辻斬りの英雄
(勝てはすまいとは思っていたが)
互いに礼をするオーレスとシュタルテを見ながら、ガゼフは思った。
(一瞬だったな。オーレス先生、早めに切り上げた……?)
「お気は済みましたか」
オーレスが、対戦相手に言った。
すると、シュタルテの顔に、見る間に喜色が広がった。
「参りました! さすが、圧倒的ですね……オレオン先生!」
「……オレオン? さっきも言っていましたが、ぼくはそんな名前じゃありませんよ」
オーレスが怪訝な顔をする。しかし、シュタルテは嬉しそうな表情を浮かべたままだった。
「隠しても無駄です。先生は、〈腕斬りオレオン〉なんですよね?」
「腕斬り……? 何ですか、それは」
「あ、おれ、聞いたことあります」
と、レギスが口を挿んだ。
「何年か前にドルストンに出没したっていう、辻斬りですよ」
「〈腕斬りオレオン〉は、単なる辻斬りじゃありません!」
レギスの言葉に、シュタルテがちょっと怒ったように声を上げた。
「……ではシュタルテさん。その〈腕斬りオレオン〉とやらについて、説明してくれませんか」
オーレスが言うと、シュタルテは大きく頷いた。
「それじゃあ、まず、ドルストンについてお話ししますね。ドルストンは大きな町で、地区によっては、かなり治安が悪いんです。ごろつき同士の喧嘩とか、強奪とか、強姦とかが、日常的に起こってたりします」
「そうなのか」とガゼフ。「首都ドルストンといえば国王陛下のお膝下、それに第一師団と第六師団の本拠地だろうに」
「兵隊なんて、当てになりません。あいつら、安全な所しか巡回しないんですから……そんな無法地帯に颯爽と現れたのが、〈腕斬りオレオン〉なんです。オレオンは、ならず者が弱い人達を困らせているところへ現れては、悪事をやめるよう説得するんです。そして、それに応じずに襲いかかってくる奴がいれば、そいつの利き腕を斬り落としておとなしくさせるんです」
「なるほど、それで〈腕斬りオレオン〉ですか」とオーレス。「しかしその人は、ドルストンにいるのではないのですか?」
「それが、オレオンはある時、大勢の悪党を相手に戦って、手加減しきれなくなって不良をひとり死なせてしまったんです。それで役所から出頭命令が出て、それきり、姿を消してしまったんです」
「ちょっと待ってください」
と、オーレスがシュタルテの言葉を遮った。
「オレオンはそれまでに、たくさんの人の腕を斬り落としていたんですよね?」
「四十人とも五十人ともいわれています」とシュタルテ。
「それなのに、なぜ役所も兵団も動かなかったのですか」
「誰も敵わないからですよ」
シュタルテが、なぜか胸を張って答えた。
「一般には」と、黙って話を聴いていたヘイズンが口を開いた。「犯罪を減らすオレオンの存在は行政にとっても都合が良かったため、見逃していたのだ、と言われていますね。それが、とうとう死人が出たので、捨て置けなくなったのだと」
「なるほど。どうもそんな感じらしいですね、話を聞いていると」
オーレスは頷いたが、シュタルテは不満そうな顔をした。
「しかし」とオーレス。「四、五十人の腕を斬り落として、ひとりも死なないなどということが、あり得るのでしょうか」
「殺さない、というのがオレオンのモットーなんです」
シュタルテが、再び誇らしげな表情を浮かべる。
「斬り方が見事な上に、すぐに魔法で血を止めてやるので、誰も死ななかったそうです」
「〈治癒術〉ですか。斬ったり塞いだり、忙しい人ですね」とオーレス。「ところで、あなたは随分、その人の肩を持ちますね」
「だって、かっこいいじゃないですか! 〈腕斬りオレオン〉は、わたしの英雄です!」
「当時のドルストンでも、弱者の味方と評判だったそうです」
再びヘイズンが口を挿む。
「なるほど、辻斬りの英雄ですか……それで、どうしてぼくが、その〈腕斬りオレオン〉なんですか?」
オーレスが訊くと、シュタルテは「うっふっふ」と意味ありげに笑った。
「オレオンの得物は刀なんです。先生も、刀を使われますよね」
「ええ、まあ」
「オレオンは、敵の数が多い時などに二刀流を使いました。先生も、見事な二刀流の使い手」
「それはどうも」
「そしてオレオンは、左利きです。先生も左利きですね」
「そうですね」
「何よりこの圧倒的な強さ! まさに英雄!」
「……」
嬉々としてしゃべるシュタルテに途惑うように、オーレスは口をつぐんだ。
「最初はおとなしい子かと思ってたけど」と、レギスがヘイズンに耳打ちする。「何かが剥げ落ちてきたな」
ヘイズンは黙って微笑していた。
「なるほど、ぼくがオレオンの特徴に合致するというのは、分かりました」
気を取り直したように、オーレスが言った。
「ところで、どういうわけでぼくにたどり着いたんですか?」
「フレシトに依頼したんです。左利きで、二刀流を使う、刀の達人を探してほしいって」
「なるほど、フレシトにね」
オーレスが頷く。
フレシトとは、〈便利屋〉とも呼ばれている、法に触れない限りどんな仕事も引き受け、依頼に応じた成功報酬を受け取るという職業である。フレシトに人探しを頼むというのは、割に良く聞く話であった。
「それで、結局」
と、オーレスが改めてシュタルテの顔を見た。
「ぼくがそのオレオンだとしたら、あなたはどうするつもりなんですか?」
オーレスの質問に、シュタルテは待ってましたとばかりに言い放った。
「わたしを弟子にしてください!!」
ガゼフ
三十六歳男性。サルト流剣術道場の皇帝、もとい高弟。道場主カイムと三人の師範に次ぐくらいの実力の持ち主。癖のある人間ばかりの道場で、あれこれ気を配っている。