出撃準備
門弟達が一人また一人と道場へ入ってくるのを、朝から道場に来ていたシュタルテは、ヘイズン、レギス、メローベ達と共に眺めていた。ネスロの町が魔族の襲撃を受けているというので、招集がかけられたのである。
そこへ、道場主カイムと三人の師範達、高弟ガゼフ、それに兵士らしい二人の男が連れ立って入ってきた。
(六十人、といったところか)
門弟達を見回しながら、カイムは思った。現在在籍している門弟が百二十七人、その内、救援に参加しようという者を募った。小さな子どもは先に帰した。
よくぞこれだけ集まった、と思う。デンズからは南へ少し離れた、隣町のことである。
「ネスロが今朝方から魔族の攻撃を受けているという知らせが届いた。我々はこれより二隊に分かれ、ネスロの救援、及びデンズでの警戒を行う」
カイムが、声を張り上げた。
「初めに言っておくが、諸君にはこれに参加する義務はない。この道場の名誉なども考えないでよろしい。ただ、ネスロとこのデンズのために加わりたいという者だけ、剣を取ってほしい」
カイムが言葉を止めると、道場の中は静まり返った。道場から出ていく者はいなかった。
「では、話を続ける――わたしはこの道場に残り、残留部隊の指揮を執る。救援部隊の指揮はバスコフに任せる。バスコフが指揮を執れない時、または隊を分けた時は、オーレス先生、ガゼフ、ソーラの順に指揮権が移る。四人ともいない場合は兵士の指示に従え。ただし、諸君は兵隊ではないから、承服しかねる指示には必ずしも従う必要はない。その場合は、その旨をはっきりと伝え、混乱が生じないようにしろ」
そこでカイムは、二人の兵士を振り返った。
「と、いうことでよろしいですかな」
「ご協力、感謝いたします」
兵士の一方が、頷きつつ言った。
「では、今から、救援部隊に参加してもらう者の名を呼ぶ」
カイムは再び門弟達に向かって声を張り上げ、次々に名前を呼んでいった。ヘイズンの名が呼ばれた。シュタルテと、レギスも呼ばれた。ネスロへ救援に向かう者、四十五人。
その時、道場に少女の高い声が響いた。
「カイム先生!」
シュタルテの妹分、十五歳のメローベだった。
「レギスやシュタルテが行くのなら、あたしも行かせてください!」
「君は少し落ち着きが足りん」
カイムが静かに答える。
「実戦はまだ早い。他の若い者と共に、連絡役を担当してもらう」
「メローベ、それも大切な役割よ」
ソーラもなだめるように言うが、メローベは不服そうな表情のままだった。
「メローベよお」
ふと、レギスが少女に声をかけた。
「おれとシュタルテがいれば、怖いもんなしだぜ。任しとけって」
言いながら、レギスはメローベの長い髪をなでつけた。
メローベはレギスの目をじっと見ていたが、やがてその表情から険が消え、誰にともなく「ごめんなさい」と言った。そしてそれきり、おとなしくなってしまった。
なんだか不思議なものを見たと、シュタルテは思った。
武具を用意できない者には支給するので庭へ出ろ、というので、シュタルテは他の者達と共に道場の建物から外へ出た。塀で囲まれた広い庭の中には、剣やら槍やら鎧やらが、次々に運び込まれていた。
「何これ……どっから出てきたの……?」
シュタルテは唖然として、レギスと顔を見合わせた。
「この道場で準備していたものもありますが――」
ちょうどそばにいたオーレスが、説明する。
「あとは、町の武具屋さん達が用意してくれたものです」
「え、タダでですか?」とレギス。
「まさか。後で、役所と兵団が代金を出してくれることになっています。このような場合に備えて、そういう取り決めをしてあったんです」
「オーレス先生」
と、道場の手伝いをしているアーロ少年がやってきて、オーレスに声をかけた。
「取り決めをしてあった分の武器防具は、全て届きました。ゼラント武器店さんとゴール防具店さんが、必要ならもっと用意できるとおっしゃっています」
