格上
ガゼフがシュタルテと向き合い、オーレスが審判に入った。レギスとヘイズンは、離れた所で見ている。
木剣を下げた状態で、シュタルテは目の前の男を観察した。四人の男達の中で最年長であり、おそらく、経験も豊富なのだろう。
しかし全体的な雰囲気として、覇気がない、と思った。先ほど立ち合ったヘイズンも、雰囲気にしろ戦い方にしろ穏やかな印象だったが、さらに静かな感じを受ける。といって、自信がないというふうでもない。
以前、良く似た雰囲気の達人と勝負したことがあるのを、シュタルテはふと思い出した。
(強いか弱いか、戦えば分かるわ)
そう思いながら、シュタルテは剣先を相手に向けた。
「始め」
オーレスが合図をする。
シュタルテから動いた。ガゼフの右肩の辺りに、剣を打ち下ろす。ガゼフはそれを剣で払い、反撃する。シュタルテは退いてかわす。
シュタルテが再び踏み込み、右から左から連続して打ち込む。ガゼフはそれを軽く弾いて、逆に連撃を放った。シュタルテは素早く剣を操り、あるものは受け、あるものは体捌きでかわした。
一進一退の攻防を繰り広げてから、シュタルテは少し距離を取った。そして踏み込みながらの胴打ちをしかけようと決め、木剣の柄を握り直した。
その時、シュタルテは、ガゼフが強烈な殺気を放つのを感じた。このまま打ち込んでも入らない。そう思った。
気付くと、胸の前にガゼフの剣先があった。突きが決まっていたのである。
「そこまで」
オーレスが鋭く言った。
互いに二歩下がって礼をしてから、ガゼフが言った。
「なかなかやるな」
そしてガゼフは、オーレスの顔を見やった。
「先生、どうされますか?」
その言葉を聞いて、シュタルテは気付いた。
(わたしの力を試すために、わざと長引かせていたんだ……)
悔しい、とは思わなかった。むしろ、格上の相手と勝負できたことが嬉しかった。
(ただ、ここで追い返されても困るんだけど……)
そう思いながら、シュタルテもオーレスの顔を見た。
オーレスは、少しだけ何か考えてから、答えた。
「良いでしょう。お相手しましょう」
「ありがとうございます!」
シュタルテは、思わずといった様子で声を上げた。それからまた、声の調子を落とす。
「それで、できればもうひとつ、お願いしたいんですが」
「何です?」
オーレスが訊く。
「先生は二刀流をお使いになると、伺っています。わたしも二刀流をやるので、それでお相手を願えれば、勉強になるんですが」
「なるほど、構いませんよ。で、あなたも二本使いますか、ぼくとの勝負で」
「はい」
「何と何を?」
「長剣と短剣を」
「分かりました――レギス君、小剣と短剣を一本ずつ、持ってきてください」
「はい」
答えて、レギスは二棟ある内の大きい方の建物――道場へと駆けていった。
「まあ、少し休んでください」とオーレス。「ところで、三人と戦ってみた感想を訊いて良いですか」
「はい。ええと、レギスさんは、あの……」
「構いません、好きにおっしゃってください」
「はい……レギスさんは、がむしゃらに突っ込んでくるだけで、隙だらけだったので、割と簡単に勝てました。けど、打ち込みは鋭かったと思います。ただ、連撃がばらばらな感じで、簡単にかわせましたけど」
「なるほど、ばらばらな感じね」とオーレス。
「簡単という言葉が、二度出てきたな……」とガゼフ。
「ヘイズンさんは、守りがうまくて、攻めにくかったです。ただ、攻め方が積極的じゃなくて、少し遅れる感じだったので、思い切って攻めることができて、なんとか勝てました」
シュタルテが話しているところへ、レギスが戻ってきた。
「あれ、ヘイズンの話ですか? 遅いって? だからおれはいつも、もっとガンガン前に出ろって、言ってるんですけどね」
「……」
オーレスが、何ともいえない表情でレギスを見る。
「お前、ちょっと黙ってた方が良いぞ」
ガゼフが言った。
ヘイズンは、感謝を示すように、黙ってシュタルテに頭を下げた。
「ガゼフさんは」とシュタルテ。「すごく落ち着いてわたしの攻撃を捌いて、いくら打ち込んでも入らない感じでした。それに、最後の突きは一瞬で、何が起きたか分からないくらいでした」
「ガゼフさんの殺気にひるんだ、というのもあるんじゃありませんか?」
ずっと黙っていたヘイズンが、ふと口を開いた。
「はい。ちょっとびっくりしました」
「なるほど、良く分かりました。どうもありがとう」とオーレス。「ところでレギス君、持ってきてくれましたか」
「はい、ここに」
答えて、レギスはオーレスに小剣の大きさの木剣を、シュタルテにはそれよりさらに短い木剣を差し出した。
「間違えて、普通の木剣を持ってくるかと思ったが」とガゼフ。「ちゃんと、魔法のかけられてるのを持ってきたな」
「ははは、おれもそこまでじゃありませんよ」
「ええ、君はそこまでじゃありませんとも」
と言って、オーレスは小剣を受け取った。
「なんか、引っかかる言い方だな……」
何か呟きつつ、レギスはシュタルテとオーレスから離れた。
「では、よろしいですか」
ガゼフがオーレスとシュタルテに言う。シュタルテは右手の長剣を、オーレスは左手の長剣を、それぞれ相手に向けた。
「始め!」
ガゼフの合図と同時に、シュタルテは相手に突進した。右手の長剣を、オーレスの左腕の辺りに打ち下ろす。
オーレスはそれを、右手の小剣で右に払った。そしてそのまま体を捻り、シュタルテが向き直る前に、左手の長剣をシュタルテの右脇腹にピタリと当てた。
「そこまで!」
オーレス
二十八歳男性。中肉中背、特徴のない優しげな顔立ち。サルト流の者ではないが、剣の腕を買われて雇われ師範をしている。趣味は雲を眺めること。