5
まさかとは思うが、この婆さんは俺にもう一匹魔物退治をしろというのだろうか。それは御免蒙りたい。スクートの場合は俺を食おうとした一応の理由があるが、今回の場合サルスに何の恨みもない。
・・・・・・いや、まてよ?孫娘が攫われたと言っていなかったか・・・・・・?
「お婆ちゃん。変な事言って勇者様を困らせてるんじゃないでしょうね」
「フレイヤだってお姉ちゃんの事は心配だろ?」
「まぁ・・・・・・そうだけど・・・・・・」
お玉を持ちながら眉を寄せるフレイヤもなんだか良い。うなじにかかる遅れ毛が色っぽい。
ボケっと見惚れていると、フレイヤと目が合い慌てて視線を逸らされた。魔王はそんなに変な顔をしてただろうかと少し落ち込んだ。
間もなく机に夕飯が並べられた。野菜の入ったシンプルなスープと、焼いた肉の塊、何か判らない炒め物、パンといった料理だ。一瞬これだけか?と思ったが、フレイヤも婆さんも当たり前のように席についているのだからこれだけなのだろう。城にいたときは、もっと豪勢な物を食べていただけに物足りなさを感じてしまう。しかも初めての人間食だ。はたして旨いのだろうか・・・・・・。
魔王は恐る恐るスープを口にした。味わうように人参を租借し飲み込む。何と言われるかドキドキしながらフレイヤは待った。
「まぁまぁ旨いじゃないか」
城のシェフの料理には適わないがというのは飲み込んで、魔王は感想を述べた。良かったとフレイヤは破顔し、自らも一口啜る。だがその顔は冴えない。
「どうかしたか?」
「お姉ちゃんの味にはまだまだ敵わないなって思って・・・・・・」
スープを見つめながらフレイヤが悲しそうな顔をする。しんみりとした空気が食卓を包む。
「サルスに攫われた姉の事か?」
「はい。姉は優しくて、料理も上手で、綺麗で・・・・・・私の憧れでした」
悲しそうに遠くを見るフレイヤの目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。これはフレイヤの為にもサルスを倒さなければならないのだろうか・・・・・・。しかもフレイヤより美人の姉というのも気になる。
「サルスは美女を得ると身の回りの世話をさせて、しばらくは生かすと聞いた事がある」
「それではまだ姉は生きていると・・・・・・!?」
「無傷で、ではないだろうがな」
美人好きなヤツの事だから、生娘・・・・・・というわけでもないだろうが、美人なら十分だ。助けたお礼にと薔薇色の一時が魔王の目に浮かんだ。
「だが、サルスはスクートより手強いぞ?お主一人で行くというのか」
「そうだな、一人の方が気軽だ」
何の拍子で魔王だと正体が知れるかわからない。一緒に連れて行ったやつに逆に殺されるという可能性もある。
と、ここまで考え魔王はおかしな事に気付いた。まだ一言も倒しに行くと言っていないが、今の発言はいかいも一人で倒しに行くと言ったようなものではないか。フレイヤは嬉しそうに頑張ってくださいというし、婆さんはよしよしといった風に頷いているし。
嵌められたと思っても、前言撤回はバツが悪い。こうなったらサルトを倒して、姉妹に充分お礼を貰わなければ!!魔王はそう決心し、目の前の肉にかぶりついた。