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02-02/魔法の森の道具屋

「外に出たのはいいが、どこに向かうか」

 

 

 アリスの家を出、木と木の密度の間が大きく開いている場所を歩きながら俺は呟く。幻想郷は危険な場所であることには違いないが、それでも自分が今いる未開拓の世界をこの目で見てみたかったというのが、あの時語らなかった本音。

 

 そして未知の場所にいるという不安を払拭したいが故の行動でもあり、酒がないのではじっとしてても仕方が無い……という思いの裏返しでもあった。

 

 

「それにしても……随分と湿度が高いな」

 

 

 明るい時間帯だというのに暗い道なき道を、やけに暑苦しく感じながらもなおも歩きつつ、それ以外にも立ち込めるものがあったので俺は少し気になっていた。

 

 なんともないのに不快で、倦怠感を抱き、身体の中がもやもやするかのような嫌な空気……。印象としてはそんな感じの違和感。

 

 はて、この感じどこかで……? と以前、似たようなものを浴びたことあるような……、と何とか記憶の中を掘り返してみるがわからずじまい。

 

 しかしそれも束の間の疑問で、大きな1本の木の傍を通り過ぎた瞬間すぐにその名前を思い出し、俺は唸る様な声でその名を口にする。

 

 

「…………瘴気か。しかもこれはまた……随分と禍々しいな……」

 

 

 立ち止まり、木を見上げる。

 

 それに混じり木から発せられる妖気も半端ではない。こんな場所は普通の人間だったらまず耐えられまい。

 

 しかし俺は魔術師になる過程の修行でその類の耐久性も備えてあるし、抵抗力もあるから木に直接触れなければ瘴気や妖気の影響はまず問題無い。

 

 ……だがここで疑問。確かに木からは瘴気、妖気を感じ取れるが前者はどうもはっきりしない。

 

 そうなると瘴気の発生源は木ではなく別物、ということになる。

 

 

「長い年月を経たモノは自然とそういった類が備わるもんなのだが……どうも曖昧だな」

 

 

 と言って、木の根元に視線を下げると不気味なキノコが……。

 

 

「……む」

 

 

 屈んで観察してみると、そのキノコからは先程から感じていた違和感の正体が目に捉えることが出来なくても、はっきりとわかった。

 

 

「……瘴気の正体はコイツか」

 

 

 そのキノコは木の根元に群生し、斑点みたいな模様があったり、一目で毒の成分が入ってますよ、みたいな色をしている。このキノコから今度は瘴気をはっきりと感じ取れるので間違いない。

 

 

「これが魔法の森と呼ばれる所以か」

 

 

 1人納得。そして立ち上がって、現在の状況を確認する。

 

 俺の現在位置からしてここはまだ森の奥といった所か。だとしたらアリスが警告した妖怪や獣はそれらが薄くなっている、出口辺りにうろついている事だろう。

 

 そうでなきゃ、この場所に生息しているという証である痕跡が確認できないのが納得できない。

 

 足跡も獣道も痕跡も無し。それに肌が汗ばんで、衣服に纏わりついてくるこの湿気と気候はまるで熱帯雨林だ。

 

 歩きながら周辺を一望するが、捉えるのは風のせせらぎで葉が揺れる音だけ。それ以外の音は捉えられない。

 

 物音もなく、

 

 木もどこか歪で、

 

 日光もあまり届かず、

 

 その傍で生えているキノコはさながら不気味で、

 

 何も存在しない……いや、ありとあらゆる存在を許さないというこの静寂……、それ程鬱蒼に覆い茂るこの森は尋常ではないことを俺の本能は伝える。

 

 

「しかしアリスの家の周りだけは、どこか澄んでいたな……」

 

 

 こうして歩いてる内にアリスの家周辺と、現在俺が歩いている森の中の道とでは立ち込める妖気、瘴気が全く異なっていることに気付く。

 

 今歩いている魔法の森は前述の通りだが、アリスの家には妖気も瘴気さえも無い。

 

 それが示すことはつまり……、

 

 

「……自分の邸宅周辺だけを切り開いて、浄化したというところか」

 

 

 成る程、と俺は納得する。自分が住まう周辺だけを浄化し、残りはそのままにしておけばアリスの家は自然の要塞に囲まれた、妖怪も獣も寄り付かない一番安全な場所と化す。

 そうでなきゃ安全地帯であるアリスの家周辺で、羽を休めた鳥の囀りなんて聞けやしないだろう。

 

