激突
ゲルーニャの魔法で勢いを削がれた魔物の群れに、兵士達が突撃した。
そのいくらか後方で、タウロンはゲルーニャの後に続くように走りだした。
(〈爆破術〉の遠隔発動とは、とんでもない技を使う。〈爆風の術師〉か……!)
しかし、敵味方が接近している状況では、あのような派手な術は使えない。ここからの魔術師の役割は、近接戦闘の援護である。
「赤将は右翼、神官殿は左翼へ!」
後ろから、リガルノ中隊長の副官の声がした。
タウロンは、右翼へ向かうゲルーニャをちょっと見てから、シュタルテ、ヘイズンと共に、左側に展開しつつある兵士達の方へ駆けた。
(まずは矢弾の撃ち合いで、何人かやられると思っていたが……)
部下達が敵と激突するのを睨みながら、リガルノは思った。こちらが勢いで勝っているようである。
(大魔導師の名、伊達ではないということか)
それから、リガルノはさっと周囲を確認した。魔物の群れの向こうに見える町まで、一本道である。地形は開けて平坦、右手に森、左手に丘が見えるが、大分遠い。道の両脇には畑が広がっており、ところどころカブや何かが植わっている。麦の刈跡も見える。
雪は、この冬はまだ降っていない。
(畑は、多少足を取られるが、大したことはないな)
「作戦通りだ」
「作戦通りだ、作戦通り動け!」
リガルノの指示を、隣で馬を進める副官が大声で繰り返した。声が良く通る、彼の役目だった。
タウロンの左に並んで走るシュタルテは、魔物の群れを見つめながら、そこにいる四種類の魔物それぞれの特徴を、素早く思い返した。おそらくこの四種類が出てくるだろうと、リガルノ達から聞かされている。
形も大きさも人間と近い、緑色の皮膚の魔物が、ギマラン。魔法は使わないが、人間より力が強い。十五頭ほどいて、主に槍か棍棒を使っている。
ギマランより一回り大きく、白い体で、頭に羊のような角があるのが、オーバ。ギマランよりさらに膂力があり、魔法も使う。これが七頭ほど、槍か大剣を持っている。
シュタルテの二倍ほども上背があり、全身灰色で岩のようにごつごつしているのが、ホルム。恐るべき怪力で、また恐ろしく硬い。魔法は普通、使わない。これが四頭、大きくて目立つ。巨大な棍棒を武器にしている。
そして、背中に生えた二枚の翼で飛び回っている、黒い魔物が、ダーズル。手足が細く、力は弱いが、魔法が得意。これが五頭、片手で槍を持っている。
「シュタルテ」
と、ヘイズンが声をかけてきた。
「興奮して前に出るなよ。ぼくらの役目は、あくまでタウロン様の護衛」
「分かってる」
シュタルテは答えながら、右手の剣を握り直し、左腕の丸盾の具合を確かめた。ヘイズンは盾を持っていない。片手が塞がるので、魔法剣術との相性が悪いらしい。
前線で敵味方が激突し、前進が止まった。槍の応酬が始まるが、ゲルーニャの魔法が敵の勢いを殺している分、味方が押しているように見える。
「では、始めるか」
タウロンが言った。しかし、前方にはびっしりと兵士達が並んでおり、下手に攻撃魔法を放てば味方に当たりそうである。
「始めるか、とは言うものの――」
「若造!」
右翼の兵士達の後ろにいるゲルーニャが、怒鳴ってきた。「まずは上だ! 十字砲火だ!」
「何――? そうか!」
空飛ぶ魔物、ダーズル達が、兵士達を上から狙っている。タウロンは左腕を伸ばし、一番突出してきている奴に魔力弾を撃った。
狙われたことに気付いたのか、そのダーズルは、タウロンの方へ腕を伸ばし、呪文を唱えて空中に〈魔力障壁〉を張った。タウロンの放った弾が、障壁に弾かれて消える。
しかしそのダーズルを、横手から十発ほどの魔力の弾丸が襲った。ダーズルが地面に落ちる。ゲルーニャが使った、〈散弾〉の呪文だった。
「なるほど、二方向からの攻撃は防げない――」戦いのさなかだというのに、タウロンが感心したように言う。「よし、もう一頭!」
タウロンとゲルーニャの同時攻撃で、ダーズルがさらに一頭撃ち落とされた。
残りの三頭は後退した。
左翼前線で鋼鉄の棒を振るっていたベイルは、空飛ぶ魔物の二頭が落ち、三頭が下がったのを、ほとんど気配だけで認めた。
(上からのプレッシャーがないのは、助かるな)
そこへ、一頭の巨大な魔物、岩のようなホルムが出てきて、棍棒を振るい、そばにいた兵士を吹っ飛ばした。確かめるまでもなく、即死である。鎧では防ぎようがない。
「あれはおれがやる、周りのを頼む」
ベイルは周囲の兵士に短く言うと、呪文を唱えつつ、ホルムに突進した。ホルムは、すっと棍棒を引いた。
突き!
ベイルは左にステップを踏み、攻撃をかわした。顔を風圧が襲う。
ベイルはホルムに肉薄すると、魔力の光をまとった棒の先端を、敵の腹に突き込んだ。岩のごときホルムの体が、貫かれた。
武器に破壊の力をまとわせる術、〈魔力刃〉である。ホルムの巨体が後ろ向きに倒れ、地響きを立てた。
ベイルは、味方と槍を突き合わせている一頭のギマランの首を後ろから刎ねつつ、兵士達のところまで下がった。そして、次のホルムを探した。
(ホルムは槍では倒せんからな、おれがやるしかあるまい)
ゲルーニャとタウロンは、左右に広がった兵士達の間隙から、魔力弾で敵を狙撃していた。
しかし、前衛の兵士達は三十人ほどしかおらず、厚みがない。このまま敵が勢いを盛り返せば、突破されかねない。基本的に、魔物一頭は人間ひとりよりも強いのである。
その時、リガルノの副官からゲルーニャに声がかかった。
「赤将! 頃合いです」
(大魔導師様だっていうのに! ――しかし、良いタイミングだね)
ゲルーニャは腰に下げた袋から小石を取り出すと、短く呪文を唱えた。それを見て、傍らのエルトも、手拭いの両端から紐を伸ばしたようなものを取り出す。石を投擲する道具である。
「なるだけ後ろの敵を狙いな」
と言って、ゲルーニャは小石をエルトに渡した。
「了解です、大魔導師様」
「あんた達は『おばあちゃん』で良いんだよ」
「上官の手前、そういうわけにもね――」
言いながら、エルトは石を包んだ投石紐を振り回しだした。紐の一端を放す。石は鋭く飛んで、前衛の兵士達を飛び越え、魔物の群れの後方に落ちた。
魔法をかけられていた小石が炸裂し、爆風と破片と轟音が魔族を襲った。
それが合図だったかのように、戦線中央の兵士達が、徐々に後退を始めた。ゲルーニャの攻撃にひるみはしたものの、特にダメージのなかった敵の前衛が、それを追う。その動きは、後方からの爆風に追い立てられているようにも見えた。
その魔物達の行く手には、サルト流剣術道場の一団がいた。
魔族・魔物・大魔族
「魔族」とは種族としての呼び方で、個々の魔族が「魔物」である。魔物の中で、生まれつき強力な個体を「大魔族」という。個体なのだから「大魔物」とでも呼んだほうが的確なのだが、「おおまもの」ではなんだか脱力してしまうので、日本語では「大魔族」と表現する。もし、もっとうまい言葉が見つかったら、作者は大満足である。




