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腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第一章 英雄を探して
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ヒノキの棒

 シュタルテがサルト流剣術道場に入門した日の翌朝。道場の隣にある道場主一家の家に居候しているオーレスは、道場の入り口へやってきた。今日は一日出かける予定なのだが、その前に少し様子を見ておこうと思ったのだった。

 シュタルテは、すでに来ていた。それからレギスや、他の若い連中が十人ほど集まっている。

「良いか、お前はおれ達よりも強いが、何といっても新入りなんだからな」

 レギスが威張った調子で、シュタルテに何か言っている。

「そこのところ、ちゃんとわきまえろよ」

「分かってまーす」

 シュタルテが答えた。

「良し。ではまず、道場の掃除だ」

 レギスの号令で、若者達は動きだした。

(レギス君は、若い連中のリーダー格ですからね)

 オーレスは思った。

 威勢の良いレギスをなだめる役のヘイズンは、来ていなかった。ヘイズンは割と足繁く通ってくる方だが、やってくる時間帯がまちまちなのだった。仕事の都合だという。

 あの調子で、ヘイズンもいなくて大丈夫だろうか。ふと心配になったが、シュタルテなら平気だろうと思い直して、オーレスは道場を後にした。



「良いこと?」

 夕方、オーレスが道場へ戻ってくると、シュタルテがへたり込んでいるレギス達の前に立って、何か言っていた。年かさの者達は、それを離れた所から、苦笑しつつ眺めている。

「わたしは新入りだけど、何といってもあなた達より強いんだからね。そこのところ、ちゃんとわきまえなさいよ」

「はい!」

 若者達が、声を揃えて答えた。

(何があった――!?)

 オーレスが唖然として立ち尽くしていると、二十五歳くらいと見える、柔和そうな顔立ちの女がそばへやってきた。道場主カイムの娘にして三人の師範のひとり、ソーラである。

「オーレス先生、おかえりなさい。あのシュタルテ、なかなか見込みがありそうですわね」

「はあ、そうですか……」

 オーレスが、曖昧な返事を返す。

 そこへ、オーレスに気付いたシュタルテが駆け寄ってきた。

「先生! そろそろ、正体を明かす気になりました?」

「……」



 シュタルテは強かった。道場主カイムと三人の師範には及ばないが、門弟の中で彼女より強いのはガゼフだけ、あとは十回勝負すれば二、三回勝てるかという者が三人ほどいるだけだった。

 それでもシュタルテは、誰よりも多くの時間を道場で過ごした。オーレスがいれば彼に教えを乞い、もしいなければ、自分より格上の者達――カイム、バスコフ、ソーラ、ガゼフに可能な限り勝負を挑み、技を盗もうと努めた。

 ある時、オーレスは不思議に思っていたことをシュタルテに訊いてみた。

「君は随分、お金に余裕があるようですね。毎日道場に通うばかりで、他のことをしているようには見えませんが」

 シュタルテは「うっふっふ」と笑ってから答えた。

「こう見えても、ドルストンでは大分稼いでましたからね」

「稼いだ? 何をして?」

「ふふん、女の子には秘密がいっぱいなんですよ――あ、そうだ。先生が正体を明かしてくれたら、教えてあげます」

「何度も言いますが、ぼくはオレオンじゃありませんよ」

「あ、そう。そういうことなら、こっちも秘密です」

「はあ、まあ、別に良いですけどね」

「あ、水商売じゃないですからね。その辺りは、ご心配なく」

「はあ」



 シュタルテがデンズの町へやってきてから一月ほど経った、ある朝のことである。

「あら、もう駄目ね」

「どうしたの?」

 かまどの前で呟いたジーニャに、シュタルテが声をかけた。ジーニャが振り返る。

「あらシュタルテ、今朝も早いわね」

「うん。わたし、性格はいいかげんだけど、朝は早いんだ」

「そう。偉いわ」

 ジーニャはそう言って褒めたが、そう言う彼女は、いつもシュタルテより早く起き出して、朝食を作っているのだった。

(なんでこの人が、わたしのお嫁さんじゃないんだろう……)

