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出会いとはじまり

 桜が咲き乱れる、春うららかな季節。

 けれども、蓮太郎の高校2年生としての新たな生活が始まるその日は、あいにく桜が散ってしまうのではないかと危惧するぐらいのひどい嵐だったーーー。



靴の爪先を土間でトントンと調子を整えてドアノブを握り押し開くと、横殴りの雨にクリーニングから返ってきたばかりの制服が早くも濡れて不快な冷たさが連太郎を襲う。少しの間家の前の通りを眺めた後、連太郎はそっとドアを閉じた。緊急避難である。念のためスマホで天気情報をチェックするが、なぜだか警報は発令されてないようなので学校は休みにはならない。

朝の天気予報では今日は一日晴れだと天気のおじさん(残念ながらお姉さんではない)が言っていたような気がするが、仕方がない。後ろめたいものは感じるが、自分の選択に正当性を持たせるように外の様子をドア越しに再度窺う。肩をすくめて意を決するが口元にはほほえみが浮かんでいる。玄関脇の階段を音を立てないよう慎重に踏みしめる。鬼ババアーーーではなく、連太郎の親愛なる母上がパートへ出掛けるまでに部屋にこもることができれば、連太郎の一日はオフになる。



その後連太郎は無事に母上様の鉄拳制裁を受け、豪雨の中なけなしの傘を必死に握り締め、通い慣れた通学路を歩いている。母は強しである。

 殴られた頭が痛く今なら仮病じゃなく、本当に頭痛で学校を休める気がするが、自分の行いの結果だからしょーがない。いつもより歩くペースも遅く、ようやく学校まで後10分という所で突風に煽られ、ものの見事に傘がぶっ壊れた。


「もうヤダ、おうちに帰りたい…。」 

 

しかしながら、捨てる神あれば拾う神ありだ。幸いにも、大きな公園の横をちょうど通り過ぎる所だったので、一時雨宿りを行い今後の対応を検討することにする。とは言っても小心者の連太郎にとって選べる選択肢は、学校へ向かうの一択のみである。つまるところ、ただの現実逃避だ。

鞄を傘が代わりに頭に乗せて走りながら記憶に覚えがある、ベンチ等が置かれており大きな屋根があった場所を探す。

すぐにお目当ての場所を見つけることができたが、あいにくと先客がいた。

雨のせいで視界も悪く遠目からではよく分からないが、ベンチの上には無残に壊れた傘が置いてあった。きっと、自分と同じ理由で雨宿りしているのだろう。

さらに近づきながら目を凝らすと、どうやら高校生らしい女の子でなにやらベンチの横でしゃがみ込んでいる。

一瞬行っていいのか、行かない方がいいのか迷い気まずい気持ちもあったが、また別の場所を探しに行くのは体力的にもあれなので、ここは非常事態だと割り切って屋根の下に駆け込む。

何より、雨の日に男女が2人同じ屋根の下なんて、なんかいい。物語が始まる予感がする、なんてことを思ったりしたりする連太郎。

女の子からは離れた位置に陣取り、相手の様子を窺う。死角から近づいたからか、はたまた雨や風の音がうるさいからか、気づく様子がない。

こちらに対してベンチの横でしゃがみ込み、背を向けている。なんで、しゃがみ込んでいるのか気になって観察すると、制服からして同じ学校の生徒であることに気づく。

 肩の辺りまで伸びたストレートな黒髪に、どこか儚さを感じさせる細い身体。何より、普段は後ろ髪に隠れているであろう白いうなじがあらわになっており、少し生唾を飲み込む。決してやましい気持ちはない。

 なぜだが目が吸い込まれてしまい、少しばかり後ろ姿に見惚れてしまう。


 「…大丈夫だよ。」


という女の子の、これまた可愛らしい声で現実に帰ってきた連太郎は、ここで初めて彼女の前にダンボール箱があることに気づく。

 ダンボールの中が覗える位置まで移動すると、小さな子猫がタオルに包まれて震えているのに気づく。あまり汚れておらず綺麗なタオルであることから、きっと彼女が自分のものを使ったんだろう。

 「なんてテンプレートな!」と心の中で盛大に突っ込むが、どうすればいいか分からないながらも今も子猫に安心させるように声を掛け続ける彼女の優しさを思うと、なぜだか嬉しくなってきた。

 「彼女のことを知りたい」という邪な想いと、「自分に何か出来ることはないだろうか」という純粋な気持ちがあり、いつもなら絶対こんな状況で声を掛ける度胸はないはずだが、自然と声を掛けたい衝動にかられた。

けれども、


「あの、何か手伝うことはありませんか?」


という連太郎の声は、むなしくも辺りに鳴り響いた雷の音にかき消される。 

その後、より一層雨は強くなり、風も激しく、雷が鳴り響く。子猫が弱々しく「にゃー」と鳴き、声を掛け続ける彼女の声にも不安げな様子だ。

 連太郎は彼女を安心させたくてもう一度声を掛けようとすると、突然風が強くなり彼女の傘が煽られて、屋根があるところから少し離れた所まで飛ばされる。

 彼女は自分の壊れた傘が飛ばされたことに気づくとすぐに立ち上がり、それ以上傘がどこかに飛ばされないように雨の中駆け寄っていく。「なにもこんな時まで拾いに行かなくてもいいのに」と思ったが、きっと律儀な子なんだろう。

 少し呆れた気持ちと、心に灯る温かい気持ちでその様子を見ていると、彼女の頭上から3m程の高さの所に突然円形の黒い渦が出現しているのに気づく。

 それを視界に捉えた瞬間、すごく胸騒ぎがしたと同時に連太郎の足は彼女の元に走り出していた。

 どんどんその渦は大きくなり、禍々しさが増していく。


「早くそこから逃げろぉーーーーーーーーーーーー!!!!」

「えっ?」

 

 思わず大声を出して彼女に注意を促すも、突然声を掛けられた上になんのことだが分からない様子で驚きの声を上げる。頭上の黒い渦を見上げるとバチバチと音を立てており、今にも何かが起こりそうな雰囲気だ。


 彼女の様子を見て自力で避けるのは無理だと判断した連太郎は、彼女がちょうどこっちに振り向いたと同時に、おもいっきり後方へ突き飛ばす。

 突然の出来事に「きゃっ」と悲鳴を上げながら俺に突き飛ばされて尻餅をつく。何事かと彼女が顔を上げて俺を視界に捉えた瞬間、意図せぬ形ではあったが、俺たちは初めて見つめ合うことになった。

 彼女は恐怖と驚きを含んだ表情で俺のことを見据えてくる。

 大きく見開かれた黒い瞳に、長い睫毛。前髪は眉毛の下辺りで切り揃えられており、髪の隙間からピョコっと耳が覗いている。小さくながらも整った鼻に、控えめながらも可愛らしい唇。

 その瞬間は一瞬のことではあったが今までのどんな時間よりも濃密だった。 

 自分の行動のせいで怖がらせてしまい、彼女が笑顔じゃないのは残念だったが、この瞬間を一生忘れないと連太郎は思った。


 連太郎はその一瞬で彼女に恋をして、それと同時に黒い渦から発せられた”雷”に打たれ、意識を手放した。

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