決意
ピピピピピ・・・
目覚まし時計が鳴っている。
布団の中から手を伸ばしアラームを止める。
だが、優莉菜は起きる気になれなかった。
昨日ちなみに言われた言葉が頭の中をぐるぐると回っている。
龍之介とちなみが関係を持った。
――――信じられなかった。
ちなみが勝手に言っているだけかもしれない。
でも、本当だったら・・・
考えたくなかった。
この4年間、浮気など一度もなかった。
喧嘩もなく世間で言う「バカップル」というのか、幸博が呆れ返るほどとにかく仲が良かった。
浮気の一回や二回あって当然かもしれない。
だが、二人の仲がぎこちなくなっている今優莉菜は不安でいっぱいだった。
このままだと何も手に付かなくなってしまう。
彼を信じたい。
そう思うのとは裏腹に、彼への不信感があるのも確かだった。
あの別れの日から二ヶ月がたった今も何の連絡もない。
彼はあの日、優莉菜がいたたまれなくなって逃げ出すようにあの場から出て行った後、追いかけて来なかった。
やはり自分の事はもうどうでもよくなっていたのではないか。
やっぱり、別れた方がいいのかな・・・。
「・・・もう、やだ・・・」
そう言って、優莉菜は布団を頭から被った。
龍之介は先日あるパティシエと会った。
このパティシエは周りからカリスマパティシエと呼ばれる人物で昔からの知人だった。
彼に今の自分の状況や悩みを相談して、沢山のアドバイスを貰った。
そして彼の仕事振りを見て、自分も好きなお菓子作りで自立しようと決意したのだった。
龍之介はポケットから携帯電話を取り出した。
自分が何をしたいのかを見つけた今、もう一度話し合ってきちんとプロポーズをしようと決心していた。
その為にはまず、彼女ともう一度話し合わなければ。
優莉菜の番号を表示させて通話ボタンを押そうとしたその時、誰かにぽんと肩を叩かれた。
振り返るとどこかで見た事がある男が立っていた。
「あなたは・・・優莉菜の店の・・・」
「ああ。島崎だよ。今、ちょっといいかな?」
「俺に・・・ですか?」
「ああ。彼女の事で話があって」
二人は近くにあったケーキショップへ入った。
今日は土曜日だからか、女子高生たちで賑わっている。
龍之介は、自分もこんな風に色んなケーキを提供出来るように頑張ろうと、ケーキが置かれているウィンドウを見ながら席に着いた。
島崎はチーズケーキセットを頼み、自分はコーヒーのみ注文した。
運ばれてきたチーズケーキセットを島崎は幸せな顔で食べている。
人当たりのいい彼は、こういう光景が良く似合う。
だが、俺と二人でケーキ屋さんとはどういうつもりなんだ?
龍之介は訝しげに島崎を見る。
その視線に気づいた島崎は、ああ、ごめんねと笑いながらフォークを置いた。
「彼女の事で話ってなんですか?」
龍之介は切り出しだ。
「いきなりなんだけど、彼女、君が浮気したの知ってるみたいだよ」
「は?」
龍之介はいきなりの島崎の言葉に目を丸くした。
「浮気・・・」
「うん。それと君、ちなみに気に入られてるんだってね」
「!?」
何がなんだか分からない。
なんでこいつはそんな事知ってるんだ!?
「はは。驚いてるみたいだね。・・・実はちなみと僕は従妹なんだ」
「・・・」
龍之介は声が出なかった。
「ちなみは君の事をよく話してるよ。関係を持てたって言ってはしゃいでる」
島崎は苦笑いしながらケーキを食べる。
ちなみとこいつが従妹?
顔が似ていないから全く気付かなかった。
でも、それが本当ならこいつがちなみとの関係を知っていても頷けた。
だが、それを俺に言ってくるとはなにか裏があるのか・・・。
「あんたには関係ないだろ」
龍之介は島崎の意図が分からないので、話を逸らそうとぶっきらぼうに言った。
「そうなんだけど、でも僕にとって大切な事だからね」
「大切な事?」
龍之介は訝しげに聞いた。
島崎は綺麗にケーキを食べ終えると、笑顔で言った。
「うん。僕は花村さんが好きだからね」
「え?」
「彼女を君から奪うにはちなみと付き合ってくれなきゃ困るんだよ」
島崎は強い眼差しで龍之介の顔を見て言った。
その瞳は優莉菜を自分のものにする為には手段は選ばないという決意が込められているようだった。
龍之介はその目に一瞬気圧されそうになったが、グッと拳を握り締めて答えた。
「俺はあいつとは別れない。あんたには絶対に渡さない!」
島崎は龍之介の心の内を探るようにしばらくじっと見つめていたがやがてフッと息を吐いた。
「・・・かなわないな」
島崎は苦笑しながら言葉を続ける。
「僕は最近の花村さんを見ていて、時々酷く落ち込んでいるのを見かけていたんだ」
「落ち込んで・・・?」
「ああ、君の事でね。・・・最初、君たちを知った時は凄く仲が良いカップルだなって見てただけだったんだけど、彼女の、花村さんのあの健気な振る舞いを見ていたらだんだんと気になり始めて・・・。最近は君と上手くいってないようだったから、色々相談に乗っていたら、いつの間にか好きになってだんだ」
そこまで言って島崎は息をついた。
龍之介は島崎の話を黙って聞いていた。
島崎と優莉菜のやり取りが見えてくるようだった。
自分との事で悩んでた優莉菜。
そんな優莉菜を見て好きになった島崎。
二人の想いが手に取るように伝わって来て胸が苦しくなる。
「そんな時、ちなみから君と関係を持ったと聞かされて気が気じゃなくなったよ。花村さんは僕が守ってやらなきゃって。君といたら彼女は幸せになれない」
龍之介はこの一言に衝撃を受けた。
今までの俺ならきっとこのまま身を引いていただろう。だが、今の俺はそんな事しない。彼女を幸せにする自信がある。
島崎はちらっと龍之介を見たあと、フッと微笑んだ。
「でも、今の君なら花村さんを幸せに出来ると思うよ。ちなみの事は気にしなくて良い。僕から言って聞かせておくから」
そう言って島崎は紅茶の入ったカップを取り上げて残りを飲み干すと、席を立った。
「なんだか、二人の事に首を突っ込んでしまって申し訳なかったね。それじゃ」
伝票を持とうとした島崎を龍之介は立って制する。
「ここは俺が払います。あんたには迷惑を掛けてしまったみたいだから。それと―――優莉菜は俺が必ず幸せにします」
まっすぐに見つめて言い切る龍之介に島崎は一瞬目を見開いた。だが、すぐに軽く微笑んで店を出て行った。
残された龍之介は島崎の後姿を見ながら再び決意する。
優莉菜はきっと俺が幸せにしてみせる。必ず!
そして携帯電話を取り出し、彼女の番号を表示した。