 シュタルテは、なんだか無性に悔しくなった。

 ジーニャの好きな人とは誰なのか、何度か訊いてみたのだが、いつもはぐらかされてしまうのだった。もっとも、本気で結婚したいと思っているわけでもないが。

「で、どうかしたの?」

「ああ、そうそう、これなんだけど……」

 と言いながら、ジーニャはシュタルテに、手のひらの上の小石を示した。

「これって、着火石ちゃっかせき?」

 シュタルテが訊いた。着火石とは、火を起こす魔法がかけられた石のことである。

「そうなんだけど、もう使えなくなっちゃった。寿命ね。新しいの買わなくちゃ」

「ふうん……そういえば誰かが、東の通りで安くて質の良い着火石を売ってたって、話してたなあ」

「それ本当? 普通の着火石と違うの?」

 ジーニャが訊いた。シュタルテの予想以上に、興味を持ったようだった。

「うん。なんか、旅の職人みたいな人が、道の隅で売ってたって。道場の人が言ってた」

「そう。ちょっと見に行ってみようかしら」

「それならわたしも付き合うわ。今日は道場、休みだし……でも今は、かまどに火を入れないとね。わたし、火の呪文くらいなら使えるけど」

「大丈夫よ、あたしも使えるから。でも、体力使うからね。やっぱり、着火石あった方が便利ねえ」

 ジーニャはそう言ってから、薪に手をかざして、呪文を唱えだした。



 朝食が済んでから、シュタルテとジーニャ、そしてベイルは、連れ立って家を出た。シュタルテとジーニャの二人が出かけると聞いて、ベイルが一緒に行くと言い出したのだった。

「気になってたんだけど」

 と、シュタルテが隣を歩く背の高い男に話しかける。

「あなた、何か仕事してるの? なんか、いっつもその辺をふらふら歩いてるような」

「傭兵のようなことをしている」

 ベイルが答えた。

「傭兵?」

 シュタルテは、怪訝な顔をする。戦争など、この国ではもう三百年近く起こっていない。傭兵といっても、何をするのだろうか。

「あるいは、用心棒と言った方が良いか」とベイル。「隊商の護衛とか、そういう依頼を請けているんだ。一度の仕事でまとまった金が入るから、普段は好きに過ごしている」

「ふうん」

「ベイルは、その空いた時間を使って――」

 と、ジーニャが口を挿む。

「町の見回りをしてくれてるのよ。おかげで、怖い事件が随分減ったわ」

「そうなんだ。それでいつも、棒を持って歩いてるのね」

 ベイルが手にしている棒を見ながら、シュタルテは言った。ヒノキだろうか。叩かれたら痛そうだ、と思った。

「そっか、それであの時、チンピラどもが逃げ出したのね」

 シュタルテが言うと、ベイルは少し怪訝そうな顔をした。

「あの時?」

「ほら、あの食堂で、あなたとわたしが初めて会った時よ」

「ああ」

「でも、気を付けてね。どこかで恨みを買って、刺されちゃったりしないでね」

「心配してくれるのか」

「ええ。あなた、良い人だから」

「では、結婚しよう」

「なんでそうなるのよ!」

 と言って、シュタルテはベイルを蹴りつけた。

 どこを気に入られたものか、近頃ベイルが、盛んに「結婚しよう」と言ってくる。しかし、いつもの淡々とした調子で言うので、本気なのか冗談か、シュタルテは測り兼ねていた。

「ところでベイルは――」

 と、ジーニャが口を開いた。

「着火石を売っているっていう職人さん、知ってる?」

「ああ、そうよ」とシュタルテ。「いつも町を見回ってるんなら、見かけたことあるんじゃないの?」

「先日、少し話をした」

 ベイルが答える。

「並の男ではなかったな。だが、あの人は職人では――」

 ベイルがそう言いかけた時だった。

「返して、わたしのカバン――!」

 という、中年の婦人とおぼしき叫び声が聞こえてきた。

 シュタルテ達が振り返ると、小さなカバンを抱えた男が駆けてくるのが目に入った。

(引ったくり――!)

 シュタルテはとっさに、左の腰の長剣の柄に手をかけた。それを、ベイルが左手で制する。

「剣など抜くもんじゃない」

 ベイルはそう言うと、男の進路を阻むようにしながら、無造作とも見える動きで右手に持った棒を相手の腹に当てた。そして、男が地面に沈むより早く、カバンを取り上げた。

「運が悪いこと。この人に出くわすなんて」

 ジーニャが呟いた。




ベイル

 二十六歳男性。デンズの町に住みついた風来坊。筋肉質の体躯に整った顔立ち、自信家でマイペース。ヒノキの棒を片手に町をうろついている、一見すると危険な人だが、彼のおかげで町の治安は向上しているらしい。



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