ブスだけどお嫁にしたい!
「……ああ、なるほど」
やや間を置いてから、オーレスは言った。
「そういう話でしたか。つまり、達人に剣術を習いたいと」
「はい!」
シュタルテが、嬉しそうに答える。
「しかし」
と、オーレスが不思議そうな顔で言う。
「仮にぼくがオレオンだとしても、正体を明かすはずはありませんよね。お尋ね者なんですから……そこのところは、どうするつもりなんです?」
「……」
「……?」
「……ああっ!?」
「考えてなかったのか……」
ガゼフが、呆れたように言う。
「でもでも、剣術の達人で、左利きで、得物は刀で、二刀流なんですよ!?」
「確かに、そうざらにはいないでしょうが」とオーレス。「国中探せば、他にもいるんじゃないですか?」
「それだけじゃありません! オレオンが姿を消したのが四年前の夏! フレシトの調査では、先生がこの町にふらりと現れたのも、四年前の夏だっていうじゃないですか!」
「いずれにしろ、決定的な証拠じゃないな」
ガゼフが淡々と言った。
「うううう……!」
苦悶の表情で唸りだしたシュタルテを、レギスとヘイズンが面白そうに眺める。
「とにかく、弟子にしてください!」
「……そう来ましたか」
オーレスが、呆れたような感心したような顔をする。
「まあ、達人には違いないですからな」とガゼフ。
「しかし、ぼくは弟子は取らないのです」
「ええっ!?」
オーレスの言葉に、シュタルテは落胆の表情を浮かべる。それを見て、オーレスはふっとほほえんだ。
「が、この道場に入門するということなら、ぼくに異存はありません。それでも構いませんか?」
「はい! ありがとうございます!」
シュタルテは満面に笑みを浮かべ、大きな声で答えた。
(良く表情の変わる人だ)
とヘイズンは思った。
シュタルテの入門について相談するべく、オーレスとガゼフは彼女を連れて、道場主のカイムの部屋へ行った。アーロ少年も立ち去り、広い庭にはレギスとヘイズンの二人が残った。
「ヘイズン、さっきの嬢ちゃんの話だけどさあ」
ふと、レギスが口を開いた。
「〈腕斬りオレオン〉のこと、お前、知ってた?」
「ああ」
ヘイズンが頷く。
「剣をやる者の間では、有名な話だからね」
「だよなあ」とレギス。「先生はなんで、知らなかったんだ?」
「さあ、どうしてだろうね」
レギスの不思議そうな顔をちらりと見て、ヘイズンは短く答えた。
そして二人は、魔法のかかった木剣を持って道場へと戻っていった。
入門の許しを得、月謝などについての相談を済ませたシュタルテが道場の敷地から出てくると、門の前で長身の男が立っているのに行きあった。
「あら、あなた……ベイル?」
ここまで案内してもらった人物だと気付いたシュタルテが、声をかける。
「何してんの?」
「あれからどうなったかと、気になってな」
「え、わたしのこと待っててくれたの?」
シュタルテがびっくりして訊くと、ベイルが頷いた。
「まあな……それで、オーレス先生と立ち合ってきたのか」
「え、なんで分かるの?」
「雰囲気で、なんとなく分かる。負けたか」
「ええ、とても敵わなかったわ」
シュタルテは、かすかにほほえみながら言った。
「その割には、悔しそうでもないな」
「ええ。わたし、あの方の弟子になるために来たんだもの。今、この道場に入門してきたところよ」
「すると、この町で暮らすのか」
「そうよ」
「どこに住むんだ?」
「……」
「……?」
「……ああっ!?」
「考えてもいなかったのか?」
「だって、オーレス先生に会うことばっかり考えてたから……」
シュタルテはしゅんとなって、言い訳するように言う。その困り顔を見て、ベイルはちょっと苦笑した。
「良ければ、おれが世話になっている下宿を紹介してやろうか」
途端、シュタルテが目を輝かせる。
「え、良いの!?」
「別に、おれにとっては良いも悪いもあるまい……まあ、あんたが気に入らなかったら、その時はとりあえず宿屋を紹介しよう」
ベイルはそう言うと、通りを歩きだした。
「あなたって、親切なのね!」
シュタルテはにこにこしながら、ベイルに続く。
「まあ、美人には親切にすることにしている」
「そうなんだ……って、ちょっとそれ!」
ベイルの言葉に、シュタルテが声の調子を上げた。
「何だ?」
「平然と『美人』って……やめてよ!」
「美人を美人と言って、何が悪い」
「良くもまあ、恥ずかしげもなく……こっちが恥ずかしくなるじゃない!」
「まあ、気にしないことだ。おれは気にしない」
(やっぱりこいつ、苦手だ……)
