別離
今日もダメか・・・。
花村優莉菜は数件の企業が入ったビルを出て、大きく息をついた。
この春大学を卒業した。
だが、不景気で就職先が見つからず結局ニートになり今はアルバイトで収入を得ていた。
でもいつまでもバイトだけでは生活が大変なので、今も正社員としての就職活動を続けていた。
優莉菜は公園のベンチに腰掛けた。
今は4月。
桜は満開で、道行く人達はお花見をしていたり、サラリーマン達はお昼休憩をしていたりと様々だった。
この時期に就活してるなんて・・・
優莉菜は軽く苦笑した。
今は卒業と同時に就職が決まっている方が少ないかも知れないが、優莉菜はそれが悲しかった。
ふと休憩しているサラリーマンを見て彼を思い出す。
「龍ちゃん、元気にしてるのかな」
龍ちゃんとは、優莉菜の恋人の藤森龍之介の事だ。
彼とはもう一ヶ月以上会っていない。メールさえしていない。
「会いたいな・・・」
優莉菜は雲ひとつない晴天を見上げて目を細めた。
龍之介とはもう4年の付き合いになる。
結婚話も出そうな時期はあった。
結婚すればこんな風に急いで就活をする必要もないのだ。
しかし、龍之介からは一度もそういう話が出てこなかった。
「将来の事、どう思ってるのかな」
いや結婚どころか、そもそも自分を好きでいるのかもう分からない。
久しぶりに連絡してみようか。
会って、彼がどう思っているのか聞いてみるのもいいかも知れない。
だが、いまひとつ勇気が出ない。
もう一ヶ月も会っていないと自然消滅したのと同じではないのか。
不安ばかりが頭をよぎる。
携帯電話を取り出して龍之介の番号を表示して発信しようとして…躊躇う。
そんな事を繰り返した・・・。
「なんだってぇ!?えっちしたぁ!!?」
大声で叫ばれて龍之介は慌てて親友の口に手を当てて黙らせた。
「おい!幸博!声がでけぇよ!!!」
親友・小早川幸博は龍之介の手を払った。
幸博は龍之介の幼馴染だ。
二人は行きつけの居酒屋にいた。
「お前、何やってんだよ」
幸博の呆れた声に龍之介は項垂れた。
あの日、ちなみに迫られてホテルへ入ってしまい、そのまま関係を持ってしまった。
酔っ払っていたとはいえ、彼女がいるのに好きでもない女と関係を持つなんて男として最低だ。
しかも相手は自分に好意を持っている。彼女に対しても失礼に値する。
「わかってるよ、俺はサイテーだ」
龍之介は頭を抱え込んだ。
「・・・お前さ、優莉菜ちゃんの事好きなのか?結婚したいと思ってるか?」
幸博がビールを持ったまま問いかける。
優莉菜を好きか・・・そう聞かれて即答出来ないでいた。
嫌いではない。それは確かだ。
しかし、結婚したいかと聞かれたら答えられない。
優莉菜はよく気がつくし、可愛いし、結婚相手としては申し分ないと思う。
だが、なかなか結婚に踏み切れないのは何故か自分でも分からなかった。
「お前、自分に自信がないんじゃないのか」
ハッとして幸博の顔を見る。
「自信がないから、優莉菜ちゃんを幸せにすることが出来ないと思ってるんだろ」
そんな事全然考えてなかった。
─自分に自信がないから優莉菜を幸せにできない─
今まで自分の中でもやもやしてたものが明確になった気がする。
「図星か」
幸博は苦笑しながら、続けた。
「自信がないまま、優莉菜ちゃんと付き合い続けても彼女の為にならないだろうな。一度、ちゃんと話し合った方がいいんじゃないか?」
「・・・そうかも知れないな。俺自身がどうしたいのか迷ってたらアイツに心配かけちまうし、ちゃんと話し合ってみるよ。あと、結城の事もちゃんとしないとな」
「ああ。頑張れよ」
龍之介は幸博と別れて、自宅に戻った。
自分がどうしたいのか自覚しないと優莉菜が可哀想だ。
とにかく、結論が出るまで距離を置いたほうがいいだろう。
ちゃんと話せばアイツは分かってくれるだろう。
そう思って優莉菜に電話しようと携帯を取り出す。
同時に手の中の携帯が鳴り出した。
・・・優莉菜!?
「もしもし!?」
つい声が大きくなる。
『・・・龍ちゃん?』
「・・・ああ」
『元気だった?』
「ああ。お前は・・・?」
『うん。元気だよ』
「そうか・・・」
暫く沈黙が続いた。
会わなかった一ヶ月を現しているような沈黙だった。
・・・ちゃんと話し合わないと!