 ただ欠点を挙げるなら、空からの侵入には滅法弱いという事。俺としてはアリスに対空兵器の設置をお勧めしたいのだが、アリスとて魔法使いだから何らかの対策は施してあるだろう。

 

 ──でだ。それはそれでいいとして……、

 

 

「…………頭が重い」

 

 

 先程から頭に違和感を覚えている。それもアリスの家を出てからずっと付き纏っている。

 

 行動する分にはさして支障は無いが、この違和感の正体を突き止めないと不快なまま一日を過ごす羽目になる。俺としては直ぐに解消したい問題だ。

 

 

「何だろうな……」

 

 

 と思いつつ頭を掻こうとしたその時──、

 

 

 

 

 ぎゅむ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 何かを掴んだ。そりゃもうばっちりと。

 

 手に感触があるし。しかも柔らかいときた。だが熱はなく、かといって逆に冷たくも無い。

 

 となればコイツが頭が重い原因だというのは明白。俺は掴んだそれを眼前に持ってくると、

 

 

「……」

「……」

 

 

 呆気に取られた。それでも戸惑いながらも口を開く。

 

 

 

 

「…………上海?」

 

 

 

 

 その正体は上海だった。上海は俺に胴体を掴まれたまま俺を見つめ、小さく頷く。

 

 

「そうか、アリスの家で途中見かけないと思ったら頭の上にいたのか」

 

 

 どうりで重いはずだ。それに俺の頭の上にいたのは恐らく、さっきのアリスとのやりとりが原因。あの時降りようにもタイミングを逸してしまい、このまま頭の上にいた……というのが筋か。

 

 そういえば、なんで重いと感じたんだ? 上海は既に俺の頭の上に2、3回は乗っている。重さを感じたのは今回が初めてだった。だがよくよく考えてみればこの森の湿気でも吸って重くなったんだろうという結論に達するのはそんなに掛からなかった。

 

 

「……それよりも、一度引き返すべきだろうな」

 

 

 頭の上に乗っていたとはいえ、何せアリスの使い魔を許可なく外へ連れ出してしまったのだ。そうすることが無難だろうが上海は突如、俺の手から離れると、前と飛んで行った。

 

 

「お、おい?」

 

 

 上海の行動に俺は疑問を抱き、声を掛ける。すると上海は空中で止まって俺に振り返ると手招き。

 

 

「……」

 

 

 1日同じ屋根の下で過ごしてみてわかったのだが、やはり喋れない相手とのコミュニケーションは苦手だ、とつくづく思う。だが俺はその意図を読めない程鈍感ではない。……多分。

 

 要するに、上海はこう言いたいのだろう。

 

 

「案内してくれるのか?」

 

 

 上海の傍らまで歩み寄って語りかけると、上海は肯定といわんばかりに頷く。

 

 

「そうか。しかし上海、ご主人様……アリスの許可なく外を出ていいのか?」

 

 

 あくまで上海こと上海人形はアリスを主にし、そして使い魔であり、その主の許しをないままの無断行動は禁止とされている筈。

 

 

「……ッ!」

 

 

 その質問に上海は「ビクッ!」といった具合に身体を強張らせ、腕を組む。そして何やら考え事をし始めた様子。

 

 ……はてさて、どうすることやら……。

 

 だがそれもほんの束の間、上海は腕組みを解くと俺の手を掴む。そして前へ前へと前進しようとする。だが体格の差があるので、俺は一寸たりとも動いていない。

 

 

「……わかった。わかったから上海、落ち着け」

 

 

 そんな上海に俺は内心苦笑する。憶測だが、きっと上海が出した答えは「怒られても構わない」といった具合で、

 

 

 

 

「なるようになれ」

 

 

 

 

 ……といったところに違いない。

 

 

 

 

 こうして俺は小さな案内人と共に、再び幻想郷を歩き始めた。

 

 

 

 

       ◆

 

 

 

 

「誰、あの人間?」

「さぁ? 大方魔法の森に迷い込んだ人間じゃない?」

「けど人里の人達とは何か違う感じもする。キノコの幻覚にやられてないみたいだし……」

 

「どうする?」

「いや、どうするって……」

「もしかして……」

 

「もしかしても何も、面白そうだか後を追ってみましょ?」

「それいいかも。それにあの人間、七色の人形遣いの使い魔を連れてるってのが気になるし」

「はぁ……。私知らないからね?」

 