「そうですか」とオーレス。「カイム先生には?」
「もうお伝えしました」
「分かりました。また走ってもらうかもしれませんが、まあ、ちょっと休んでください」
「はい」
と答えたものの、アーロはその場に立ったまま、何か確かめるように並んだ武具を見回した。
「え、ちょっと……」シュタルテが、途惑ったように言う。「アーロ君、何してんの?」
「この取り決めは、アーロ君の担当なんです」
再び、オーレスが説明する。
「実は、五年前もこんなことがありましてね」
「ネスロの近隣の村が、やっぱり魔族に襲われたんだ」補足するように、ヘイズンが口を挿んだ。「ところがぼくらは、武具の調達に手間取って、何もできなかったのさ」
「その反省から、このような仕組みを考え、カイム先生、バスコフ先生、ソーラ先生が交渉に当たり、後からぼくも加わったのですが……四人とも、そういう実務がさっぱり駄目でしてね。交渉が滞ってしまっていたのですが、ある時アーロ君にやらせてみたら、驚くほどの交渉力を発揮してくれたのです。もちろん、本当に重要な取り決めはぼくやバスコフ先生が出向きますし、指示を出すのはカイム先生ですが、あとはほとんど、アーロ君がやってくれたというわけです」
(なんでアーロにやらせようと思ったんだ……?)
レギスは頭痛を覚えた。初めて聞く話であった。
「アーロ君、すごい!」
一方のシュタルテは、素直に感心していた。
「ご褒美あげちゃう!」
と言って、シュタルテはちょっと屈み込み、少年の頬に唇を押し当てた。
アーロ少年は、赤くなった顔を隠すように向こうを向き、「どうも」と呟いた。
「さて、話しすぎたようです。シュタルテ君とレギス君の装備を見繕わなければ」
オーレスが言った。オーレスとヘイズンは、すでに、比較的軽そうな鎧をまとっている。
「今回は遠征で、ぼくらの分の馬はありません。あまり重装備だと、移動だけで疲れてしまいますからね――」
そしてシュタルテは、オーレスの助言を受けながら、胴と上腕、腰の周りを覆うチェインメイル、胸当、籠手、脛当、簡単な作りの兜、それに小型の丸盾を選んだ。カイム、バスコフ、ソーラや年かさの門弟達も、若い連中が装備を整えるのを手伝っていた。
準備が整ったところで、救援隊に参加する一行は、道場を出発した。
「先生、槍を使われるんですか」
長槍を持って通りを歩くオーレスに、シュタルテが訊いた。バスコフも槍を、ソーラは弓を、ガゼフは槍と斧と鉤を合わせた長柄武器、ハルバードを持っている。
「町にたどり着く前に、野戦になる可能性がありますからね」オーレスが答える。「できれば君達にも、槍か弓を持たせたかったところですが……」
言いながら、オーレスは通りを行軍する一行を見回した。弓なり長柄武器なりを持っている者は二十人ほどで、他は剣だけである。
シュタルテもヘイズンもレギスも、槍は多少の型を習っただけで、とても実戦で通用するレベルではなかった。弓も、使えないことはないが、やはり実戦で役立つほどではない。もっともヘイズンは、魔法でかなり補えるのだが。
「まあ、槍を習いたがる者が少ないのは、世の中が平和な証拠といったところでしょうかね。シュタルテ君、魔物と戦うのは初めてですか」
「実戦自体、初めてです」
「では、打撃武器に気を付けなさい。軽装ですし、魔物は人間より力が強いですからね」
という調子で、オーレスは周囲の若者達に助言を与えていった。
「そういえばヘイズン君は、実戦は?」
「魔族と戦うのは、初めてです」
「魔族とは、ね」
オーレスは、かすかに笑みを浮かべた。情報屋という仕事――人間相手なら、これまで色々あったのだろう。それは、雰囲気からも分かっていた。
「君の経験と冷静さ、頼りにしていますよ」
エルト「ぼくはどうも、ケ○ィ・レズナーさんに苦手意識があるんだよね」
クラッセ「『軍人ならぼくなんて言うな』?」
エルト「ああ、それだ」




