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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第二章
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おかしな船

「まるであのガキの飼い犬みてぇです」とロゼットがクリス皇子をあざける様に言った。


 ガキにも聞こえた様だが、わかるもんか。


 現に少年は特に反応を見せなかった。

 クリス皇子も落ち着いている。

 彼がいちいちロゼットに腹を立てていたら、ロゼットは既にこの世にいないだろう。


「皇女の無事が最優先だ」

「皇女を船ごとかっさらわれるのがオチです」


 少年が口を挟んだ。


「オイ、相談とかすんな。なんか名案でちゃったら困るし」


 チッと舌打ちし、ロゼットは少年を睨んだ。


「フニャフニャうるせぇよ、ガキが」

「ロゼ、止めろ」


 その剣のある言い方に反応したのだろう、少年も片目を細めて顎をしゃくらせた。


「あ? なんてった? クチャクチャ音たてて喋ってんじゃねーぞ、イソプロパノール語で話せ童顔」


 異国語のやりとりでも大体会話が成立して、お互いが嫌悪感を露わに睨み合った。

 だが少年は隙を見せたりはしない。

 皇女の命をしっかり腕の中に捕えている。


 器用なガキだぜ。ロゼットは内心唾を吐く。


「やめろ」


 クリス皇子が静かに言った。


「門には獅子がいる」


 少年は眉を寄せて疑問符を顔に浮かべたが、ロゼットはハッとして黙り込んだ。


「なんて言った?」


 少年が警戒する。


「いや、上司として注意しただけだ。さぁ、こっちだ」

「違う。シシがなんとか言っただろう」

「!」


 トスカノ語が解らないフリをしていた?

 こちらだけで大した会話をする余裕が(クリス皇子に)無くて、幸いだった。


「悪いね、大体解るんだ」


 少年は大体の要求が通って、言葉が解る事を隠す必要が無くなったのだろう。

 クリス皇子の馬鹿正直な正義感が、正しくトスカノ勢を救ったのだ。・・・大した救いではないが。 

 今度は逆に、言葉が解るとしらしめす事でこちらに釘を打っている。


「シシってなに?『獅子の団』か」

「違う。幸運の神の事だ。我々の信仰する神々の一つだ」


 しれっとクリス皇子が言った。


「神の名か。本当だな?」

「本当だ。『獅子の団』隊長は彼だし」


 ロゼットがそっぽを向きながら、小さく手を上げて見せる。


「ふーん・・・怪しいけど、まぁいいや」


 少年が客室の出入り口に向けて顎をしゃくった。


「行け。誘導しろ」



     :::::::::::::::::::::::::



 トスカノ飛空船は、もともと船を逆さにした様な、強いて言えばアイロンの様な形で、全ての側面は突起が少なくつるんとしている。

 空を高速で飛ぶのが目的なので、人間が外気に触れる場所を作る概念が無かったのだろう、殆ど飾りで作られたそこは、バルコニーと呼ぶ方がふさわしい小スペースだった。


「なんだここ!?デッキって言っただろ!」


 飛空船は今や、誕生以来初めて開門されて霧に包まれた向こう側が見える『呪い封じの門』の前方にホバリングしているので、前進している時ほどの風圧はないが、それでも風が強く吹いているのでバドは大声を上げた。


「いいや!ここが船のデッキだ。ちなみに船の頂上だ!見渡して見ろ!他に甲板が見えるか!?」


 クリス皇子も大声で言い返した。

 そこでキョロキョロする程、バドもバカじゃない。

 その場にいる者全てをデッキの出入り口付近に立つよう脅しつけて、ジリジリとデッキの先端へ移動する。


「脱出用の船は、ここにつけられるんだろうな?」


 風に吹かれるラビリエの長い髪ごしに、トスカノの皇子が頷くのが見えた。

 それにしても、ラビリエの髪が邪魔くさい。

 良い香りがするけれど、今はそれを楽しめない。

 自分の長い前髪も、鬱陶しい。

 でも、バドの前髪は強情に真ん中で分かれるクセがあって、短いとなんだか変なのだ。


 だから今後もスタイル変更は無しだ。

 

 ぐうぅーーん、と虫の羽音の様な音が響いて、デッキの横におかしな船が現れた。

 

