美少女剣士シュタルテ
読みやすい文章を心がけつつ、完結できるよう頑張ります。
昼食には遅い時間だった。食堂の中には、シュタルテの他に、男が二人いるだけだった。
「ごちそうさま」
シュタルテはそう言いながら、食事の代金をカウンターに置いた。
「おいしかったわ」
「どうも」
鍋を洗っていた男がやってきて、銅貨を収める。
と、店を出ようとしたシュタルテに、二人の男の客の一方が声をかけてきた。
「姉さん、見ない顔だね」
シュタルテは立ち止まり、ちょっと迷うように間を置いてから、答えた。
「よそから来たのよ」
「どこから?」
もう一方の男が訊いた。
「ドルストンから」
「へえ。この町へは何しに?」
「人を探しに」
「そうか、恋人を探しにね」
二人組の男が、ニヤニヤと笑いだす。
「それじゃ、手始めに、おれ達と友達になろうぜ」
「別に、恋人探してるわけじゃないわよ」
そう言って行こうとしたシュタルテの腕を、男達のひとりが掴んだ。シュタルテはその手を払い、数歩下がった。
「これが見えない?」
シュタルテは言いながら、左の腰の長剣の柄を軽く叩いてみせた。右の腰には、短剣も差している。
「もう一度触ったら、抜くよ」
「おお、怖い」
「本当だ、怖い怖い」
そう言いながら、しかし男達は、小馬鹿にするように笑うだけだった。
「あんたら、やめときなよ」
そう声をかけながら、カウンターの中の男が困り顔で出てきた。
だが、男達は椅子を立ち、シュタルテに歩み寄ろうとする。
その時である。
「やめておけ、勝ち目はないぞ」
そう言いつつ、開け放たれた入口から、ひとりの背の高い男が入ってきた。歳は二十五、六といったところ、引き締まった体躯に、精悍な顔立ちをしている。手には、身の丈よりやや短い棒を持っていた。
「それとも、おれが相手になろうか」
「ベイルの旦那……」
二人組はその男の顔を見た途端、大慌てで財布を引っ張りだして代金をテーブルに置き、そそくさと店を後にした。
「やあ、ベイルさんか。助かりました」
カウンターのそばに立っていた、店の男が言った。
「ああ、何やら揉めているようだったのでな。必要ないかとも思ったが」
ベイルと呼ばれた男は、そう答えてから、シュタルテの方に顔を向けた。
シュタルテはうっとりとした様子で、ベイルの顔に見入っていた。
(良い男……)
「……何か?」
「えっ!? いえ、別に」
「そうか。ところで、見ない顔だな」
ベイルは何やら、先ほどの男達と同じようなことを言いだした。
「よそから来たのよ、ドルストンから」
「そうか。この町へは何をしに?」
「人を探しに――あ、恋人見付けに来たわけじゃないわよ!?」
「そうか」
(何言ってんだろ、わたし……!)
シュタルテは顔を真っ赤にしたが、ベイルは平然としていた。
「それで、どこへ行くんだ。良ければ、案内してやろう」
「そう? サルト流剣術道場ってとこなんだけど」
「それなら、良く知っている」
ベイルはそう言って、店を出た。シュタルテは慌てて後を追った。
「ところで、美少女剣士」
「なに……って、ちょっと待った!」
通りを歩きながら声をかけてきたベイルに、シュタルテが噛みついた。
「何よ、それ!?」
「何って、何が」
「その呼び方! 『美少女剣士』!?」
「剣を使うらしい、美しい少女だから、美少女剣士と言った」
「美しいって、良くもまあ、いけしゃあしゃあと……」
シュタルテは顔を赤くする。しかし、ベイルは相変わらず淡々としていた。
「本当のことだろう」
「まあ、本当のことだけどね!」
「それで――」
「待った! あともうひとつ!」
「何だ?」
「少女って何? あなた、わたしのこといくつだと思ってんの?」
「十四か五」
「十九歳です! 少女と呼べるか否かは、極めて微妙です!」
「まあ、呼べないだろうな、もはや」
「この野郎!」
シュタルテは叫びながら、ベイルの背中に蹴りを入れた。しかし、見るからに屈強な長身の男は、いささかも動揺しなかった。
「悪かった。顔立ちから、てっきり、そのくらいかと」
「童顔なの、気にしてるのに……」
「体つきも、凹凸がないし」
「それはもっと気にしてんのよ!」
シュタルテは再び、ベイルに蹴りを放った。やはり、効いている様子はなかった。
「まあ、気にするな。おれは気にしない」
ベイルはやはり、平然とした調子で言った。
(やだ、こいつ……顔は良いけど、話してるとイライラしてくる……)
シュタルテは考えながら、不機嫌そうな目で、隣を歩く男の顔を見上げた。
二人はしばらく、黙って歩いていたが、ややあってからまた、ベイルが口を開いた。
「それで、美少女剣士」
「だから、やめろっつってんでしょ!」
「では、名前を訊いて良いか?」
「え? ああ、そうね、ごめんなさい。わたしはシュタルテ・ガーナー。ドルストンの生まれよ」
「そうか。おれはベイル・ソーンズ。北部の生まれで、三年ほど前にこのデンズへ来た」
「そうなんだ」
「ああ。それでシュタルテ、サルトの道場へは、誰に会いに行くんだ」
「師範をしている、オーレス先生という方に」
「オーレス先生か。知り合いか?」
「面識はないんだけどね。すごく強いっていうから、一度会ってみたくて」
「なるほど。確かに、あの人は強い」
「知ってるんだ?」
「ああ。少し苦手だけどな」
「あなたにも、苦手な人っているのね……」
「どういうことだ?」
「何でもないわよぉ?」
「そうか……着いたぞ」
そう言って、ベイルは足を止めた。
二人は、長い塀の途中に作られた立派な門の前に立っていた。門の上に、「サルト流剣術道場」という看板がかかっている。中を覗くと、大小二棟の建物があるのが分かった。
「ここまでで良いか? なんなら、紹介してやっても良いが」
「いえ、ひとりで行くわ。どうもありがとう」
「そうか。ではまたな、美少女剣士」
「おいこら!」
シュタルテが腕を振り上げた時には、ベイルは背中を向けて歩き去っていた。
「変な奴……」
そう呟いてから、シュタルテはもう一度、門の中を覗き込んだ。
「……ここにいるのね、〈腕斬りオレオン〉」
前作『ほら吹き少年と司祭』と同じ国の物語です。