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腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第一章 英雄を探して
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白刃のきらめき


 カバンを受け取り、何度も礼を言う婦人を見送ってから、ベイルは気絶してうずくまっている男を左腕一本で持ち上げた。大きな体にふさわしい、怪力であった。

「おれはこいつを、兵隊に引き渡してくるとしよう。あんた達は、買い物を済ませると良い」

「え、ひとりで大丈夫?」

「平気だ」

 シュタルテの言葉に短く答えると、ベイルは大股で歩き去った。

 まあ、彼は大丈夫だろう。シュタルテとジーニャは、ちょっと顔を見合わせてから、東の通りへ向かって再び歩きだした。

 徐々に人通りが多くなってきた。

「あいつ、なかなかやるのね。口ばっかりかと思ってたけど」

 シュタルテの言葉に、ジーニャがほほえむ。

「強くなきゃ、用心棒なんて仕事で食べていけないわよ。この町でも、もう何度も、ああいう人をこらしめているそうよ」

「ふうん……ん? どっかで聞いたような話ね?」

 シュタルテがそんなことを言っていると、若い男がひとり、声をかけてきた。

「あ、姉さん!」

 どうやら自分に言っているようだと理解したシュタルテは、しかし少しの間、はて誰だっただろうと考えた。

「あ! あの時のチンピラ!」

 この町へ来て最初に入った食堂で声をかけてきた、二人組の内のひとりだった。

 男は、苦笑しながらそばへやってくる。

「あの時はすみませんでした。謝りますから、チンピラは勘弁してくださいよ」

「なによ、今日は随分、下手したてに出るじゃない」

 シュタルテが、いぶかしげな顔をする。

「いえね、姉さんがサルトの道場の人達をばったばったと薙ぎ倒して、ヘイズンの兄貴にも勝ったって聞いたもんでね」

「ヘイズン……?」

 シュタルテは、いつも穏やかな表情の、無口な男を思い出した。あのヘイズンとこのチンピラと、どんなつながりがあるのだろう。

「あの時、剣を抜かれていたらと考えて、冷や汗が出ましたよ。ベイルの旦那が『勝ち目はない』って言ったのも、本当だったんですな」

「その通りよ。人は見た目じゃ判断できないの、憶えてらっしゃい」

 シュタルテは、ちょっと気を良くして言った。

「ところで、ちょっと訊きたいんだけど」

「何でしょう?」

「この辺で、質の良い着火石を売ってる人がいるって聞いてきたんだけど、知らない?」

「ああ、そいつなら……」

 と言って、男は道の先を指差した。

「いつも、向こうの通りにいますよ。そこの角を、左に曲がった先です」

「そう、ありがと……ところで、その荷物、何?」

 男の抱えている木箱に目をとめて、シュタルテが言った。

「こいつは、おれの仕事道具ですよ。大工でして」

「大工? 意外と、まともな仕事してたのね……」

「はあ、あの日はちょっと、魔が差したと言いますか……」

 男がしょげたような顔をするので、シュタルテはちょっとかわいそうに思えてきた。

「分かった分かった、もう許してあげるわよ」

「恐れ入ります。それじゃ、これで……」

 ほっとしたような面持ちで、男は立ち去った。

 シュタルテとジーニャが大工に教えられた辺りへ行ってみると、道の端に座っている男に行きあった。歳は二十五といったところ、マントを羽織って、旅人のように見えるが、汚らしい様子はない。地面に布を広げて、小石を二十個ほど並べている。

