流されるままに
毎日を流されるまま過ごしていた…。
彼の名は藤森龍之介。
中小企業に勤める営業マン。
あちこちの得意先を周り、公園のベンチで一息ついていた。
「ふぅ~…」
缶コーヒーを一気に飲み干す。
まだ4月だというのに、夏のような日差しが照りつけていた。
「今年の夏も暑くなりそうだな」
ネクタイを緩め、額の汗をシャツの袖で軽く拭い立ち上がった。
缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨て歩き出す。
龍之介は最近忙しく走り廻っていた。
会社は人員を減らさなければならないほど苦しく、その分の負担もかかっていて殆ど身体を休めていなかった。
そんな状態なので彼女とも会えないでいた。
彼女も今は就職活動中なので忙しく、もうひと月ほど連絡すら取っていなかった。
だが、龍之介は少しホッとしていた。
彼女は2歳年下で龍之介が大学2年の時から付き合っていて、今年で4年目になる。
少し前までは将来の事も漠然とだが考えていた。
しかし、今会社はこんな状態でいつ自分も切られるか分からない時にプロポーズも出来ない。
なにより今自分が何をしたいのか、彼女を本当に好きなのか分からないでいた。
「お帰りなさい、藤森さん」
会社に戻ると、満面の笑みの結城ちなみに出迎えられた。
彼女はこの会社の事務員だ。
かなりの美貌の持ち主で社内で一番人気があった。
そんな彼女に龍之介は告白されたことがある。
ちなみが仕事で失敗した時に、龍之介が手伝ってあげたのがきっかけだ。
彼女は一生懸命な龍之介の姿に感動して惹かれたのだ。
それからというもの、誰の目から見ても龍之介に好意を寄せているのが分かるような行動を取っている。
龍之介は彼女がいるからと断ったが、それでもいいと今でもこうして龍之介を一番に考えて仕事をしていた。
だが、龍之介はちなみにはさほど興味がなかった。
彼女がいたというのもあるが、ちなみの積極さが少し苦手だったからだ。
どちらかといえば大人しめな女性が好きだった。
その面では今の彼女は理想と言える。
「ただいま」
龍之介はちなみの顔を横目で見ただけで、自席に着いた。
席に着いた途端、また大きくため息をついた。
「おい藤森、帰るなりため息つくなよ。こっちまで疲れてくる」
向かいの席の同僚が苦笑いしてくる。
「暑いんだからしょうがないだろ」
ため息は勝手に出るんだから仕方がない。
すると、
「はい、どうぞ」
と、目の前に氷の入ったお茶が置かれる。
ちなみが入れて来てくれたようだ。
「あ、ずりぃ!藤森ばっかり!」
「中村さんはずっと会社におられるじゃないですか。藤森さんは外回りから帰って来たばかりなんですよ」
中村と呼ばれた彼はちぇっと軽く舌打ちしてふてくされる。
「藤森は愛されてんなぁ」
「なに言ってんだよ」
龍之介は苦笑する。
「あたりまえじゃないですか」
ちなみは嬉しそうに微笑んだ。
「はいはい。・・・あ、そうだ藤森、今日飲みに行かねーか?」
「今日?…ん~、今日はなぁ…」
中村に誘われるが悩んでしまう。
「行きましょうよ!藤森さん!」
ちなみも賛成する。
結局、中村とちなみ、その場にいた同僚達、総勢10人での飲み会になった。
近くの居酒屋へ入り、座敷に通された。
龍之介の隣にはちなみがちょこんと座っていた。
「藤森さん、お代わりどーですか?」
そう言ってビール瓶を手に取る。
「ああ、サンキュ」
とくとくとく・・・
グラスに注がれるビール。
ぐいっと一息に飲む。
今日は一段と暑かったから体に染みる。
ちなみは、ビールを飲む度に喉仏が上下する龍之介の横顔に魅入っていた。
(この人・・・やっぱり好きだな・・・)
もともとタイプだったのもあったが、仕事に失敗したとき、龍之介が徹夜になるのを承知で自分の為に必死に作業を続けてくれた優しさに一気に惹かれていったのだ。
龍之介のためなら何だってできる。
(・・・彼女と別れてほしい・・・)
そんな事を思い始めていた。
ふと気がつくと、みんな盛り上がっていていい具合に出来上がっている。
龍之介も顔を赤くしてだいぶ酔っているようだった。
「結城ちゃん、飲んでるかい?」
同僚の一人が声を掛けて来た。
「飲んでますよ~♪」
笑顔で答えるちなみ。
「俺、トイレ・・・」
龍之介が立ち上がる。その足はフラフラとしていて今にも転びそうだ。
「大丈夫ですかっ!?」
ちなみは慌てて支えようとする。
「だいじょぶ、だいじょぶ」
手をひらひらと振りながら答える龍之介。でも、やっぱり足元がフラフラしていている。
その時、ちなみの頭にある考えが浮かんだ。
「あたし、トイレまで付き添います」
立ち上がって、龍之介を支える。
「・・・わ、悪いな・・・」
「いいえ。そこまでですから」
微笑んで言う。
「ほんとに大丈夫ですか?」
トイレを出たところでちなみが心配そうに問う。
「・・・ああ。心配かけて悪かったな」
こんなに酔うなんて疲れてんのかな。龍之介は苦笑する。
「・・・藤森さん」
声を掛けられてちなみを見る。
その瞳は妙に艶っぽく、ドキッとする。
「藤森さん。あたし・・・やっぱりあなたが好きです」
龍之介は一瞬息が詰まった。
「彼女がいてもいいです。・・・あたしを・・・抱いてください」
何を言っているのか分からなかった。
ちなみが自分を好きでいてくれてるのは知っている。
同じ会社なので顔を合わせないわけにはいかないから、彼女の気持ちを知ってからは、極力優しさは見せずにきたつもりだ。
なのに何故こんなに好かれているのか。
「な・・・に言ってんだよ。バカいうな」
龍之介は目をそむけた。
「本気です!」
語気を荒げた彼女を反射的に見れば、少し切なそうなけれど本気の瞳をしていた。
そして、龍之介の頬を両手で包むと唇に自分の唇を押し付けてきた。
「!!!」
不意打ちでキスされ、動けないでいると、だんだん深い口付けに変わって来る。
「・・・ちょ、ちょっと・・・結城・・・」
息を継ぐために離された唇からやっとの思いで言葉を発する。
そして彼女の肩を持って離そうとする。
「あたしじゃ、ダメなんですか・・・?」
今にも泣きそうな彼女を見ているとまだ酒が残っているからか、頭がぼーっとしてくる。
そういえば自分の彼女・・・花村優莉菜と最近こういう事がないな・・・などと思いながら再びちなみからキスをされる。
「好きです・・・藤森さん・・・」
龍之介は潤んだ瞳のちなみから目が離せないでいた。
誰に見られるかわからないトイレの前で彼女からのキスを受け入れ、強く抱きしめていた・・・。




