新興宗教カレニラ教
キャラクターの動きを把握する為のモノで、特にオチもありません。
ご了承下さいまし。
春星高校の昼食は、大きく弁当組と食堂組の2つに分かれる。
よって、4時限目の終わり、食堂は生徒達でごった返していた。
米原流のメニューは大抵、食堂のカレーライスで固定されている。
気が向くと、カレーうどんに変わる。
「おう、今日も米原はカレーか!」
いつものようにスプーンでカレーを掬っていると、前の席に大柄なクラスメイトが立っていた。
手には大盛りの定食に丼の器、他にもいくつか品の乗ったトレイを持っている。
「そういう戸隠は、いつものようにアホみたいな量ですね」
「はっはっはっ! 空手部は身体が資本だからのう。ん? 資本というのは金の話だったか?」
白い歯を店ながら彼、戸隠力也は流の向かい席に座った。
その間も、流はカレーを食べる手を休めない。
時々福神漬けを混ぜ、味に変化をつける。
「資本というのは元手という意味ですから、普通に合ってますよ。あんまり食べ過ぎて、部活中に吐かないように気をつけて下さいよ」
「大丈夫だ。胃も鍛えてあるからな」
まずはカツ丼をかっ食らいながら、力也が笑う。
「……胃って、どうやって鍛えるんですか?」
「うむ。毎日腹をこう、振り子にした丸太で突いてだな……おう?」
不意に力也は手を止め、胸ポケットから小さな端末――携帯電話を取り出した。
「あれ、戸隠携帯持ってましたか。確か以前、操作が分からないとか言っていたような」
「ははは、今も分からん。感覚で何とかなるもんだな」
太い指が二つ折りのそれを開き、ボタンを操作していく。
「……なっちゃうもんですか」
「うむ。ま、あれだ。増田や黒須に色々教わってな。何と電卓も使えるようになったぞ!」
増田卓、黒須一郎、どちらも流や力也のクラスメイトだ。
あまり接点のなさそうなこの3人がどこで仲良くなったのかとも思ったが、まあ、流が気にするような事でもない。
クラスメイトが仲良いのはいい事だ、とだけ思う事にする。
「テスト中に電卓使っちゃ、駄目ですよ」
「駄目か」
「普通に叱られます。まあ、そもそも試験中は回収されますが」
「世の中ままならんのう」
携帯の画面を見、力也は眉をしかめる。
電話ではなく、どうやらメールか何かのようだな、と流は推測した。
「大学の試験なら、場合によってはありだったような気もしますけどね」
「そうか。大学に行けば使えるのか」
「それ以前に、行ければの話ですが」
大変失礼な発言だが、こと学力に関していえば、力也のそれは自他共に認める不安だらけなのだ。
「はっはっは、大丈夫だ。推薦で何とかなる」
「それはまた、すごい自信で」
「うむ、事実だからな。あれだ、儂の資本は割と優秀なのだ」
「そこは否定しませんが」
実際、力也の空手部員としての実績は、大したモノだ。
これで、空手部個人部門では全国クラスの選手なのである。
「……ところで米原よ。ちとこれを読んでくれぬか」
力也は携帯の画面を、流の方に向けてきた。
「は?」
「儂には漢字が難しくて、読めん」
文面は短く、特に難しい漢字を使っているようにも見えないが……。
「いつも思うんですが、よくそれでこの学校には入れましたよね」
「うむ、推薦だ」
「時々、戸隠が推薦って言葉の意味を理解しているのかどうか、疑問に思う事があります」
流は力也の携帯を受け取り、文面に目を通した。
送信者:薬師寺
件名:痛み止めのおまじない☆
本文:『カレニラ様カレニラ様、どうか痛みを癒したまえ』と唱えながら、患部を押さえるの。不思議と痛みが和らぐにょ。小銭を捧げると、効果微妙にアップっぽい。
「……ずいぶんと、頭の痛い文章ですが、この薬師寺というのはウチのクラスの薬師寺さんですか?」
カレーを食べつつ、流は携帯を力也に返した。
ルーはほとんどなくなり、白米がわずかに残った。
が、これが流の好物でもあった。
わずかに残ったルーに、白米、それを水で流し込むのがいいのだ。
なお、薬師寺小星もまた、2人のクラスメイトだ。
確か増田卓の幼馴染みという話なので、その繋がりかな……? と流は考える。
「うむ、ちょいと縁が出来てな。そうかこれはイヤしとカンブと読むのか。助かったぞ」
「で、どこか痛む所でも?」
痛み止めのおまじないを欲するという事は、どこかが痛むという事だ。
「儂ではないがな。ウチのような部活動では故障者が多い。それでよい痛み止めはないかと、色んな人に聞いていたのだ」
「それでおまじないが来るとか、それはそれですごいですが」
普通は、真っ当な治療方法などが来ると思う流である。
「スプレーや応急処置の仕方などは、他の皆が提示してくれたのでな。別方面でのあぷろおちという奴なのだろう。それにしても、小銭が必要なのか。そもそも捧げるとはどうするのだ、これは?」
「気持ちの問題でしょう。あればよい、という風に文面にある通り、なくても困らない類なのでは?」
「なるほどのう。だが、本当にそれで効果があるならば、1回100円捧げてもよいぞ、ははは!」