龍之介は意を決して切り出した。
「今から会えるか?」
『えっ・・・・・・うん・・・』
電話を切ったあと、優莉菜は嬉しさのあまり携帯電話を胸に押し当て頬を高潮させた。
久しぶりに聞いた彼の声はいつもどおりだった。
私、彼が好きだ。
会いたい。早く。早く!
大学時代に二人が会うときによく使っていたファミリーレストランで待ち合わせをした。
お互いに一人暮らしなのでどちらかの家でもよかったのだろうが、一ヶ月以上も会っていないと家よりも外のほうが落ち着くような気がしてここに決めた。
龍之介はコーヒーを注文して、タバコに火をつけた。
俺は自分を見つめなおす為に優莉菜と別れる。アイツはきっと理解して待っててくれる。
なんの根拠もなく、そう信じた龍之介は優莉菜が来るのを待った。
そして、入り口に彼女の姿が見えたので手を上げようと思ったら、それより先に彼女が気付いて駆け寄ってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
軽く息を切らしてスプリングコートを脱ぐと、椅子の背にかけた。
よく見ると、優莉菜の顔は少し高潮しているようだ。
ウェイトレスが注文を聞きに来る。
「ストレートティーを」
そう注文して髪を整えた。
急いで来たのだろう。軽く息も上がっている。
もしかして俺に会えるのを楽しみにしてたのか・・・?
だが、俺は別れを切り出そうとしている・・・。優莉菜はどんな顔するだろうか・・・。
「・・・タバコ、吸ってるんだ」
不意に問われて、いつの間にか灰が長く繋がっているタバコを慌てて灰皿へもみ消した。
「あ、ああ。最近、仕事が忙しくてイライラしちまってて、ついな・・・」
「吸い過ぎはダメだよ」
そう言って微笑む優莉菜。
・・・ズキン。胸が痛む。
さっきまでの根拠のない自信が音もなく崩れていく。
自分の都合だけで4年も続いた関係に終止符を打つと思うと、なかなか切り出せない。
「一ヶ月振りだね」
「ああ・・・そうだな」
龍之介は灰皿に視線を向けたまま答えた。
「仕事、忙しいんだよね?・・・なかなか連絡取れなかったから今日会えて嬉しかった」
優莉菜はアイスティーを見ながら、少し頬を染めて小さな声でそう言った。
・・・別れも言い出せない優柔不断な自分と一緒にいても彼女は幸せになれない。
膝の上でぎゅっと拳を握りしめる。
「・・・あのさ、優里菜」
何?とはにかみながら龍之介を見る。
「俺達、少し距離を置かないか?」
優里菜が息を飲むのが分かった。
そして、はにかんでいた顔はみるみる切なく歪んでくる。
「どうして・・・」
今にも泣き出しそうな顔で龍之介を見つめる。
だが、龍之介はぐっと拳に力を入れると、言葉を続けた。
「この一カ月ずっと考えてた。このままお前と付き合っててもいいのかって・・・」
優莉菜は黙って龍之介を見つめている。
「俺には夢や目標がない。・・・いや、何より自分に自信がないから・・・。奇麗事かも知れないが、自分を見つめ直す為の時間が欲しいんだ」
優莉菜は泣きそうな顔をしながら苦笑まじりに言った。
「そっか・・・。最近、特に連絡減ったから他に好きな人でも出来たのかなって思ってたんだ。・・・・・・そうなんだ・・・」
その言葉にドキッとする。ちなみの事を思い出したのだ。
別にちなみを好きになった訳ではないのだが、後ろめたさから焦ってしまう。
「いや、そんな事はない。俺は・・・」
言いかけた言葉を優莉菜は遮るように言う。
「・・・分かった。龍ちゃんがそこまで思い詰めてるなんて気づかなかった。・・・4年も付き合ってたのに、何を見てたんだろうね、私」
そう言って苦笑する優莉菜に胸をえぐられる。
「優莉菜、俺・・・」
必ず、答えが出たら迎えに行くからと言おうとしたが何故か言葉が続かない。
「・・・龍ちゃんが色々考えてたのは分かった」
涙をぐっとこらえて優莉菜は続けた。
「でも・・・そんなに思い詰める前に、一言相談して欲しかったな・・・。私、彼女失格だね」
泣き笑いのような顔で呟いた。
そして、カバンを手に取り、静かに立ち出口へ向かう。
龍之介はそんな彼女を引き留める事が出来なかった…。