 

 

 

       ◆

 

 

 

 

 ふよふよと浮かんで前を進む上海の案内。時折止まっては、俺がついてきているかどうかを確認するために何度も後ろを振り返る。

 

 これで何回目なのやら……、と俺は胸中で苦笑。

 

 

「……ちゃんと後ろにいるから安心しろ」

 

 

 この言葉も何度言ったのやら、と反芻。それを聞いて上海は再び前へと進みだす。

 

 今のところ、これといったトラブルにも遭遇していない。やはり地元のモノが案内となると、安心して歩けるもんだ。

 

 そうして同じやりとりを数回繰り返しつつ、木と木の間の密度が減ってきた時だった。

 

 

「……?」

 

 

 立ち止まり、目を細めて遠目にそれを見つめる。そこらじゅうの草木で視界は妨げられてはいるが、

 

 

「……あんな所に建物……?」

 

 

 その存在だけは確認できた。だが形だけしか認識できてない現状では眼前の先の建物がどのような所なのかは把握出来ない。

 

 俺が立ち止まっていると前から上海が近寄る。俺が後から来なかったことを不思議に感じて引き返してきたのだろう。

 

 傍に来た上海の姿に俺はちょうどいいかも知れん、と思いつつ上海に話しかける。

 

 

「上海、あそこに行ってみたいのだが構わないか?」

 

 

 言って指差してその場所を示す。その指した場所は無論──、あの建物。

 

 俺の指先の向こう、その目的の建物を見た上海は手で口元を覆って何やら思考を働かせている様子。しかしその状態もすぐに解き、俺に振り向いて頷く。

 

 

「有難う。それじゃあ行こうか」

 

 

 上海の頭を軽く撫で、歩き出す。その傍らには上海。もうここまで来れば案内は必要ないだろう……と判断したのか、俺の歩調に合わせて横で飛ぶ。

 

 そして建物の形が細部まで視認できる距離まで近付くと、

 

 

「……な、なんだあれ……」

 

 

 唖然。というか呆然。それはもう見事なまでに。

 

 俺の部屋も汚かったが、目的の建物はそれ以上に酷かった。

 

 建物自体はまだいい。しかし、その庭を覆い尽くすかのようなガラクタの山が、俺を呆気に取らせたのだ。

 

 これは……そう、俗に言う……

 

 

「ご……ゴミ屋敷……?」

 

 

 だ。よもや幻想郷でまで見る羽目になるとは。

 

 なので、

 

 

「ゴミ屋敷in幻想郷」

「?」

 

 

 なんていう、どうでもいいものを追加。そんな俺の言葉に隣の上海は首を傾げる。

 

 

「……気にするな。言ってみたかっただけだ。そして後悔している」

「?」

 

 

 はぁ……、と嘆息。やはりあの人の影響は抜け切れてはおらず、思わず付け足してしまった。この毒、以外と根強いものだと辟易。

 

 そして建物まで近付いて、抱いた感想はただ「奇妙」の言葉に尽きた。それを際経たせているのが庭にあるガラクタの所為であろう。

 

 しかし建物は以前見た文献の、中国の古代王朝時代の一軒家にそこはかとなく似ているような気がした。

 

 

「あれは……裏か。なら表に回りこまないと」

 

 

 ガラクタの先、中へ通じる建物のドアがあったのだが、どうにもガラクタが邪魔で、片付けをしないと通れそうにもない。それに憶測だが、あれは勝手口のようにも思えた。

 

 建物の壁……というかガラクタに沿って歩くと、木が途切れていた。それが意味することはつまり魔法の森から出た、ということになる。

 

 久々に浴びる日光と清清しい空気。だがそれ以上に俺を驚かせたものがそこには存在した。

 

 

「……凄い」

 

 

 感嘆。それ以上も以下も無い、ただそれしか言葉が出ない。

 

 まず面積。一目見た時は勘違いしたが、すぐに冷静になって見直すとやはり大きい。しかし、陽の光に反射するその水面は幻想の鏡に相応しかった。

 

 ただ残念な事に、その全貌を薄い霧に遮られて拝めることは出来なかったが。

 

 

「池では……ないな」

 

 

 辺りを見渡し、川を見つけたのでこの巨大な鏡は湖と知る。恐らくこの湖の水はそこから流れ込んできているのだろう。その川を目で追ってくとすぐに大きな山に辿り着く。

 

 

