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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第二章
18/90

奪還劇

 大体、あのガキが皇女を人質に好き勝手言ってる内に、強硬手段に出れば良かったんだ。

 あんなガキ捻り倒すぐらい、わけ無い。

 皇女の命も救えたかもしれない。

 小型船を無駄にする事もなかった。


 そう胸中で毒づきながら、小型船が『呪い封じの門』に向かってどんどん遠ざかって行くのをしばらく眺めてから、「やられちまいましたねぇ」とロゼットは呟いた。

 ああ、とクリス皇子は軽く頷くと、人差し指と親指で形の良い顎を挟んでぼんやりと何かを考えている様子だった。

 とても重大な事件が起きた後とは思えない静かさだ。


「どうします?」

「……」


 何か考え事でもあるのだろうか、クリス皇子は珍しく煩わしそうに「ちょっと待て」と一言。  

 腑に落ちないロゼットは顔をしかめた。


「門になにか指示を?」

「ああ、私からでは無い。王から門へ指示が出た」

「へぇ、なんてです?」


 クリス皇子は目を伏せる。


「門をくぐる前に船を撃墜させる」

「はぁ」


 やっぱりな。


 ロゼットは門に向って豆粒のように小さく遠ざかる小型船を、何の感情も無しに見た。


 俺だって、そうするさ。

 

 せっかくイソプロパノール国にこのトスカノ飛空船を見せびらかした後なのに、たった一人のガキにまんまとコケにされたなんて知れたら、国の恥だ。

 絶対に俺のせいじゃない。

 バカ皇子があのガキにホイホイ首を縦に振ったのが悪い。

 この船の護衛を任された俺のせいじゃ、絶対にない。

 悪いのは皇子。絶対。


 ……イソプロパノールには何とでも言えたじゃねえか。

 空の上の事なんて、わかりゃしない。

 皇女はトスカノへ無事到着後、病にでもなって死亡。

 そう伝えればいい。なれない土地に、お身体が合わなかった様です。

 おいたわしや・・・。

 

 今のトスカノなら、それで押し通せる。


 不甲斐ない思いを噛みしめているのだろうか、それとも、自分の正義を信じて冷徹な父王に何か激しい感情を抱いているのだろうか。

 興味は無かったが、デッキから船室へ戻りながら皇子が呟いた言葉が聞こえてしまった。


「父上はなにをそんなに恐れているのか」

「……は?」


 自分が蚊帳の外へ放り出された事や、皇女の身の上の事とは全く別の疑問に身を置いていたのだと分かると、ロゼットは「ああ、やっぱりあの王の子供なんだな」と再認識した。

 ほとんどの事柄が、彼にとって取るに足らない事なんだろうと思うと、少しだけ腹が立った。


「あの王が、何かを恐れるなんて考えられませんが」

「だろう?」


 嬉しそうに勢い良くロゼットの顔を覗き込んで来たので、ロゼットはさりげなく首だけをスッと引いて距離を取る。


「でも、恐れているとしか思えない。でなければ何故これ程躍起になるのだ?ほら、もう門を閉め出した」

「閉めないと突破されます」

「突破出来ないと分かれば皇女はどうなる?」

「どうなるって・・・王は既に皇女を諦めています」

「うん、でもちょっと余裕が無い気がしないかい?諦めるのはプレミア外交カードだよ」


 あんた自分の嫁さんもそんな風に呼ぶのかよ、と呆れながらロゼットは『呪い封じの門』を見る。

 巨大な門はおそろしくゆっくりと閉じられようとしている。

 門が閉まるのが先か、船が通り過ぎるのが先か。

 どちらにせよ、船は落ちるだろう、とロゼットは予想する。

 最近トスカノでは大きな大砲を大量に造った。

 それは従来の大砲とは威力が格段に違い、驚くほど球は遠くに飛ぶし、更に目標に触れると青い炎を上げて起爆する代物だった。

 もちろん、『呪い封じの門』にも備え付けてあるはずだ。


「あんなモン使うくらいなら、俺がサッサと始末してやったのに」


 ロゼットはふんと鼻を鳴らす。


「ここで何かあってはいけなかったんだ。父上は私に甘いからなぁ」


 皇子が言って、ロゼットは王が皇子の立場を護った事に気付く。

 皇子は既にそれに気付いているのだろう、親の過保護(過保護!あの王が!)に、そんなにいい気分では無い事は確かな様だ。

 ロゼットは鼻上に皺を寄せた。


「……それで? もしもイソプロパノールに事態がバレても、皇女に危害を加えたのは『呪い封じの門』の門番という事にすればいいって? また隊長に汚ねーモン擦り付けようとしやがって」

「ロゼ、君は貴族なのにどこでそんな言葉使い覚えたんだい?それにこの流れは王が作ったんだよ」

「親子揃っていけ好かねぇや」


 ロゼットは皇子の足元に唾を吐いて、船の最下層に向けて駆け出した。

 どうせ国に戻ったら不始末の処分を受けるんだ。

 だったら好きにさせてもらおうじゃねぇか。

 隊長に泥はかぶせねぇ。

 泥をかぶるのはあの皇子だ。泥はね程度でもいいから汚れてみやがれ。


 最下層に着くと小型船が積んである部屋に駆け込んだ。

 本来ならハッチが閉まっていて全てが本船内に収まっているのだが、一機出たばかりだからだろうか? そこはほとんど船外で、木の吊り橋の様な通路を挟んで何種類かの船が本船に吊り下げられる形で備えられている。

