目撃
優莉菜は駅前の噴水を囲むように設置されているベンチに座っていた。
何をするでもなく、行き交う人々を見過ごす。
龍之介に別れを告げられてから3週間が経っていた。
あの日、龍之介から連絡が来たときは飛び上がりそうになったほど、嬉しかった。
だが、まさか別れを告げられるとは思わなかった。
確かに最近は連絡がなく、恋人らしい事も何一つなかった。
彼の気持ちも自分にはないかもとは思ったこともある。
でも、4年も付き合ってきて、たった一ヶ月余り会わなかっただけでこうなってしまうものなのか。
優莉菜にとって一番ショックだったのは、龍之介が自分ひとりで悩んでいた事だ。
辛いことや悩み事があるなら、相談してほしかった。
いや、龍之介一人を責めてもだめだ。
優莉菜自身も彼を気遣ってやれなかった事を悔やんだ。
私達はお互いを思いやる気持ちが少なかったのかな・・・。
優莉菜は小さく息を吐いた。
彼は、距離を置こうって言っていた。
でも、このままでは別れる事になるだろう。
・・・嫌だ。
この間は、ショックで彼の話を最後まで聞かずに店を出てしまったからもう一度彼と会って、答えが出るまで待っていると伝えよう。
優莉菜はそう決心すると立ち上がって歩き出そうと一歩踏み出した時、前方に見覚えのある姿が目に入った。
「あれは・・・」
龍之介だ!
駅に向かって、龍之介が歩いていた。
優莉菜は嬉しくなって彼に手を振ろうと手を上げたが途端に体が硬直する。
龍之介の後ろから綺麗な女の人が走って来て彼の腕に自分の腕を絡ませた。
驚いた龍之介は彼女の手を払おうとする。
だが、彼女はしがみつくようにして彼の腕から離れない。
やがて龍之介は諦めたように彼女と腕を組んだまま駅のほうへ歩き出した。
優莉菜は何が起こったのか分からなかった。
どういう事?
あの人は誰?
あの日、彼は自分に自身がないから距離を置きたいって言っていたはず。
私が好きな人が出来たのかって言ったときは否定していたのに。
あれは嘘だったの?
やっぱり好きな人が出来たから?
色んな思いが優莉菜の中で渦巻く。
「あ・・・」
気付くと大粒の涙が優莉菜の頬を伝っていた・・・。
「おい、いつまでくっついてるんだよ」
龍之介は今度こそちなみの腕から自分の腕を外した。
「あっ。・・・もう、いいじゃないですか、腕くらい組んだって。私達、ただの先輩後輩じゃないんですよ?」
上目遣いで小首をかしげながらいたずらっ子のような顔で微笑むちなみ。
龍之介は顔を赤くして目をそらした。
・・・何を照れてるんだ、俺はっ。中学生じゃあるまいしっ
龍之介は自己叱責した。
確かにちなみと関係は持った。だが、決して好きになった訳ではない。
そこはけじめをつけておかないと。
「あのな、結城」
「はい」
満面の笑顔で返してくる。
「・・・俺はお前と付き合う気はないんだぞ」
「分かってますよ。彼女がいるの知ってて藤森さんが好きなんですもん。・・・あ、こんなトコ彼女に見られたら大変ですね」
言いながらまた腕を組んでくる。
「おい、分かってて腕なんか組んでくるなよ」
「今はあたししかいないからいいんです!」
どういう理屈だ。
「とにかく、俺はこれから用事があるからここで別れるぞ」
「え~。どこ行くんですか?」
「どこだっていいだろ。じゃあな」
龍之介は無理矢理ちなみの腕を外して改札をくぐった。
ちなみは着いて来ない。
・・・はぁ。助かった。
やはりちなみは苦手だ。
ちょっとでも気を抜けば彼女のペースに流されてしまう。
龍之介は頭を振って電車に乗った。
優莉菜に別れを告げてから色々考えた。
彼女と別れてまで何がしたいのか、どうなりたいのか。
色々考えてたどり着いた答えに相談にのってもらう為、ある人物の元へと向かった。
「・・・あれ。花村さん?」
不意に後ろから声を掛けられ、優莉菜は大きく肩をすくめた。
「あ・・・島崎店長」
優莉菜は両手で涙を拭って振り返る。
島崎と呼ばれた男は優利菜が勤めているコンビニの店長だ。
島崎は優利菜の顔を見てすぐに泣いていたと気付いた。
「どうしたの?なにかあった?」
「・・・・・・」
だが、事情を知らない島崎に甘えるわけにはいかない。
「いえ・・・。なんでもありません。すいません」
うつむきながら返事をする。
「そんなに泣いて。なんでもない事ないだろう」
そう言って島崎は優莉菜の顎に触れた。反射的に顔を上げる優莉菜。
島崎はそっとその頬の涙を拭った。
「僕でよかったら、相談に乗るよ」
優しい声と笑顔で優莉菜の涙腺は崩壊した。
「店長・・・私・・・」
思わず島崎の胸にしがみついて泣いてしまった・・・。
「・・・そうか。そんな事が」
「・・・すみません。こんなお話してしまって・・・」
優莉菜は島崎と喫茶店に入っていた。
「いや、そんなことはないよ。最近、君の様子がおかしかったから気になってたんだ」
「えっ、私、そんなに様子おかしかったですか!?」
急に恥ずかしくなり、頬を両手で覆う。
「ははは。いや、きっと他の人間は気付いてないと思うよ。僕だから気付いたんだよ」
「え?・・・」
「ああ、いや。なんでもない。それより君のカレシ、きっと事情があったんじゃないかな」
「事情?」
「うん。なんとなくだけど。君に嘘をつくような人には見えなかったよ」
島崎は、何度か龍之介が優莉菜を迎えに店に来ているのを知っていた。
そんなに話はした事はなかったが、はたで見ていても二人は仲が良くお互いに信頼し合っているのが見て取れた。
優莉菜は島崎の一言にハッとなった。
そうだ。龍之介は人を裏切れるような人間じゃない。なんでそこに気付かなかったのか。
優莉菜は涙を拭き、島崎に向き直った。
「店長、ありがとうございます。そうですよね、彼はそんな人じゃなかったです。もう一度彼と話し合ってみます!」
そう言って大きく頭を下げて、自分の分の代金をテーブルに置いた。
「ああ、お金は・・・」
「いえ、相談に乗ってもらった上にご馳走にまでなるわけには行きませんから」
優莉菜は微笑んで席を立って店を出て行った。
残された島崎はフッと微笑んで呟いた。
「・・・僕もお人好しだな」
そう言って彼は二人分の支払いを済ませ、自身も駅へ向かって歩き出した。