「あれは山か、上海」

 

 

 目に映っている山を上海に訊ねると肯定という頷きが返る。

 

 

「あそこは機会があればにするか」

 

 

 そして本来の目的に戻る。

 

 

「でだ……、このゴミ屋敷は一体何だ?」

 

 

 振り返り、建物を見上げる。そこは裏庭と同じくガラクタで埋め尽くされているが、然程ではなかった。むしろ玄関が塞がってたら片付けをする羽目になってしまう。俺としてはそれはご免被るし、してやる義理も無いし面倒なので、壊しながら進もうとした。

 

 しかし考えを一転させたのは、その入り口の上に掲げられた看板を見た時だ。

 

 

「香る……霖の……堂……と書いて、『香霖堂』と読むのか?」

 

 

 どうやら名前から察するに店らしい名前の様だが、コレが本当に店なのかと傍目で上海を見やると頷いていた。雰囲気が全然店らしくないがやはり店なのか。認めたくないのはきっとガラクタと、背後の魔法の森がある所為かもしれない。

 

 だが立地条件になにかしらのメリットがあったんだろう。湖が見えるからとか、魔法の森が好都合だったとか。

 

 

「……何にせよ、どういう所かはまず入ってみるか」

 

 

 ガラクタを避けながら入り口に向かう。そして上海は案内する必要が無くなったのか、俺の頭の上に乗っかっている。

 

 そんなに俺の頭の乗り心地はいいのか? ……なんて思うが、気に入っているのならそういうことなんだろう。

 

 ドアの前に立つ。小窓があったのでそこから中を覗いてみるが人のいる気配はない。むしろ散らかっている店内の様子が窺える。

 

 ……外より中の方が凄惨ではないか、おい?

 

 

「……ともかく入るとするか」

 

 

 邪魔するぞ、と一声掛けてドアを開けて店内に入る。途端、ホコリっぽい臭いが充満した空気が溢れ、むせそうになりながらもなんとか堪え、中に入る。

 

 店に入ると、外と同様かなり乱雑に散らかっていた。しかしドアの小窓で見たときとは印象がやや違い、思ったほどではなかった。

 

 だが空気が淀んでいるのが呼吸をしててすぐにわかる。

 

 

「換気はしてないのか?」

 

 

 店内を見回して窓が開いていたのを確認できた。しかしそれでも完璧とはいえない換気。どんだけ淀んでいるのやら。

 

 とりあえずその話題は置いておくとして、俺は改めて店内の品を見る。だが大半がどこかで見たことあるような気もするような、しなくもないような……。

 

 

「──おや、誰か来たのかい?」

 

 

 そんな感じで品を見つめていると横から飛んできた声。俺はその声に反応して顔を上げる。そこは会計で更にその奥には通路があり、そこから1人の男が出てきた。

 

 

「……て、見ない顔だね。君は誰だい?」

 

 

 銀髪の髪を掻きあげつつ、その男は眼鏡の奥の瞳で俺の姿を捉える。

 

 

「この場合、考えられるのは2つ。前者はただのお客で、後者は泥棒か……。だけど生憎ながらここに置いてある品はあんまり役に立ちはしないがね」

 

 

 尤も、人里で売っても価値があるのやら……、と言葉を区切る。

 

 どうやらこの男、俺を泥棒と勘違いしているみたいだ。しかし今の俺の姿は…………疑われて至極当然だな。

 

 

「いや、俺はここがどんな所か気になって来た口だが……」

 

 

 よって弁解。それしか証明の仕様がない。それに泥棒するにしたって何を来たばかりなのだが……。

 

 

「そうかい……て、おや? その君の頭の上にいるのは……」

「? 上海のことか?」

 

 

 言うや俺の頭の上から降りて、俺と男の間で一回り。そして男に向き直り両手を掲げる。

 

 

「やあこんにちは上海。なにか用事があるのかい?」

 

 

 隠れてて窺えないが会計に椅子があるのだろう、男はそこに腰を下ろして上海に問いかける。それに対して上海は頷き、俺を指す。

 

 

「彼? ……ああ、もしかして君のご主人が昨日買った服は今彼が着ているものか」

 

 

 俺の服装を見て成る程成る程と、小さく頷く男。

 

 

「だとしらもしかして君は外の人間だね?」

「……ああ」

「そうかい、これは失礼だったね。僕の名前は森近霖之助、この『香霖堂』の店主だ」

 

 

