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身体の痛みに目を覚ますと、そこは檻の中だった。手足を曲げて漸く人が入る程の檻に、布か何かがかけてある。その向こうには明かりがついていて何やら騒がしい。
身体を動かすと肩と腿に激痛が走った。見ると傷口ままだヌラヌラと血が固まりきってはいない。薄ピンクに見えるのは肉だろうか。
少しずつ身体を動かし、布の隙間から外を覗いてみる。そこでは背の低いゴブリンが三匹忙しなく動いていた。良く見ると壁に鍋や包丁がかかっている。何かの焼ける匂いがする所から、ここは屋敷の厨房だろう。
「おいおい洒落にならないぞ・・・・・・」
恐らく今日のメインデッシュは魔王というコトなのだろう。煮ても焼いても美味しそうには思えないが、ここの主にとって久々の活餌、今頃舌なめずりして待っている頃だろう。
どれ位意識を失っていたら時間の感覚が判らない。しかし、厨房に漂う良い匂いからしてディナーはもうすぐなのだろう。
「お、目覚めた」
一人のゴブリンが魔王に気付いた。
「ご主人様に知らせないと」
「食事の時間だ、食事の時間だ」
一斉に動き出すゴブリンたち。ディナーは獲物が目覚めてからというわけか。ここの主人はサディスト趣味の塊だ。
ゴブリンたちが騒ぎ出してすぐ、ガタンという音と共に檻が揺れた。台車のような物の上に乗っていたようで、誰が押しているのかと視線を上げれば先ほどの黒毛のグイールだ。
ガタガタと揺れながら広間のような大きな部屋に連れてこられた。中央には黒い長いテーブルに椅子が一脚。蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れ、廃墟を不気味に照らしている。
更に三匹のグイールによって魔王の入れられた檻が机の中心に据え付けられた。
ギイと扉が開く音がして、正面の大きなドアから一つの影が音もなく入ってきた。暗がりの中から現れたのは、銀色の狼の顔をしたサルトだった。
狼の身体だが、二足歩行に特化し知能も高い。こうして地方に根付く物の多くがサルト独自の貴族社会に属し、人間のような生活をするものが多い。このサルトも白いシャツにパンツまではき、優雅に椅子に腰掛ける。
周囲の世話は全てグイールで賄っているようだ。先ほどの赤毛と黒毛のグイールは執事のように傍らに控え指示を待っているようだった。
「まず、君の名前を聞いておこうか」
グラスに赤い液体を注がれながら、サルトは魔王に問いかけた。
「へぇ食材に話しかけるとはおかしな魔物もいたものだ」
「私のこだわりでね。口に入れる物の産地は知っておきたい主義なんだよ」
グイっと杯を煽る。ぬらっとした赤い液体が一筋口端から毀れ喉を汚した。名前は?と再度魔王に問いかける。
「魔王・・・・・・といったら驚くか?」
「ほぉ君が魔王だと言うのかい?」
魔王の答えにサルトは関心を持ったように身を乗り出した。
「魔王といえば今城では大騒ぎだそうだよ。魔王の姿が見えない、とね。まさかこの様な場所に人間としていらっしゃるとは」
これは面白いと声を上げてサルトは笑う。しかし、城では既に騒ぎになっているとは問題だ。ここを早く抜け出し城へ戻らなくては。
「お主こそ名前は?」
「そうでした。魔王の前で名乗りもせず失礼致しました。私はジャルル・グスマン。ジャルとお呼び下さい」
「ではジャル、私をここから出して魔界の城まで送り届けてくれた暁に、お前の望みを何でも叶えてやろう。サルトのトップか?広い領地か?」
「そうですね・・・・・・では美味しいワインの作れる葡萄畑とその住民を」
言葉遣いこそ丁寧ではあるものの、ジャルは優雅に椅子に座ったまま杯を傾けている。一方魔王は今だ食卓の上の食材だ。




