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春星高校2年5組

新興宗教カレニラ教

作者: 丘野 境界

キャラクターの動きを把握する為のモノで、特にオチもありません。

ご了承下さいまし。

 春星高校の昼食は、大きく弁当組と食堂組の2つに分かれる。

 よって、4時限目の終わり、食堂は生徒達でごった返していた。

 米原流のメニューは大抵、食堂のカレーライスで固定されている。

 気が向くと、カレーうどんに変わる。


「おう、今日も米原はカレーか!」


 いつものようにスプーンでカレーを掬っていると、前の席に大柄なクラスメイトが立っていた。

 手には大盛りの定食に丼の器、他にもいくつか品の乗ったトレイを持っている。


「そういう戸隠は、いつものようにアホみたいな量ですね」


「はっはっはっ! 空手部は身体が資本だからのう。ん? 資本というのは金の話だったか?」


 白い歯を店ながら彼、戸隠(とがくれ)力也(りきや)は流の向かい席に座った。

 その間も、流はカレーを食べる手を休めない。

 時々福神漬けを混ぜ、味に変化をつける。


「資本というのは元手という意味ですから、普通に合ってますよ。あんまり食べ過ぎて、部活中に吐かないように気をつけて下さいよ」


「大丈夫だ。胃も鍛えてあるからな」


 まずはカツ丼をかっ食らいながら、力也が笑う。


「……胃って、どうやって鍛えるんですか?」


「うむ。毎日腹をこう、振り子にした丸太で突いてだな……おう?」


 不意に力也は手を止め、胸ポケットから小さな端末――携帯電話を取り出した。


「あれ、戸隠携帯持ってましたか。確か以前、操作が分からないとか言っていたような」


「ははは、今も分からん。感覚で何とかなるもんだな」


 太い指が二つ折りのそれを開き、ボタンを操作していく。


「……なっちゃうもんですか」


「うむ。ま、あれだ。増田や黒須に色々教わってな。何と電卓も使えるようになったぞ!」


 増田(ますだ)(たく)黒須(くろす)一郎(いちろう)、どちらも流や力也のクラスメイトだ。

 あまり接点のなさそうなこの3人がどこで仲良くなったのかとも思ったが、まあ、流が気にするような事でもない。

 クラスメイトが仲良いのはいい事だ、とだけ思う事にする。


「テスト中に電卓(それ)使っちゃ、駄目ですよ」


「駄目か」


「普通に叱られます。まあ、そもそも試験中は回収されますが」


「世の中ままならんのう」


 携帯の画面を見、力也は眉をしかめる。

 電話ではなく、どうやらメールか何かのようだな、と流は推測した。


「大学の試験なら、場合によってはありだったような気もしますけどね」


「そうか。大学に行けば使えるのか」


「それ以前に、行ければの話ですが」


 大変失礼な発言だが、こと学力に関していえば、力也のそれは自他共に認める不安だらけなのだ。


「はっはっは、大丈夫だ。推薦で何とかなる」


「それはまた、すごい自信で」


「うむ、事実だからな。あれだ、儂の資本は割と優秀なのだ」


「そこは否定しませんが」


 実際、力也の空手部員としての実績は、大したモノだ。

 これで、空手部個人部門では全国クラスの選手なのである。


「……ところで米原よ。ちとこれを読んでくれぬか」


 力也は携帯の画面を、流の方に向けてきた。


「は?」


「儂には漢字が難しくて、読めん」


 文面は短く、特に難しい漢字を使っているようにも見えないが……。


「いつも思うんですが、よくそれでこの学校には入れましたよね」


「うむ、推薦だ」


「時々、戸隠が推薦って言葉の意味を理解しているのかどうか、疑問に思う事があります」


 流は力也の携帯を受け取り、文面に目を通した。


 送信者:薬師寺

 件名:痛み止めのおまじない☆

 本文:『カレニラ様カレニラ様、どうか痛みを癒したまえ』と唱えながら、患部を押さえるの。不思議と痛みが和らぐにょ。小銭を捧げると、効果微妙にアップっぽい。


「……ずいぶんと、頭の痛い文章ですが、この薬師寺というのはウチのクラスの薬師寺さんですか?」


 カレーを食べつつ、流は携帯を力也に返した。

 ルーはほとんどなくなり、白米がわずかに残った。

 が、これが流の好物でもあった。

 わずかに残ったルーに、白米、それを水で流し込むのがいいのだ。

 なお、薬師寺(やくしじ)小星(こぼし)もまた、2人のクラスメイトだ。

 確か増田卓の幼馴染みという話なので、その繋がりかな……? と流は考える。


「うむ、ちょいと縁が出来てな。そうかこれはイヤしとカンブと読むのか。助かったぞ」


「で、どこか痛む所でも?」


 痛み止めのおまじないを欲するという事は、どこかが痛むという事だ。


「儂ではないがな。ウチのような部活動では故障者が多い。それでよい痛み止めはないかと、色んな人に聞いていたのだ」


「それでおまじないが来るとか、それはそれですごいですが」


 普通は、真っ当な治療方法などが来ると思う流である。


「スプレーや応急処置の仕方などは、他の皆が提示してくれたのでな。別方面でのあぷろおちという奴なのだろう。それにしても、小銭が必要なのか。そもそも捧げるとはどうするのだ、これは?」


