新種の果実
緑の髪の騎士が、少しもこちらから視線を外さない。
どうしてあんなにこちらを堂々と見ているのだろう。
ラビリエは気丈にそちらを見返してやろうかと思ったけれど、すぐにその考えを改めた。
トスカノまでどのくらい時間がかかるか分からないのに、彼を挑発する様な事をして余計に剣呑な空気を作るのはイヤだった。
……それに、勝てる気がしないわ。
ラビリエが騎士の意地悪そうな視線をビシバシ感じながらも窓の外を眺めるフリをして我慢していると、お茶の準備が出来ました、と小ざっぱりした従者が幾人か、ワゴンを引いてやって来た。
好きになれない騎士との二人きりに疲れ切ったラビリエは、ホッと息を吐く。
反面、じわじわとそれをサディスティックに楽しんでいたロゼットは、舌打ちしんばかりだった。
そして、振り返って本当に舌打ちをした。
「パルティエ皇女、お相手が遅くなり申し訳ございません」
とてもキレイなイソプロパノール語だった。
あ、とラビリエは立ち上がって正式なお辞儀をする。
部屋のテーブルにお茶の準備を始める従者達の後から、トスカノ第五皇子のクリスがニコニコとやって来た。
彼はラビリエにニッコリすると、どうぞこちらにお掛け下さいと椅子を進める。
「さぁ、おくつろぎ下さい。ヴェールを取られては?結構ですよ。取った事は父上には秘密にしておきましょう。お前たちもいいね?」
お茶の準備をする従者達にそう言うと、従者達も衛生の為に被った頭巾から、唯一露出している目を微笑ませて頷いた。
凍り付いていた部屋の空気が一気に溶けた様な気がして、ホッとする。
見れば、ロゼットはさっさと退席しようとしている。
こちらに退席の挨拶も無いなんて、なんて人だろう。
自分は偽りの位だし、人を見下したりする様な事は今もこれからもする気は無いけれど、もしもパール様がこんな態度を取られていたら、と思うと重箱の隅を突きたくなってしまう。
「どこへ行くんだ。我が母君に失礼だろう。君も同席するか?」
ラビリエの向かいの席に座りながら、クリス皇子がそう言うと、ロゼットは「いえ、恐れ多いです」と思ってもみない事を口にして、さっさと出て行ってしまった。
やれやれ、と言ってクリス皇子がラビリエに向き直ると、黒曜石の様な美しい瞳を細めて微笑んだ。
「大変失礼致しました。彼は自己紹介したでしょうか?」
「ええ、お名前を伺いました」
聡明な皇子は、入った瞬間の部屋の空気と、ラビリエの声の温度に大体を悟ったのだろう。
ちょっと困った様に笑った。
「失礼がありましたか?彼とは今後も接点があるでしょうから、紹介しておきたかったのですが。部屋の警護は別の者を付けましょう」
「そうしてください」
胸中で拍手して、ラビリエはせいぜい皇女らしく頷いた。
微笑んで、クリス皇子は念を押す様に言った。
「ロゼットは王家の資産を支える貴族の出なので、可愛がってやって下さい」
そういう事。
ラビリエはロゼットの態度を思い返して納得した。
ちょっとした事なら見逃してもらえる身分なのね。
トスカノ国で王妃として生きて行くなら、そういう事を知っていかなくてはいけない。
皇子は暗にそれをラビリエに伝えているのだった。
従者がお茶を淹れて、いい香りが部屋を満たした。
香った事のないフルーティで甘い香りに魅了されて、思わずお茶を注いで貰ったティーカップを覗き込む。
お茶は濃厚な香りの割に、透き通った薄い黄色で、とても澄んでいる。
「お気に召しましたか?我が国で作られた新種の果実のお茶です。実はもちろんの事、葉も爽やかに甘く、このお茶はその葉でだしています」
「葉も食べられるのですか?」
興味を引かれて、ラビリエは質問した。クリス皇子は微笑んで頷く。
「珍しいでしょう?ハモモと名前を付けました。これが実です」
そう言って果物の盛り合わせの皿から、スモモ位の大きさの薄紅色の実をひょいと手に取って手渡してくれた。
外見と「ハモモ」と言う名前から桃を予想していたが、固さや手触りは林檎に近かった。
そのままかじると言うので、そっとかじってみる。
「甘い……美味しい」
のど越しの良い甘さで、実は口の中で溶け、濃厚なジュースを飲んでいる様だった。
クリス皇子が、顔をほころばせるラビリエを満足そうに見て、種も食べられます、と教えてくれた。
「まぁ、では生ごみが出ないですね」
ラビリエがそう言うと、皇子はキョトンとした後に、声を立てて笑った。
白い歯が眩しく、目元の笑い皺がとても魅力的で、ラビリエは急に笑われたのに戸惑いながらも、見惚れてしまう。
ああ、なんて素敵な笑い方をする人だろう……。
でも、どうして笑われてしまったのかしら?
「失礼。生ごみの心配をされるとは思いませんでしたので。ご自分で果物を剥いたりなさいますか?」
ラビリエは頭の中が真っ白になった。
思わず侍女目線で物を言ってしまった。
果物はパルティエ皇女が好きだったので、常にそばに置いておき、頼まれれば傍らで剥いて差し上げていた。
パルティエ皇女が果物を剥いた事は一度も無かった。
もっと皇女らしい発言をしなければ……。
笑われてしまったけれど、変には思われていないみたいだわ。
馬鹿にされている様でも無く、クリス皇子は優しく微笑んで、少しだけ身を乗り出し、
「お尋ねしたいのですが」と言った。
「貴方の侍女は、お元気ですか」
「……!」
カシャン!
唐突に言われて、ラビリエは手に持っていたティーカップを落として震えた。
まさか……バレているの!?
「大丈夫ですか?」
一人の従者が、慌ててくれた為だろうか? 果物ナイフを持ったまま駆け寄って来て、ちょうど皇子とラビリエの間に割り込む形で、割れた食器を片づけ始めた。
「おい、危ないだろう。ナイフをしまえ」
そう言いながらクリス皇子がサッと寄って来てラビリエの手を取り、椅子から立たせて破片から遠ざけてくれた。
「どうしました。顔色が……」
「いえ……あの……」
どうしよう、と頭の中がパニックに陥ったが、ふと部屋の窓ガラスに青ざめた顔で映っている自分が見えた。
ラビリエ・イソプロパノール。パルティエ皇女の侍女。
――――――でも、今は。
「……ラビリエは死にました」
ラビリエは冷たく低い声で、ガラス窓に向かって囁くように言った。
そこに映る青ざめた自分に、言い聞かせる様に。