 担当の衛兵に聞くと、賊に奪われた船は緊急脱出用で、同じ型の残りは一艘。

 急ぎの移動用にボート程の大きさの鋭い形の小型船が一艘。

 そして天井からは燕の翼の様な形の羽にぶら下がった大きな籠が所狭しとただのロープで吊り下げられている。

 これは脱出用の小型船に乗り切れない下っ端の船員用だろう。


 出来れば絶対乗りたくない。


 迷わず一番早そうなボートに乗り込んで、不審そうな衛兵に起動方法だけ聞くと、ロゼットはトスカノ船から飛び出した。

 ボートは想像以上に早く、風がなんの備えもないロゼットの顔の皮膚を後ろに引っ張り、目を射抜こうと突き刺さった。


「アダダダダ・・・」 


 歯を食いしばって目を細め、砲弾をまともに喰らって傾く小型船に向かって、ロゼットは飛んだ。

 小型船は煙を上げながらも、まだ宙に浮いている。前進している。

 意地でも門を抜けるつもりか? あの少年がブリッジに上半身を突っ込んで操縦士に何か喚いている。

 イソプロパノールの皇女はデッキに倒れ込んでいて、裾の長いドレスが煙を含んだ風に目印の旗の様にあおられているのが見えた。


 あの皇女をひょいと救い出せば、事態は収まる。

 そうだろう?

 

 こんな簡単な事、と思った瞬間、ロゼットはハッと悟った。


 あの皇子が思いつかない訳がない。

 俺は、ハメられた? だから俺を止めなかった? だから俺を挑発した?

 

 落ちて行く小型飛空船のデッキから、皇女がロゼットのボートを見た。

 なにしろ飛行音がデカかったから、すぐに少年もこちらを見つけ、サッとブリッジから身をひるがえして、例の毒針クロスボウを通り過ぎ様に放って来た。

 針は頬をかすめて鋭く飛んで行き、ロゼットの髪を微かに散らした。

 ロゼットは携帯していた短剣を素早く抜いて、次に飛んで来た針を叩き落として小型飛空船を通り過ぎる。


「クソ、Uターンはどうするんだコレ」


 陸育ちで船に馴染みのないロゼットは、舵が背後にあるのに気付かない。

 ロゼットが足元や側面をゴソゴソやっていると、彼の存在に気付いているはずの『呪い封じの門』からお構い無しに放たれた砲弾の衝撃でボートが揺さぶられ、たまたま背中が舵に触れた。


「お、お、お?」


 ボートが旋回して、ロゼットは背後の舵に手を掛ける。

 右に傾ければ左。左に傾ければ右。

 単純だ。

 難なくボートを御せると楽しくなって来た。


「ラッキー!」


 皇女を乗せた小型船から炎が上がっているのが見える。

 炎は転がった皇女と少年を分断し、激しく火柱を上げていた。


「お、いいねぇ、このままかっさらうかぁ」

 

 船上スレスレを飛ぶのは勇気がいるけれど、そもそも生に無頓着なロゼットは、そんなモノ必要無かった。

 目測誤って皇女に機体をぶつけてしまうのでは、と心配する程の繊細さも皆無だった。

ボートから半身を乗り出して、片腕を伸ばした格好のまま、皇女に向かって飛んだ。

 皇女にも意図は伝わるはずだ。

 皇女は向かって来るロゼットを恐怖の眼差しで見ている。


 さぁ来い!


「手を!」と叫んで、通り過ぎ様に彼女に触れようとしたその瞬間。


「!?」


 避けられた。そう見えた。


「ハァ!?」


 思わずそう叫んで振り返る。皇女が「セーフ」の表情を浮かべているのは俺の見間違いか?


「クソ、がぁーーー!」


 背後の舵を後ろ手でガンガン動かして、再度Uターンして皇女に向かう。


「オラ、掴まれ!」


 キラッと光るのを感じて、サッと首を動かすとまた針がかすめて行った。

 カンッと乾いた音もボートからする。

 きっとあの針が当たった音だ。それにしても少し揺れた。


 でも、構っている程時間も余裕も無い。


 ロゼットは舌打ちして皇女に腕を伸ばす。

 針が当たったらそれまで。

 

 いいぜ、どっちだって!

 今度こそ皇女をかっさらう。


 こんな事をしているともうどっちが賊だか分からないが、立ち込める煙の中におぼろに浮かぶ皇女のシルエットに腕を伸ばした。

 腕に柔らかい衝撃を捕えて、ロゼットはそのままそれを狭いボートに引きずり込んだ。

 賊から助かったのに、こんなにももがくのはなんでだ。

 怖かった、と抱擁を受けてもいいくらいだ。

 腑に落ちないまま、ボートから落ちない様に彼女を押さえつける。

 皇女はすぐに大人しくなって、ロゼットが口の端を上げた途端、「ごめんなさい」と謝った。

 彼女の手にぴかりと光る物が見えて、ロゼットはひどく冷めた気分で、突き出して来たそれを叩き落とした。


「やっぱりか」 


 彼女の腕を掴んで自分の方へ引き寄せると、ロゼットは唸る様に言った。


「賊とグルって事でいいかぁ?」

「ごめんなさい」


 本当に申し訳無さそうに皇女がもう一度言ったが、賊と手を組んでいた事を謝っているニュアンスでは無いのに気付き、彼女の薄紅色の瞳を覗き込む。

 その瞳に映る自分の、更に後ろに、誰かが見えた。


 しまった。


 後頭部に打撃を受けて、振り返る間も無く意識を失った。



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