 と言って、先程の非礼──なのか? ──を侘びて名乗る。

 

 

「荻成怜治だ。昨日……正確には一昨日に幻想郷に迷い込んだ者だ」

 

 

 男の名を聞いて、俺も自己紹介する。

 

 

「荻成君か、君はどうして──」

「待ってくれ。すまないが下の名前で呼んでくれないか? 名字で呼ばれるのはどうも慣れてないんでな……」

 

 

 荻成君、と呼ばれた途端、背筋がぞっとした。自分で言うのもなんだが、昔からどうも名字で呼ばれるとしっくりとこない。

 

 理由は定かではないが、戸籍の姓としては気に入っているのだが、呼ばれるとあまり好きではないのだ。

 

 なので、ならばいっそのこと馴染みのある名前の方で呼んでくれた方が、俺としては好ましくもある。

 

 

「わかった。でだレイジ君、もう一度訊くけどどうしてここに? ……ああ、そこらに椅子があるだろうから適当に座ってくれ」

 

 

 言われて店内を見渡すと、折りたたまれた椅子があった。俺はその椅子を開いてそこに腰掛ける。

 

 

「幻想郷がどういう所か気になって探検してる」

「成る程ねぇ。だけど無手のまま好奇心で幻想郷を歩き回るなんて、自殺行為も同然だよ?」

「その辺りに関しては……何とかなると思う」

 

 

 アリスにも言った同じ様な会話。

 

 

「ふむ、何かしらの力は保有している……、とでも受け取ってもいいのかな」

「そういうことだ。あまり他人には見せたくはないがな」

 

「切り札とでも?」

「そうだな。最初で最後の、数少ない俺の武器だ」

 

 

 それに見せびらかすのは趣味ではない……と俺は付け加える。

 

 

「ということはレイジ君は極力戦いは避ける派か」

「むしろのほほんと過ごしたい方だ」

 

 

 だがそれも叶わず、俺は失いすぎた。

 

 取り返しようのない、復元しようのない事を……。

 

 その結果俺は堕ちていく日々を求め、望んだ。

 

 無気力で、穢れた、虚無な、堕落な、自虐する日々を。

 

 そんなボロボロで腐りきった俺。誰もが目を当てられない、堕落し過ぎた俺。耽溺に沈んでいく俺。

 

 ──だというのに、

 

 

「~♪」

 

 

 店内をふよふよと飛んでいる、この人形……上海は何故俺に懐くのだろうか……? 俺みたいな風変わりな輩が気に入ってるだけなのか?

 

 それとも親近感があるとでも、言いたい……?

 

 

「…………」

 

 

 否定したい。否定して欲しい。だが俺は……今の俺は彼女の目から見たら、何モノなのだろうか? 人間なのか、人形なのか?

 

 その昔、同じ疑問を抱えた時、あの人は俺に答えてくれた。しかし今の俺の傍には答えてくれたあのひとはおらず、俺自身が今答えを見出せねばならない。

 

 ──が、その答えに……再び辿り着けるのか……? 己のものを己で消してしまい、最早燻るということしか出来なくなった、俺という名の『荻成怜治』という『人形』は……?

 

 

「……」

「……ふむ、まあ折角だからお茶でも飲むかい? 最近良い茶葉が手に入ったんだ」

 

 

 よっ、と立ち上がって店の奥へと消える森近。気を利かせてくれたのか、それとも単に茶が飲みたくなっただけなのか、真意は定かではない。

 

 

「……すまんな」

 

 

 通路の先を見つめながら、無意識に出た謝罪の言葉。無論届くわけでもなく、俺の声は虚空に消える。

 

 そして改めて店内を見回すと、どこかで見たことあるような品が棚に置かれてたり、床に無造作に転がってたりしていたのだが、その中の棚に気になるものが置かれてあった。

 

 

「……お」

 

 

 立ち上がり、『それ』を詰められたビンを手に取る。一見すると他人からしてみればどうでもよいもの。しかし俺にとっては懐かしすぎるもの。

 

 

「これは……やはり金平糖か」

 

 

 色とりどりに散りばめられたその菓子……金平糖はホコリを多少被っていたが中身はそれ程古くはなさそうだ。

 

 仕事の際には幾度と無くお世話になっている菓子だ。それに伝統も歴史もあるので、唯の菓子と侮ってはいけない。

 

 

「お待たせ……ておや、気になる物でも見つけたのかい?」

「ああ、懐かしい物を1つ。まさに何でも有りな店だな」

 