 え、とラビリエが小さく声を上げた。

 バカ、と内心吐き捨てて、掴んでいる彼女の両腕を軽く引く。


 まぁ、分からなく無いけど。


 用意された船のおかしな姿に、船を見慣れたイソプロパノール育ちのバドとラビリエは、ちょっと眉をひそめた。

 機体は見慣れた船だが、左右にコウモリの様な布張りの羽が付いている。

 船底は平たく、青い炎の様な光を放っていて、火の粉を落としている。


 なんだ、あの船底……。

 意味が分からない。大丈夫かこれ。


 バドは失笑した。


 ……想像以上にご立派なのが出て来たぜ。

 ヨットくらいを予想してたけど、こりゃ漁船だな。

 ラビリエ、操縦できるといいけど。


 後ろから捕まえているので、ラビリエの表情は見えない。

 かすかに一歩引いて来たので、怖気づいているのかもしれない。

 操縦して来た恰幅のいい男が渡し板を渡すと、バドは船尾を指差して、彼にそこまで下がる様に促した。


「皇女を放せ!」


 クリス皇子が叫んだが、バドはニヤついただけで答えなかった。

 今ここで人質を解放する奴は、馬鹿しかいない。


「突撃ぃ~!」


 と緑髪の男が妙にのんびりした声音で喚いた。

 「否、待て!」とクリス皇子が言うのが聴こえたが、バドはラヴィを抱えてヒョイヒョイ、と渡し板をあっと言う間に渡り切り、バシッと船から蹴落とした。

 板は呆気なく遥か下へと落ちて行く。

 突撃の後クリス皇子の制止に急停止した兵士たちが、船から落ちそうになって揉み合った。


「おい、太っちょ。あんたが船を操縦してくれ」


 俺? と言った風に、男が自分を指差して、クリス皇子の方を見る。


「早く。あんたが操縦して来たんだろ?」


 とバドがラビリエの喉に短剣を突き付ける。

 皇女の身の危険よりも、太った男にとっては自分の立場が大事なのだろう、クリス皇子の方ばかり見ている。

 バドは舌打ちをすると、短剣を持った腕でラビリエの首を抱えた。

 その気になれば、いつでもくびり殺せるとアピールする為、クリス皇子たちに、その姿が良く見える様にした。

 同時にラビリエの両腕を捕えていた手を放し、サッと太った男に向ける。

 その手には、玩具の様に小さいクロスボウが収まっていて、太った男に照準を合わせている。

 離れた所からは何か良く判らなかったのだろう、眉をひそめまごまごする太った男に、バドは何の予告も無くその引き金を引いた。

 大きさの割にビシュッと鋭い音がして、ビィン、と弦が細かく揺れる音がした。

 バシッと音を立ててダーツ程の矢が太った男の足元に刺さった。

 太った男が「ひぇっ」と声を上げて飛び上がる。

 ジーーー、と何かが巻き上がる音を、ラビリエは聞いた。

 次いで、バドの大声が響いた。


「ビックリした?矢が刺さった位じゃ死なないよ。でも、ちゃんと針の先に毒が仕込んである」


 どんな毒かは知らない。試した馬は死んだけど。と、バドは付け足した。


 太った男は震え上がって硬直している。

 バドがクロスボウを小さく上下させて、「ばん!」と大声を上げた。

 この武器は「ばん」なんて音はしないし、引き金は引かれなかったが、効果は十分だった。

 縮み上がった太った男は、もはやクリス皇子の支配下から完全にオサラバし、両手足を激しくバタつかせながらブリッジに駆け込んだ。


「よし、門を越えろ!」


 ぐぅぅーーーん、と音が響き出して、船のコウモリ羽が、景気よくバッ、と音を立てた。

 床が軽く揺れて、小型船が動き出す。

 トスカノ船からゆっくりと船体が離れ、バドは満面の笑顔でクリス皇子に手を振って見せた。

 苦々しい表情の皇子がどんどん遠ざかって行く。


「はは、やっちゃった」

「……」


 ラビリエは何も言わずに、人質の体制のままきゅう、とバドの腕に爪を立てた。

 その手は震えている。


 へーきへーき!

 心配すんなって!


 そう言いたいのに、舌が動かない。

 彼女の身体の柔らかさや体温を求めて、彼女を抱く腕に力を込めてしまう。

 下心からじゃない。バドもこの先に不安要素を抱えているからだ。


 風を受けながら、二人は運命を掛けた船出に怯えて支えあう雛鳥の様に、遠ざかる巨大なトスカノ船を見ていた。


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