表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腕斬りオレオン  作者: 山風勇太
第一章 英雄を探して
2/60

雇われ師範


 ボンナー王国の中部と東部の境あたりに、デンズの町はあった。その町にひとつだけある武芸道場が、サルト流剣術道場である。

 五十人ほどの門弟が木剣を振るっているその道場へ、今、ひとりの少年が入ってきた。

「オーレス先生、お客様です」

 オーレスと呼ばれた、二十代後半といった様子の男は、周囲の者に稽古を続けるよう言ってから、少年のそばへやってきた。

「ぼくにお客? どんな人です」

「十五歳くらいの女の人です」

「女の子?」

 オーレスが怪訝な顔になる。

「用向きは?」

「それが、立ち合いを願いたいと」

「……」

 オーレスは考え込むような顔をしながら、道場を見回した。

 今日は道場主のカイムは来ていないが、自分と他の二人の師範、バスコフとソーラが揃っている。少しくらいなら、抜けても構わないだろう。

 オーレスは、腕を組んで門弟達を見回している中年の男のそばへ行った。

「バスコフ先生、ちょっと抜けてもよろしいでしょうか。なんでも、ぼくと立ち合いたいという人が来ているというんです」

「抜けるのは構いません。しかし、立ち合い……」

 バスコフは少し考えてから、門弟達の方へ声をかけた。

「ガゼフ、ヘイズン、レギス。お前達も付いていけ。妙な者だったら、追い払え」

「分かりました」

 四十手前と見える男が答え、まだ若い二人の男と共に、オーレスのそばへやってきた。

 オーレスは道場の入り口の方へ戻り、先ほどの少年に声をかけた。

「アーロ君、お客さんを、庭へお通ししてください」

「はい」

 少年は返事をすると、駆けていった。



 十二歳くらいの少年に案内されて、シュタルテが塀と建物に囲まれた広い庭へやってくると、四人の男が立っていた。右から、二十代後半くらいの男、四十手前くらいの男、それにシュタルテと同じくらいの若い男が二人。

