12
どれくらい気を失っていたのか、魔王は額に乗る冷たい感覚に目を覚ました。
ぼんやりする視界の先埃を被りクモの巣のはった天井が見えた。ソファーか何かの上に寝させられている。先程の広間とは違うどこかの部屋だろう。
「目が覚めましたか?嗚呼、今お水を持ってきますから寝ていて下さい」
女の声と絹連れの音が聞こえる。
大きな窓から夕日が差込、室内は優しいオレンジ色に包まれていた。
窓際に女が立ち、水差しから水を注いでいる。逆光で姿はわからないが、その所作はとても丁寧だ。
「君が……介抱してくれたのか?」
「運んだのはゴブリンにお願いしたのですけどね。大きな音が収まったと思って覗いてみたら血だまりに父の服を着た貴方が倒れているからびっくりしました」
「あぁ……じゃあ、君がフレイヤのお姉さん?」
「はいリリアと申します」
手に水の入ったコップを持って女が近付いてきた。フレイヤの姉、しかも美しいと前評判を聞いているだけに魔王の期待は嫌でも上がっていった。ゴクリと生唾を飲み込む。
「良かったら飲んで下さい」
リリアが近づき、その顔が間近に迫った。
「ん・・・・・・?!」
ぽっちゃりとした下膨れの顔に、ただでさえ細い目は肉で埋もれている。しかし鼻と口は大きく、鼻の上にはそばかすが散っている。フレイヤに似た茶色の髪は見るからに水分が少なくあっちこっちにはねている。
魔王は水を受け取りながらあからさまに身体を離した。
「あら、勇者様そんなに恥ずかしがらなくても・・・・・・」
避ける魔王に擦り寄るリリア。胸をそれとなく魔王に触れさせるが、それは乳ではなく脂肪だと反論したくなる。
更に身体を近づけられると、ツンと饐えた匂いが鼻をついた。我慢出来ず魔王はソファーから立ち上がった。リリアを無視して、身支度を整える。ジャルがもてあましているというのは嘘ではなかったようだ。魔王でさえこんな女はどんなに腹が減っていても食指が動かない。
「もう出発されるのですか?」
「ああそうだよ。お前も早く家に帰れ」
「そんなぁ一人じゃ帰れないですよぉ。森にはまだ魔物もいるかもしれませんし」
脂っこい視線と口調で魔王に絡みつこうとするリリアに、魔王はジャルとは全く別の悪寒を感じた。
「大丈夫森の魔物はジャルが死んだのをきっかけにもっと奥まで逃げていった。逆に逃げるなら今だ、早くしないとまた獣が戻ってくる」
「怖いじゃないですかぁ~勇者様フレイヤに頼まれて来たんでしょ?連れて帰ってくださいよぉ」
リリアの巨体がしなだれかかってくる。どう逃げようかとしていると視線の端に柱の影から様子を見ているゴブリンを発見した。魔王はある作戦を思いつき、先ほどまで掛けられていた布でリリアを包んだ。
「キャッツ勇者様・・・ダイタン」
顔を赤らめるリリアを素早く簀巻きにする。ゴロゴロと床を転がされるリリアは思っていた様子と違う事に戸惑いの悲鳴を上げた。
「おいゴブリンども、この荷物を森の出口まで持っていってくれ」
銅貨をちらつかせながらゴブリンを呼び寄せる。金に一番忠誠心を示すやつらだ。金の匂いに部屋の外からも五匹のゴブリンが魔王の周りに集まってきた。
「ちょと勇者さまぁ~??」
「森の出口までで構わん。とにかく人の通りそうなところまで運べ」
一匹に一枚ずつ銅貨を渡すとゴブリン達は任せろと胸を叩いた。
「きゃぁあぁ~!!!!」
五匹のゴブリンに担がれ、簀巻きのリリアは運ばれていった。やつらそこまで賢くないから、運ばれる方はたまったもんじゃないだろうが気にするのは止めた。
「フレイヤの身体を味わえなかったのは残念だが、帰ったら食あたりを起こしそうなおまけまでついてきそうだからなぁ・・・・・・次の街で物色するか」
リリアとゴブリンが向かったのと逆の方向に魔王は歩き出した。
リリアがなんとか村までたどり着き、勇者の噂が一気に広まっているのを魔王はまだ知らない。
果たして魔王は無事魔界へ帰る事が出来るのだろうか。