と思いながら、シュタルテは長身の男と並んで歩き続けた。
「というわけで、住む所を探しているそうなんだ」
ベイルがシュタルテのことを紹介すると、下宿の主人夫妻はにこにこと頷いた。
「ええ、うちで良ければ、歓迎するわよ」
夫人が口を開く。
「部屋も空いてるしね……とりあえず、部屋を見てみる?」
「はい、お願いします」
シュタルテが答えた。
石造りの、かなり大きな家だった。一階が食堂と下宿人の部屋、二階が主人一家の住まいになっているという。今、四人がいるのは、一階の食堂である。
「あ、ところで」
夫人が、いささか品のない笑みを浮かべた。
「やっぱり、ベイルの隣の部屋が良い?」
「そうだな――」
「なるべく離れた部屋で!」
ベイルが何か言いかけたのを、シュタルテが遮った。
「あら、そうなの?」
と言いながら、夫人は食堂から一番近い部屋の戸を開け、シュタルテを中に入れた。
ひとりで使うには、充分な広さだった。ベッドや机など、最低限の家具も揃っている。
部屋の様子に不満のないシュタルテは、すぐに主人夫妻と家賃などの相談を始めた。その様子を途中まで見届けてから、ベイルは自分の部屋へ引き上げていった。
話がまとまったところで、夫人がふと思いついたように言った。
「そうだ、わたし達の娘を紹介しておくわね。きっと仲良くなれると思うわ」
そして声を大きくして、階段の上へ呼ばわる。
「ジーニャ、下りてらっしゃい! 女の子がうちで暮らすことになったわよ!」
「はーい!」
と言って、階段をきしませながら、女がひとり下りてきた。
歳は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。腫れぼったい目に曲がった鼻、形の悪い大きな口にカサカサと乾いた唇、シミのある頬。背は低く、体型はやや太い。
すっごいブス! それが、シュタルテのジーニャに対する最初の印象だった。
しかし、下宿の娘が美人だろうがブスだろうが何の関係もないので、シュタルテはジーニャが差し出した手を握り返して、ほほえんだ。
「ジーニャです。よろしくね」
「シュタルテです。お世話になります」
「何か欲しいものがあったら、ジーニャに相談すると良いわ。部屋には、本当に必要なものしかないから」
と夫人が言った。
シュタルテはそれに頷きつつ、夫人の整った顔立ちと、主人の一度潰して引き伸ばしたような顔をそっと見比べた。
(そっか、お父さんに似ちゃったのね)
夕食の席には、シュタルテとベイル以外の二人の下宿人もやってきた。ひとりは男、ひとりは女だった。こうして夕食に全員が揃うのは、珍しいことだという。
男はエルトという名前で、この国の軍隊、ボンナー兵団の兵士ということだった。女はクラッセという名で、フレシトだという。エルトは二十五歳くらい、クラッセは三十歳くらいである。
これに主人の母親を合わせた八人が、この家で暮らす全員だった。
「今日は賑やかで良いねえ」
と、ジーニャの祖母に当たる老婆が言った。
「料理もおいしいしねえ」
「ほんと、おいしいですね」
野菜の煮物を取りながら、シュタルテが言った。世辞ではない。この町に着いてすぐに食べた昼食も悪くなかったが、それよりも断然、こちらの方がうまい。煮方も塩加減も絶妙だと、本心から思った。
「奥さんが作ったんですか?」
「いいえ」
夫人が、ちょっと苦笑しながら答える。
「ここにあるもの全部、娘が作ったのよ」
「お母さん、料理が下手だから、いつもあたしが作るのよ」
ジーニャがにこにこしながら言ったので、シュタルテはびっくりした。
わたしとそんなに歳は違わないのに、こんなおいしいもの作れるなんて!
(ブスだけどお嫁にしたい!)
シュタルテは思った。しかし、それを多少言い換えるくらいの良識は、彼女も持ち合わせていた。
「こんなおいしいもの作れるなんて、お嫁にしたいくらいだわ!」
ジーニャは、ふふ、と笑った。
「嬉しいけど、あたしには好きな人がいるの。ごめんなさいね」
「そっか、残念」
シュタルテは、本当に残念そうな顔をして言った。
「うーん、それじゃ、わたしは愛人で良いや。愛人で良いから、わたしにもご飯作ってぇ」
ジーニャはそれには答えずに、にこにこと笑っていた。
エルトとクラッセの二人は、「変なのが来たなあ」という表情で、シュタルテのことを見ていた。
ジーニャ
二十二歳女性。下宿を営んでいる一家の娘。朗らかで気立てが良く、思いやりにあふれ、料理の腕も一流。そしてびっくりするほどのブス。