旅の神官への依頼
その日の夕方、シュタルテとベイルは、魔法具を売って旅費を稼いでいる風変わりな神官、タウロンを訪ねた。
「なるほど、剣に魔力攪乱の術をね」
いつもの場所で着火石を売っていた、風の神セイルの神官が、頷く。
「それなら、やったことがある。任せなさい」
「本当? やった!」
シュタルテが嬉しそうに言った。久しぶりに笑顔を見た、とベイルは思った。
「それで、どちらの剣に術をかける?」
タウロンはそう言いながら、シュタルテの腰の二本の剣を見比べた。左の腰に長剣、右が短剣。
「あ、考えてなかった」
とシュタルテが言うと、ベイルが口を開いた。
「すぐに抜けて取り回しの利く短剣が良いだろう」
「そっか……あ、両方にかけてもらうっていうのは?」
「あまりお勧めしないな」
と、今度はタウロンが言う。
「魔力攪乱などを仕込めば、他の術がかかりにくくなる。魔術師と共闘する時、不便があるかもしれない」
戦闘の際、剣などの武器に一時的に魔法をかけることがある。一般的には、刀身に魔力の刃をまとわせて破壊力を高める、あるいはリーチを伸ばすなどといった術があり、また変わったところでは、幻術で武器を見えなくするというような技を使う者もいるという。
通常、剣には強度を高める、錆を防ぐといった術がかけられているものだが、そういった単純な術は、戦闘時に追加でかけられる魔法をほとんど阻害しない。しかし魔力攪乱のような複雑な術を固定的にかけておけば、追加でさらに魔法をかけようとしても受け付けなくなってしまう。したがって、そんな術を全ての武器に仕込んでおくことは、戦術の自由度を制限することになる。
というようなことは、ベイルのような実戦経験豊富な者には常識なのだが……。
「その通りだが――」
ベイルが、ちょっと不審そうな顔をする。
「妙に戦いに慣れているような物言いだな、神官殿」
「まあ、旅の神官というのも、なかなか楽じゃないということだよ」
タウロンは微笑しながら、こともなげに言った。
「なるほど」
ベイルが、一応納得したという様子で頷く。
「じゃ、この短剣に、お願いします」
と言って、シュタルテは短剣を鞘ごとタウロンに渡した。
「分かった、ではそうだな、三日後の夕方、またここへ来てくれ」
剣を受け取りながら、タウロンが言った。
「それで神官殿、代金のことだが」
ベイルがまた口を挿むと、シュタルテが顔色を変えた。
「あ、それも考えてなかった」
「おいおい」
ベイルが呆れたように言う。
「まあ、これも何かの縁だ」とタウロン。「お金はもらわなくても――」
「そういうわけにはいくまい」
と、ベイルがタウロンの言葉を遮った。
「そうだな……どうだろう、二千コームでは」
「え、そんなに!?」
ベイルの言葉に、シュタルテが驚く。
「馬鹿、これでも神官殿に甘えて、大分安く言っているんだ」
「あ、好きな女に馬鹿って言う男って、最低だと思う」
ベイルとシュタルテが、いつものように揉め始める。
そのやりとりを聴いていたタウロンが、笑い声を上げた。
「あなた達は面白いな……良いだろう、二千コームで引き受けよう」
「ありがたい。では、前金として五百コーム払っておこう」
と言って、ベイルが財布を取り出したので、タウロンはちょっと怪訝な顔をした。
もっとも、さらにびっくりしたのがシュタルテである。
「何やってんのよ、わたしが出すわよ!」
「いや、おれが出す」
「なんで?」
「神官殿は金を取る気がなかった。あんたも出す気がなかった。金のことを言い出したのは、おれだからな」
「何、その理屈!」
「それに、二人で出かけたからには、金は全部出すのが男の甲斐性だ」
「これ、デートだったの!?」
二人がああだこうだと言い合っているところへ、中年の婦人がひとり、通りかかった。足を止めて、布の上に並べられた着火石をちらっと見る。
しかし、いつまでも言い争っている男女に目をやると、そのまま行ってしまった。
「……あなた達の仲が良いのは分かったから、よそでやってくれないか?」
名残惜しそうに婦人を見送りながら、タウロンが言った。
「仲良くないっつーの!」
声を上げたシュタルテの隙を突くように、ベイルがタウロンの前へさっと金貨を置いた。そして、「あっ!?」と言ったシュタルテを引きずっていく。
二人は並んで歩きながら、なおも噛み合わない応酬を続けているようだった。タウロンには、ベイルが何やら言い争いを楽しんでいるようにも見えた。
それはともかく、と旅の神官は通りを見回した。
「さっきのお客、戻ってこないかな……」
バスコフ
四十四歳男性。サルト流剣術道場の師範のひとり。カイムやソーラを上回る実力を誇るが、オーレスとどちらが強いかは門弟達には明かされていない。いかつい顔をして厳しい指導を行うが、とても弟子思いな人。釣りに目がない。