 

 湯飲み茶碗を2つ乗せた盆を手に森近が通路から現れた。その声に俺は振り返り、金平糖の詰まったビンを見せる。

 

 

「ほう金平糖かい。確か先週辺りに貰って放置してたんだっけ」

 

 

 忘れてた、と苦笑する森近。だが俺としては人から貰った物を売るのかお前は? とツッコみたい。

 

 

「出来と質は保証するよ。その金平糖を作った人の味は僕も気に入っているからね」

「そうか……て、どうした上海?」

 

 

 会話していると上海がシャツの上着を引っ張っていた。振り向いて上海を見ると手には何やら小さな小箱が。

 

 

「これは……? 店主、この小箱は?」

 

 

 上海からその小箱を受け取り、森近に見せる。すると彼は「ああ、それかい」とおもむろに語る。

 

 

「確か中に入ってるのは『ネクタイピン』だったかな? ネクタイにつけるお洒落の道具の1つみたいだけど、僕個人の意見としては飾りとして本当に見栄えするのかわからない品物だね」

「タイピン? 何だってそんなものが幻想郷に?」

 

 

 ホントに不思議な場所だ、とつくづく思っていると森近が俺の疑問に答えてくれた。

 

 

「幻想郷には稀に外の世界の物が流れ込んでくるんだ。それを買い取って、売っているのがこの『香霖堂』なんだよ」

「そういうことだったのか。しかし店主……」

 

「なんだい?」

「外から流れてきた物の正体を何で知っているんだ?」

 

 

 ネクタイピンの会話をしててふと浮き上がったもう1つの疑問。それは森近がこの小箱の中のネクタイピンの使用用途を知っていたこと。

 

 幻想郷ではネクタイピンなんて品は無縁に等しい。だが彼は知っていた。それだけに疑問が浮かぶのは至極自然の筈。

 

 

「ああ、それならトリックは簡単だよ。それが僕の能力だからね」

「能力?」

 

「そう。僕の能力は『道具の名前と用途が判る程度の能力』という名前の能力なんだ。この能力のお陰で、初めて見た道具の正体がすぐに判るんだ」

「ほう」

 

「ただ欠点なのは、使い方が判らないということなんだよ」

 

 

 困ったもんだね、と森近は茶を啜る。

 

 

「そうそう、そこにいる上海人形のご主人は『人形を操る程度の能力』の能力者なんだよ」

「……そうだったのか。それでアリスは──」

 

 

と言いかけた所で口を閉じる。……本人がいないとはいえ、いくらなんでも「人形みたいなのか」という言葉は不躾すぎたな。

 

 

「ん? どうしたんだい」

「……いや、まあ気にしないでくれ。ところで、茶は貰っても構わないか?」

 

「勿論」

 

 

 はぐらかすことが出来たのかはわからないが、有難いことに森近は追及してこなかった。俺は残ったもう1つの茶碗を手に取って茶を啜る。

 

 

「美味いもんだ。幻想郷の住人は茶の淹れ方が余程上手に違いないな」

「ははは、レイジ君は世辞が上手いねぇ」

 

「……純粋に思った事を述べただけだ」

 

 

 そうかい、と森近は苦笑し、俺と上海を見やる。因みに上海は幻在俺の頭の上にまたいたりする。

 

 

「それにしても、上海が懐くなんて珍しいね」

「珍しいのか?」


「人懐っこいのは確かだけど、初見の相手にはもう少し警戒する方だよ」

「……そうか」

 

 

 言われて俺は内心憮然したというか、落胆。先程思っていた通り、上海は俺に親近感があるから懐いている……という結論を下しても構わない発言だった。

 

 

「どうしたんだい?」

「いや、何でもない。ところで……」

 

 

 俺の様子を怪訝に思ったのか、森近が訊ねるが俺はまたはぐらかし、手にしている金平糖のビンと、ネクタイピンが入った小箱を差し出す。流石に会計せずにいつまでも手の中に収まっているのは店側としては悪い印象だろう。

 

 

「この2つが欲しいのだが」

 

 

 そう言うと「構わないよ」と森近。しかし──、

 

 

「レイジ君、金平糖はお近付きのしるしにあげるとして────お金持ってる?」

「…………あ」

 

 

 森近の一言で重要なことを失念していたことに気付かされた。

 

 ……俺、金持ってないよ……という事実に。

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