1~プロローグ~
「太陽の優しく明るい日差しも届かぬ地。
何も産まぬ赤い土と、硬い岩で覆われた地表は、灼熱のマグマが血液のように走っている。しかし、一度影に隠れようものなら、そこは岩も凍てつく寒さ。その地に住まうモノたちは一様に異形の姿をし、血肉や争いを好む魔物達だった。
そしてこの地を統べる唯一絶対の存在が魔界の中心に住まう魔王。
鋼のような肌は黒く光り、全ての無駄をそぎ落とした完璧な体躯。マグマの角が王冠のように輝き、黒い翼は全ての光を覆い隠す。ナイフ色の鋭い眼光は見るものを制圧し、畏敬の念さえ起こさせる。
全ての魔物が恐れ、その頂点に君臨するのが相応しい存在は彼の他にはない。
…………という話をご存知でしょうか?」
男は溜息を堪えながらベットの上の主に問いかけた。しかし、ベットの上の主は見向きも返事もせず、挙句ベットからは女達の嬌声が漏れ聞こえる。
「王!聞いておられるのですか?!」
辛うじて表面一枚残っていた臣下としての念も崩れさり、男は無礼も構わずベットの紗膜を開けて怒鳴り込む。
「グリトロール聞いておる聞いておる。好きにすれば良い」
梟の頭をもった半裸の美女の褐色の胸に顔を埋めながら、王と呼ばれた男は返事をした。
ベットには申し訳程度の布きれを着けた様々な種族の美女達が王を囲んでいた。
無粋に割り込んできたグリトロールに「まぁ」や「邪魔をなさらないで」と非難の声を向ける。職務に忠実な彼は、あまりにもやる気のない主に悲しくなった。
むんずと一番近くにいた龍族の女を捕まえ、ベットから放り出した。
「退け女共」
グリトロールの迫力に押されて、蜘蛛の子を散らすように女達はベットから降りていった。
残ったのは不貞腐れた王1人。
「グリトロールの壊滅的に醜い顔と、ヘドロのような体臭に女の子達が逃げちゃったじゃないか」
腰巻き一つの男は子供のように口を尖らせた。
この男がこの魔界を総べる恐ろしき魔王……なのだが、本人は面倒な事が大嫌いな怠け者。日夜美女を侍らせては好き放題。領地を増やそうと人間界に侵攻するなど愚の骨頂とばかりに、魔界どころか、城からも滅多に外に出ない。
「魔物の中の魔物、誰からも恐れられる王のこのような姿……このグリトロール先代の魔王様に顔向け出来ません」
力を無くしオヨヨヨと嘆く忠実な部下に、王はいたって面倒くさい表情を浮かべた。
「先代ったって面倒事ぜーんぶ俺に押し付けて、今頃灼熱火山湖のほとりでのんびり隠居生活だろ?あーあ俺も早く隠居してぇ」
一人には広すぎるベットに身体を投げ出した王の腹の上に、グリトロールが素早く跨った。見上げる王はかなり嫌そうな表情を浮かべる。
「俺、おっさんに跨られて喜ぶ趣味はな……」
文句を口にした途端、ガクンっと身体中の力が抜けた。見るとグリトロールが拳大の黒い石を王の胸に充てがっている。その石はみるみると紅く輝いていった。
「なっに……を……」
何をしているんだと、文句を言う事さえ続かない。体中の力がその石に吸収されているようだった。
ひとしきり石の輝きが治まると、グリトロールはニヤリと笑みを浮かべてベットから離れた。
「これは先代魔王様から頂いた、魔力を封じる石。只今魔王様の力を封じさせていただきました。これもひとえに魔王様を思ってのこと……お許し下さい」
いかにも神妙な顔で言ってはいるが、更にブツブツと何やら呪文を続ける。するとベットの周囲に青白く魔法陣が浮かび上がった。
「き…っさま……こんな事をして……ただで…すむと……っ」
「南の方に勇者が出たと報告があります。魔王様には是非その不届きものを退治し凱旋していただこうと……。大丈夫魔力がなくても、死にはなさらないでしょう」
しれっと言うグリトロールの顔が光の先に消えていく。
「ちっ……おぼえてろよーー!!!」
絶叫がこだまし、周囲が真っ白になり空中に投げ出される浮遊感に包まれた。
「無事のお帰りをお待ちしています」
グリトロールのそんな声が聞こえた気がした。




