「いいからどけ!」


 アスランは顔を拭って駆け出した。


「このままじゃ、まだら鳥の網に引っ掛かる!」


 それは困る。網が破られては、もうすぐ帰還するまだら鳥を迎えられない。

 網だって、材料から苦労して作った大傑作なのだ。

 

 陸で船なんか飛ばしやがって、どこの馬鹿があんな馬鹿気た物に乗ってやがる!


「止まれーーー!!」


 支給された食料を入れていた大きな布袋を掴んで力いっぱい旗がわりに振る。

 船のスピードは落ちない。


 網が見えないのか!? 


「ああ、馬鹿!……あーあ」


 網が物凄い勢いでたわんで、船を捕えて地面に落ちた。

 ズゥン、と激しい音がして、立ち竦むアスランの横に、追いついたジージョが息を切らして並んだ。


「わ、わ、わ……」


 横でジージョがうぞうぞと謎の動きをしているのを無視して、アスランは砂煙を上げる方を見ながら、力なく座り込んだ。


「ア、アスラン、あ、あれ、あれ……」

「なんだよ!まだら鳥じゃねーよ!!」


 ほぼ八つ当たり気味に、アスランは喚いたのだった。


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