豪快に笑い、力也は本格的に昼食を取り始めた。
ほぼ同時に流はカレーを食べ終え、ご馳走様でしたと両手を合わせた。
授業が終わると、流はすぐに学校を出た。
バスと電車を乗り継いで、入ったのは立派な日本家屋だ。
表札は『大日向』とある。
流はここの離れで生活しているが、今日は母屋の方に目的があった。
「ただいま、戻りました」
家政婦に案内され、居間に通される。
そこには、和服を着た禿頭の老人が待っていた。
大日向武世。
この屋敷の家主である。
「おお、おかえり坊。こっちゃ準備は出来とるぞ」
煙管を吹かし、大日向老人が笑う。
「すみません。……結構、多いみたいですね」
隣の大広間を、障子をソッと開いて覗いてみた。
多くは歳を取った老人が、50人ぐらいはいるだろうか。
皆、手を合わせたり、念仏を唱えている。
揃って神妙な様子だった。
「口コミで広がっとるみたいじゃのう。お陰で生活には困らんぐらいには、稼げとるぞ」
大日向は、座る流の前に通帳を滑らせた。
流の通帳には、結構な額が振り込まれている。
生活に困らない所か、そこらのサラリーマンよりもよほど稼げていた。
「……これのシステムって、どうなってるんでしょうね?」
振込先を公開している訳でもないのに、不思議な話だと流は思う。
「知らん。大体それを言えば、坊の神通力こそ分からんじゃろ」
「そりゃもっともですが」
「それに、ちゃんと引き出せるんだから問題なかろうて」
「税務署が怖いです」
「じゃからこその、宗教法人じゃ。そもそも値段決めとらんし、御利益を受ける側の心付けだからのう。受ける側も受け取る側も納得の金額じゃ。どこからも不満は出んよ。一応、組の弁護士にも見てもらっとる」
大日向は、老舗暴力団『西州会』の元組長であった。
といってももうとっくに引退しており、組の運営には口出ししていない。
「こっちの宅配商品は、どうしましょう。また、そっちにお願い出来ますか」
「よいともさ。ま、食品関係はパーッと皆と食っちまう方がいいだろうがな」
「そうしましょう。……そろそろ時間ですね」
「おう。それじゃチャッチャと着替えて今日も行こうか、坊」
「はい」
和服に着替えた流が襖を開くと、上座の端に静かに控えていた女性が声を張り上げる。
「カレニラ教教祖、米原流様おいでになりました」
流を見て、老人達が拝み始めた。
米原流、学生の傍ら新興宗教カレニラ教の教祖である。
数多ある新興宗教団体との違いはといえば――
「それでは、儀式を始めます。いつもの人達はそのままで、初めての人も僕の方から向かいますから座っていて下さいね」
流は手を合わせる老人達に手をかざしていく。
それだけで、彼らの抱える痛み――腰痛、関節痛、神経痛、その他持病――は本当に癒されていくのだ。
単に痛みを消すだけであり、根本的な治療にはなっていない。
だが、それでも老人達は流に感謝する。
何しろ本当に御利益があるのだから、感謝しないはずがない。
今日のように集会を開く事もあれば、診療所を回って入院中の『信者』を見て回る事もある。
世間に少しずつ広まり始めている『おまじない』よりも、直接流が『信者』を見た方が、効果は強いらしい。
教義と言えるようなモノもロクにない団体だが、『信者』は少しずつ増えつつあった。
集会は一時間を少し過ぎて終わった。
流としては、単に『信者』達に手をかざしていくだけなので、そんなに時間は必要ないのだが、老人達が感謝の言葉を述べたり、心付を差し出したりで、少し時間が掛かるのだ。
といっても、彼らの感謝の気持ちを無碍にする訳にもいかず、流は笑顔を貼り付けたまま、時間を過ごすのだった。
「お疲れさん」
居間に戻ると、さっきとほとんど変わらない姿勢で、大日向が待っていた。
「単に手を当てにいってただけなんで、ロクに疲れてもいないですけどね」
よっこいしょ、と流も腰を下ろす。
それを見て、大日向は笑った。
「カカ、小癪な事を言うな。おうい、飯の用意は出来とるか」
手を叩くと、さっき大広間で声を張り上げた女性が襖を開き、頭を下げた。
「はい、出来ております」
「ようし、なら飯じゃ。たっぷり食えよ」
「もちろんです」
晩飯はカツカレーだった。
付け合わせはラッキョウと福神漬けである。
「それにしても団体名はホント、あれでイイのかのう」
額の汗をハンカチで拭いながら、大日向はカレーを頬張り続ける。
一方、流は汗1つ掻かずに、平然とカレーを食べ続けていた。
「今更ですよ。大切なのは覚えやすさです」
「ま、確かに覚えやすくはあるがの」
新興宗教カレニラ教。
カレーが好物な流が名付けた団体名である。
「カレーにはラッキョウですよ」
福神漬けも好きですけどね、と流は付け加えるのだった。
ちなみに名前からして、米原(白米)流だったりします。
ボチボチ、他のキャラクターも書いていこうと思います。
あ、増田や黒須に関しては、拙作『卓上遊戯倶楽部』なんかに登場していたりします。