■-02/境界の談合
──その世界は歪で、嫌悪を抱かざるを得なかった。
右を向いても目。左を向いても目。見上げても目。下を向いても目。その場を中心に一回転しても目目目目目──。
その目は何を見ているのだろうか? 自分と同じ目? それともその世界に住まう住人か。
その呼びかけに目は答えない。語らない。伝えない。ただ存在し、ただその眼にそれ以外を捉えるだけ。ただ景色として露わにしているのみ。
心の弱い者にとっては正気を狂わすに充分なこの世界、吐き気を催し、生理的嫌悪を抱いてもおかしくない狂気じみたその世界に2つの影。
悠然と佇むその2つの影は周りの目を何とも思っておらず、むしろ景色として自然と受け入れている。
その時、声が響く。どこか洒落たようで、怜悧な声が。
「…………そう言うことね。なら彼を送り込んだのは納得できるわ」
ただ、と、影は口を開く。
「そこまでするのは何故? ■が通ってないとはいえ、■■だから? それとも彼の■■が■いから?」
その問いにもう片方の影が口を開く。
「────」
だがその影の言葉はまるで雑音の様。それを正常に聴き取れる者は誰もいない。
しかし饒舌な方の影は「ああ」と聴き取れたのか、納得した素振り。
「それなら至極わかるわね~。尚更私はそこまで介入する訳にもいかないわ」
「────」
「……でしょうね。それを解決するのは彼自身。私はある程度補佐するつもりよ。だけど……」
と影は口を閉ざし、一呼吸置いて再び口を開く。
「奴等に勝てる自信は、流石に私にはないわ」
謙遜でも不遜でもない事実。覆せない事実。今や世界は『■■』に着実に向かいつつある最中。その中心核が幻想郷に現れた場合、どうしようもない敗北と崩壊が待つだけ。
ただ待ち受けるのは『■■』。
ただ始まるのは何も無い『■■』。そこには存在さえも■■。それこそが彼らの目的。
その意味を含めて、影はそう答えた。
「それでもいいのかしら……?」
影は問う。そして答えを待つ。
そして、
「────」
影は笑い。ただそれだけを言った。
「…………わかったわよ。それじゃ取り敢えず様子見でいるということね」
はぁ、と嘆息する饒舌な影。
「じゃあ私は帰るわ。もう眠いし」
ふあ、とアクビを噛み殺し、虚空に一筋の線を描く。するとそこから一条の光。そこに影は身を翻し、残された影に振り返る。
「またね“最後の魔女”、近い内にまた…………会いたくないわね」
そう言い捨てると影は消え、空間に開いた境目は閉ざされた。
「……」
残されたのは雑音を発する影。そして暫く立ち尽くしていた影は環視されている目をものともせず、静かに前へと歩き出す。
怪奇の世界を淡々と、玲瓏と、悠然と────。