「気持ちの問題でしょう。あればよい、という風に文面にある通り、なくても困らない類なのでは?」


「なるほどのう。だが、本当にそれで効果があるならば、1回100円捧げてもよいぞ、ははは!」


 豪快に笑い、力也は本格的に昼食を取り始めた。

 ほぼ同時に流はカレーを食べ終え、ご馳走様でしたと両手を合わせた。




 授業が終わると、流はすぐに学校を出た。

 バスと電車を乗り継いで、入ったのは立派な日本家屋だ。

 表札は『大日向』とある。

 流はここの離れで生活しているが、今日は母屋の方に目的があった。


「ただいま、戻りました」


 家政婦に案内され、居間に通される。

 そこには、和服を着た禿頭の老人が待っていた。

 大日向(おおひなた)武世(たけよ)

 この屋敷の家主である。


「おお、おかえり(ボン)。こっちゃ準備は出来とるぞ」


 煙管を吹かし、大日向老人が笑う。


「すみません。……結構、多いみたいですね」


 隣の大広間を、障子をソッと開いて覗いてみた。

 多くは歳を取った老人が、50人ぐらいはいるだろうか。

 皆、手を合わせたり、念仏を唱えている。

 揃って神妙な様子だった。


「口コミで広がっとるみたいじゃのう。お陰で生活には困らんぐらいには、稼げとるぞ」


 大日向は、座る流の前に通帳を滑らせた。

 流の通帳には、結構な額が振り込まれている。

 生活に困らない所か、そこらのサラリーマンよりもよほど稼げていた。


「……これのシステムって、どうなってるんでしょうね?」


 振込先を公開している訳でもないのに、不思議な話だと流は思う。


「知らん。大体それを言えば、坊の神通力こそ分からんじゃろ」


「そりゃもっともですが」


「それに、ちゃんと引き出せるんだから問題なかろうて」


「税務署が怖いです」


「じゃからこその、宗教法人じゃ。そもそも値段決めとらんし、御利益を受ける側の心付けだからのう。受ける側も受け取る側も納得の金額じゃ。どこからも不満は出んよ。一応、組の弁護士にも見てもらっとる」


 大日向は、老舗暴力団『西州会』の元組長であった。

 といってももうとっくに引退しており、組の運営には口出ししていない。


「こっちの宅配商品は、どうしましょう。また、そっちにお願い出来ますか」


「よいともさ。ま、食品関係はパーッと皆と食っちまう方がいいだろうがな」


「そうしましょう。……そろそろ時間ですね」


「おう。それじゃチャッチャと着替えて今日も行こうか、坊」


「はい」




 和服に着替えた流が襖を開くと、上座の端に静かに控えていた女性が声を張り上げる。


「カレニラ教教祖、米原流様おいでになりました」


 流を見て、老人達が拝み始めた。


 米原流、学生の傍ら新興宗教カレニラ教の教祖である。

 数多ある新興宗教団体との違いはといえば――


「それでは、儀式を始めます。いつもの人達はそのままで、初めての人も僕の方から向かいますから座っていて下さいね」


 流は手を合わせる老人達に手をかざしていく。

 それだけで、彼らの抱える痛み――腰痛、関節痛、神経痛、その他持病――は()()()()()()()()()のだ。

 単に痛みを消すだけであり、根本的な治療にはなっていない。

 だが、それでも老人達は流に感謝する。

 何しろ()()()()()()()()()のだから、感謝しないはずがない。

 今日のように集会を開く事もあれば、診療所を回って入院中の『信者』を見て回る事もある。

 世間に少しずつ広まり始めている『おまじない』よりも、直接流が『信者』を見た方が、効果は強いらしい。

 教義と言えるようなモノもロクにない団体だが、『信者』は少しずつ増えつつあった。




 集会は一時間を少し過ぎて終わった。

 流としては、単に『信者』達に手をかざしていくだけなので、そんなに時間は必要ないのだが、老人達が感謝の言葉を述べたり、心付を差し出したりで、少し時間が掛かるのだ。

 といっても、彼らの感謝の気持ちを無碍にする訳にもいかず、流は笑顔を貼り付けたまま、時間を過ごすのだった。


「お疲れさん」


 居間に戻ると、さっきとほとんど変わらない姿勢で、大日向が待っていた。


「単に手を当てにいってただけなんで、ロクに疲れてもいないですけどね」


 よっこいしょ、と流も腰を下ろす。

 それを見て、大日向は笑った。


「カカ、小癪な事を言うな。おうい、飯の用意は出来とるか」


 手を叩くと、さっき大広間で声を張り上げた女性が襖を開き、頭を下げた。


「はい、出来ております」


「ようし、なら飯じゃ。たっぷり食えよ」


「もちろんです」




 晩飯はカツカレーだった。

 付け合わせはラッキョウと福神漬けである。


「それにしても団体名はホント、あれでイイのかのう」


 額の汗をハンカチで拭いながら、大日向はカレーを頬張り続ける。

 一方、流は汗1つ掻かずに、平然とカレーを食べ続けていた。


「今更ですよ。大切なのは覚えやすさです」


「ま、確かに覚えやすくはあるがの」


 新興宗教カレニラ教。

 カレーが好物な流が名付けた団体名である。


「カレーにはラッキョウですよ」


 福神漬けも好きですけどね、と流は付け加えるのだった。

ちなみに名前からして、米原(白米)ルーだったりします。

ボチボチ、他のキャラクターも書いていこうと思います。

あ、増田や黒須に関しては、拙作『卓上遊戯倶楽部』なんかに登場していたりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『カレーにラッキョウ』→『カレーニラッキョウ』→『カレニラッキョウ』→『カレニラキョウ』→『カレニラ教』 ……バンザーイ(笑) 楽しませていただきました。 なんちゅう安直かつ記憶に残る教…
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