斬撃
「ぼくは〈腕斬りオレオン〉などではありません。それに、町なかで剣を抜くものじゃありませんよ」
そう言いながらも、オーレスが左手を刀の柄へ伸ばすのを、シュタルテは見た。
刀にも様々な長さのものがあるが、オーレスのはやや短い。短い刀の利点……シュタルテは考えた。二刀流、すなわち片手で使うためか。あるいは――。
男達のひとりが動いた。右手の剣で、オーレスに斬りかかる。
オーレスが、右手を刀の鞘に添えた。
抜き打ち――!
抜いた動作で斬ったのか、次の動きで斬ったのか、シュタルテには良く分からなかった。
確かなのは、オーレスに襲いかかった男の右手が、剣と共に地面に落ちたということだった。
間髪入れず、残りの二人がオーレスに斬りつけてきた。オーレスは落ち着いた動きで退き、攻撃をかわす。
そして次の瞬間、オーレスの刀の刀身が消えたように、シュタルテには見えた。ただ、オーレスが二度、斬撃を放ったことが、今度はシュタルテにも辛うじて分かった。
気が付けば、右手を失った男が三人、地にうずくまっていた。
「先生!」
と言って、シュタルテはオーレスに駆け寄った。
「シュタルテ君、治癒術は使えますか?」
オーレスが落ち着いた声で訊く。お前も落ち着けと、シュタルテは自分に命じた。
「ちょっとは使えますけど……こんな傷じゃ、手が出せません!」
「そうですか。ぼくも同じです」
オーレスはそう言いながら、ジーニャの方を見やった。
おののいたような表情で、ジーニャが首を横に振る。通りがかった人々は、距離をとって怖々とシュタルテ達の様子を眺めるばかりだった。
「シュタルテ君、ジーニャさん、誰か、助けてくれそうな人を呼んできてください」
オーレスが言う。
「兵隊と……できれば、お医者を」
「でも、早く手当しないと、死んじゃいますよ」
シュタルテが上ずった声で言った。
「できる限りのことはしましょう」
と言って、オーレスは男達のひとりから、上着を剥ぎ取りだした。出血を止めるつもりらしい。
「先生!」
シュタルテが、声を上げる。
「〈腕斬りオレオン〉なら、切断した腕を塞げるはずです!」
「しかし、ぼくはオレオンではないのです」
オーレスが、淡々と言う。
「魔法力が低いのでね。そんな高出力の治癒術は、使えません」
「そんな……こんな時まで、何言ってるんですか!」
シュタルテは愕然とした表情で、オーレスの服を掴んだ。
そのシュタルテを、ジーニャがオーレスから引き剥がす。
「シュタルテ、行きましょう! 誰か呼んでこなくちゃ!」
そしてジーニャは、遠巻きに見ている人々に声を張り上げた。
「どなたか、兵隊さんに知らせてください!」
「良し、おれが行こう」と言って、観衆のひとりが走っていった。さらにもうひとり、その後を追う。
「あたしはお医者さんを連れてくるわ」
ジーニャがシュタルテに言った。
「あなたは、タウロン様を呼んできて」
「タウロン様?」
「あの方は、相当の魔術師に違いないわ。きっと、助けてくれるはずよ」
「分かった」
そう言って、シュタルテは駆けだそうとしたが、ふと足を止め、オーレスの方を振り返った。
オーレスは、まだらに血を浴びた上着を裂いて、二人目の男の傷口にあてがっているところだった。
三人目の男の右腕からは、とめどなく血が流れていた。
(わたしのせいだ……)
東を指して走りながら、シュタルテは思った。
(わたしがオレオン、オレオンって騒がなければ、こんなこと起こらなかったんだ)
でも、と思う。
(でも、先生もどうかしてる。あっという間に三人の腕を斬り落として、誰がどう見ても、〈腕斬りオレオン〉じゃない。それなのに、今さら正体を隠して、治癒術をかけてやらないなんて……あの三人を死なせるつもりなの?)
そこまで考えた時、シュタルテはつまずいて転んだ。腰の剣がガシャリと鳴る。
「わたしがしつこいんで、意地になってるの? それなら……こっちにだって、考えがあるんだから」
起き上がりながら、今度は声に出して呟いた。そして、再び駆けだす。
転んだ際に打った膝に、痛みが走った。一瞬、シュタルテは顔をしかめた。
「あなたが悪いんだからね、オレオン先生……」
翌日、ジーニャはサルト流剣術道場へオーレスを訪ねた。
二棟の建物の小さい方、道場主一家の住居の応接間に通される。雇われ師範オーレスは、この家に居候しているのだった。
「昨日の人達ですが」
とジーニャが切り出す。
「三人とも、命に別状はないそうです。先生を襲ったのは、名をあげるためだったとか……つまり、〈腕斬りオレオン〉に勝つことで」
「時代錯誤な……」
オーレスは言ったが、時おり聞く話ではあった。名のある達人に挑戦して、自分の名をあげる……特に裏の世界では、複数人でひとりを倒すようなやり方でも、充分に評価されるという。
昨日の三人組は、オレオンがいるという噂を聞きつけて、デンズの町へやってきたのだった。
道場の手伝いをしているアーロ少年が入ってきて、オーレスとジーニャに茶を出した。
「アーロ君、お客様に先にお出しするものですよ」
「あ、すみません」
オーレスの言葉に謝ってから、少年はそそくさと部屋を後にした。
「……いや、わざわざ知らせてくださり、ありがとうございます。あなたも災難でしたね、あんなことに巻き込まれて」
「いえ」
「それに、お医者と……それからあのタウロン殿を呼んできてもらったことも、ありがとうございました。ぼくも、連中を死なせたかったわけではないですからね。お二人が治療してくれて、助かりましたよ」
「そのことなんですが……」
ジーニャが、少しためらいがちに言った。
「どうして、あの人達の右腕を斬り落とされたんですか?」
「殺さず、かつ戦闘力を奪うためです」
「でも、あのやり方は、まるで〈腕斬りオレオン〉のような……」
オーレスは少しの間、何か考えるように口をつぐんだ。
「……とっさのことでした。シュタルテ君にオレオンのことばかり聞かされていたから、とっさにあんなことを思いついたんでしょう」
「でも、あれではシュタルテはますます、先生がオレオンだと信じ込んでしまいます」
「ぼくがオレオンではないということは、再三説明しています」
「……」
今度はジーニャが、口をつぐむ。その目には、かすかに疑いの色があった。
オーレスは、茶を一口すすった。
「ところで今日は、そのシュタルテ君は?」
「あ、そうでした。五日ほど道場を休むので、そう伝えてほしいと言っていました」
「休み? 珍しいですね」
「なんでも、用事でドルストンへ出かけてくるとか」
オーレスの顔に、一瞬、探るような表情が浮かんだ。
「そうですか。ドルストンへ……」
腕斬り次回予告
デンズの町に、隻眼隻腕のサムライが現れた。彼の目的は、サムライを斬ることで世の中を少しでもマシにすること、そして自分の腕を斬ったオレオンを見つけ出すこと。そこへ浦島大学陸上部のエース、金沢健も乱入して……!
次回、『腕斬りオレオン』第二章「タンゲ○ゼンとオレオン」
お楽しみに。