 右端の男が、オーレスだろうと思った。聞いていた年恰好と合うから、というだけではない。

 穏やかそうな顔をして、一番威圧感を感じる。

 そこでシュタルテは、右端の男に話しかけた。

「あなたが、オレオン先生?」

「は?」

 男は、不思議そうな顔をする。

「失礼、オーレス先生ですか?」

「……ええ、ぼくがオーレスです。それで、ご用向きは?」

「立ち合いをお願いしたいのです」

 シュタルテはそれだけをはっきりと言って、オーレスの返事を待った。

 オーレスは少し間を置いてから、答えた。

「ぼくは雇われ師範でして、ここの流派の者ではありません。サルト流に挑戦したいということなら――」

「いえ」

 と、シュタルテが遮る。

「オーレス先生のお噂を聞いて、伺いました。先生にお相手を願いたいのです」

「そうですか。分かりました」

「いや」

 オーレスが頷いたところで、今度は年長の男が口を挿んだ。

「雇われでも、師範は師範です。そうそう、よそ者の相手をさせるわけにはいきません」

 四十手前と見えるその男は、オーレスにそう言ってから、シュタルテの方へ顔を向けた。

「というわけだ。オーレス先生に挑戦したければ、まず我々門弟と立ち合って、力量を見せてもらう」

「分かりました、よろしくお願いします」

 シュタルテが答える。

「そういえば、まだ名前も訊いていなかったな。おれはガゼフ。そっちは、ヘイズンとレギスだ。まず、おれ達三人が、君の相手をする」

 年長の男が言い、若い二人が軽く礼をする。

「わたしはシュタルテ、ドルストンから来ました」

「そうか。レギス、まずはお前だ。ヘイズン、こちらに、剣をお貸ししろ」

 ガゼフが次々と指示を飛ばす。段取りを彼に任せたオーレスは、少し離れた所で、黙って立っていた。

 シュタルテは案内をしてくれた少年に長剣と短剣を預け、若い男の一方――ヘイズンから木剣を受け取った。

「稽古用の剣だが、使ったことはあるな?」

「はい」

 ガゼフの言葉に、シュタルテが頷く。この木剣には魔法がかけてあり、人を打った際に衝撃が緩和されるのである。もちろん、レギスも同じものを持っている。

 広い庭の真ん中で、シュタルテとレギスが向き合う。他の者達はかなり距離を取って、その二人をじっと見ていた。

 ふと、レギスがオーレスの方へ振り向き、ニヤリと笑ってみせた。

「先生の出番は回ってきませんよ」



 ガゼフの合図と共に、レギスは木剣を振り上げ、シュタルテに突っ込んだ。振り下ろし、続けて左から払う。さらに踏み込んで突き。

 しかしシュタルテはレギスの攻撃を、剣で受けるでもなく、少しずつ後退しながら全てかわしていく。

 しばらくそうしてから、シュタルテはふいに踏み込むと、すれ違うようにしながらレギスの頭に剣をピタリと付けた。ぎりぎりのところで、当ててはいない。

「そこまで!」

 ガゼフが鋭く言った。

 シュタルテとレギスは、それぞれ二歩後ろへ下がり、礼をする。

 礼をしたものの、一瞬の出来事にまだ呆然としているレギスに、オーレスが声をかけた。

「レギス君、相手の攻撃をまるで無視した攻めでしたね……色々言いたいことはありますが、まあ、後にしましょう」

 すると、レギスはハッと顔色を変え、オーレスに言った。

「先生! 油断しました、もう一度やらせてください!」

 そう言われて、オーレスはふと、シュタルテの顔を見やった。彼女は表情も変えず、成り行きを見守っていた。

「……油断した時点で、君の負けです」

 オーレスがそう言うと、レギスはうなだれて、後ろへ退いた。



(何言っちゃってんの!? もう一度やったって、無意味だっつーの! 実力がまるで違うの、分かってないのかしら!?)

 レギスの言葉を聞いて、シュタルテはそんなことを考えていた。しかし、心証を悪くするのは得策ではないため、どうにかそれを表情に出すことは堪えた。それは、シュタルテにはいささか難しい行為であった。

(ほら、次いきましょ、次!)

 シュタルテの心の声に応じたわけでもあるまいが、若い男の内のもう一方、ヘイズンが進み出てきた。

 そこへ、ガゼフがふと声をかけた。

「シュタルテさん、休みを挿まなくて大丈夫か」

(大丈夫よ! 瞬殺だったでしょうが!)

「構いません……ヘイズンさん、よろしくお願いします」

 心の声を抑えつつ、少し微笑さえしながら、シュタルテはおしとやかに言った。

「そうか。まあ、瞬殺だったしな」

 ガゼフの言葉に、レギスがますますうなだれる。

 シュタルテとヘイズンは向かい合い、互いに礼をした。

「では……始め!」

 ガゼフが合図をしたが、ヘイズンはレギスのようにはかかってこなかった。剣先をシュタルテに向けたまま、じっとしている。

 そこでシュタルテは、相手の腹を狙って突きを放った。しかしヘイズンはそれを剣で弾き、逆に胴打ちをしかけてくる。

 シュタルテはそれを打ち払い、素早く下がった。

(さっきのよりやる……)

 シュタルテは考えながら踏み込み、今度は頭へと剣を打ち下ろした。ヘイズンはすり上げるように剣を持ち上げ、シュタルテの剣を弾く。

(けど遅い!)

 シュタルテは素早く剣先を下げ、すれ違いざまにヘイズンの右の胴を払った。間髪入れずに振り向き、相手に剣を向ける。

「そこまで!」

 ガゼフが言い、シュタルテとヘイズンは二歩ずつ下がって、礼をした。

「参りました」

 ヘイズンが、シュタルテに言った。そしてヘイズンは、オーレスを振り返った。

「ぼくでは、とても敵いません」

「そうですか」

 オーレスは短く答えた。

(ほら、次よ次!)

 シュタルテは思いながら、ガゼフの方へ目をやった。




シュタルテ

 十九歳女性。ボンナー王国の首都ドルストンにある道場で、剣術を習得した。時に長剣と短剣の二刀流を使う。痩せの大食いで、いくら食べても腹が膨らまないが、胸も膨らまない。そして童顔。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