「この人みたいね」

 ジーニャがささやくと、シュタルテも頷いた。

「けど、なんだか商売っ気がないわね」とシュタルテ。「値段も書いてないし」

「着火石、一個三百コームです」

 男がシュタルテ達の顔を見上げ、口を開いた。

「良ければ、試してみてください」

 そう言って、小石を一個、差し出してくる。

「それじゃあ」

 と言って、ジーニャはそれを受け取ると、右手で握って「火よ」と唱えた。小石の先から、小さく炎が上がった。

「ふうん、すごく使いやすいわ」

 ジーニャはそう言いながら、つまんだ小石をしげしげと観察した。そして、感心したように頷く。

「それに、随分しっかり術がかけてあるのね。着火石なんて一年もてば良い方なのに、三年は使えそう」

 そう言って、ジーニャは男に小石を返した。男は満足げな表情で、それを受け取る。

「ジーニャ、そんなこと分かるの?」

 シュタルテが訊くと、ジーニャは顔に笑みを浮かべた。

「そりゃ、魔法具の鑑定があたしの仕事だもの。言ってなかったっけ」

 そういえば以前聞いたことがあったと、シュタルテは思った。

「これで三百コームなら、随分安いわね。ふたつ、いただくわ」

「ふうん、そんなに良いものなら、わたしも買っとこっと。一個ください」

「どうもありがとう」

 と言って、男は代金を受け取り、ジーニャにふたつ、シュタルテにひとつ着火石を渡した。

「ところで」とジーニャ。「どうしてこんな良い品物を、こんな所で売ってらっしゃるんですか?」

「そうそう」

 とシュタルテも言う。

「なんか旅人みたいな格好してるけど、腕の良い職人さんなら、なんで旅なんかしてるの?」

「わたしは職人ではないのです」

 ちょっと苦笑しながら、男が言った。

「わたしはタウロン、風の神セイルに仕える者です。旅をしているのは、セイルの教えを広めるため。これを作って売っているのは、旅費を稼ぐためです」

「え、神官様なの?」シュタルテが、驚いて言う。「あ、わたしはシュタルテ」

「ジーニャといいます。そうですか、魔法具を売りながら布教を……初めて聞きました」

「セイルは知恵の神にして自由の神。その信徒は見聞を広めることが肝要、というのがわたしの持論でして、あちこち歩き回っています」

「あちこちって、どんな所? 聞かせてもらっても良いですか?」

 シュタルテが言うと、ジーニャも頷く。

「あたしも、伺ってみたいです」

 そこでタウロンは、これまで回ってきた町や村のことを、二人に語って聞かせた。北の辺境で出会った珍しい食べ物、火の神ヴァンの司祭達と口論をしたこと、海に浮かぶ船の様子、魔族の襲撃で滅んだ町……。

「あら、シュタルテ、もうお昼よ」

 タウロンの話が一段落ついたところで、ジーニャが言った。

「タウロン様、随分お邪魔をしてしまいました」

「ほんとだ、もう帰ろっか」とシュタルテ。「タウロン様、まだこの町にいる?」

「ああ、もうしばらくいるつもりだ」

「それじゃ、また遊びに来るね」

「いつでもどうぞ」

「ありがとう」

 と言って、シュタルテは歩いていこうとしたが、ふと足を止めて、振り返った。

「そうだ。タウロン様、ちょっと訊いてみたいことがあるんだけど」

「何だね」

「頑固な人を説得する秘訣って、何かある?」

 風の神の神官は、少し考えてから、答えた。

「相手が頑固なら、自分は柔軟であることだな。特に、思い込みに捕われないこと、様々な可能性を考えることだ」

「ふうん……」



「説得の秘訣が『思い込みに捕われない』って、どういうことだろ?」

 通りを行きながら、シュタルテが言った。

「うーん」

 ジーニャが唸る。

「相手をどうにかする前に、自分の考えを点検しろってことじゃないかしら」

「えええ……」

 シュタルテが、何やら嫌そうな顔をする。

「わたし、反省ってすっごく苦手」

「自分でそんなこと言う人は、本当はとても柔軟なのよ……多分」

 ジーニャは、にこにこと笑いながら言った。

 その時、シュタルテは通りの先を見知った顔が歩いているのに気付いた。

「オレオンせんせーえ!」

 シュタルテが怒鳴ると、道場の雇われ師範が、めんどくさそうな表情で振り返った。

「シュタルテ君……何ですか」

「あ、『オレオン先生』って言ったら、返事した!」

「……」

 オーレスがシュタルテを、じろりと睨む。

「では次からは、無視することにしましょう」

「いやん、冷たいこと言っちゃいやん」

「何なんですか……」

 ジーニャが、「オーレス先生、こんにちは」と挨拶をする。

「だからぁ、もういいかげん、認めちゃいましょうよぉ」

「ですから、ぼくは〈腕斬りオレオン〉ではありません」

 シュタルテとオーレスが、この一ヶ月で何度繰り返したか分からないやりとりをする。

「ええー、『オーレス』なんて分かりやすい偽名、名乗ってるくせにぃ」

「勘弁してくださいよ……君のおかげで、ぼくの正体は〈腕斬りオレオン〉だという噂が、町中に広まってるんですから……」

 その時である。

 シュタルテ達の行く手を塞ぐようにして、突然、三人の男が立ちはだかった。三人とも、剣を帯びている。

「貴公が〈腕斬りオレオン〉か」

 男達のひとりが言った。

「最後には、こんなのが出てくる始末ですよ……」と呟きながら、オーレスはシュタルテとジーニャをかばうように、前へ出た。

「人違いです」

 オーレスが言うと、三人は一斉に剣を抜いた。

「君達は下がりなさい」

 オーレスに言われるまま、シュタルテはジーニャと共に、後ずさった。

 自分がどうするべきか、分からなかった。いつもの試合とは違う。あの剣で刺されれば、死ぬ。

 抜身ぬきみの剣、その白刃はくじんのきらめきに、シュタルテはひるんだ。




タウロン

 二十四歳男性。風の神セイルの神官。着火石を作って売りながら、旅をしている。『ほら吹き少年と司祭』にて、タルーブの町へやってくるのは、もう少し後の話。



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