01-04/人形遣いの人形
それからは紅茶と菓子を飲み食いしながら、ある程度幻想郷について知識を学んだ。
科学では信じられない非科学的な事象は、ここでは珍しくはないこと。
人間以外に妖怪、妖精、幽霊、亡霊、果てには神々が暮らしていること。
閉鎖されている世界だからなのか、独自の文化が築かれていること。
そして魔法が日常に浸透しているということ。
──以上の話を俺なりにまとめるとすれば、幻想郷とは外には無くなったものが残存された世界といったところ……、か。
「俄かに信じ難いが、幻想郷とはさしずめロストワールドだな」
「確か『失われた世界』だっけ? 比喩としては合ってるんじゃないかしら」
ここには科学の「か」の字の片鱗さえないのだ。外来者である俺にとってまさしく幻想郷とはロストワールド。文化レベルの水準値は恐らく俺が住んでいた所より低めだろう。
だが非科学が現存しているということは──、
「あのドアから漏れていたのは魔力……か」
室内の一角に顔を向ける。そこにはお風呂に入る前に横を通り過ぎた、味気も装飾もないごく平凡なドア。
アリスの話しにあったように幻想郷に魔法があるというのなら、あのドアの違和感にも説明がつく。
最初は気付かなかったが、今もこうして感じ取っている力はどこか懐かしくも感じ、それが魔力だということに行き着くにもさして時間はかからなかった。
「わかるの? 魔力が?」
「大体は」
俺の呟きにアリスは驚きの表情を見せた。とは言っても変化したのは目だけだが。それでもアリスとって俺の発言は、驚愕させるのに充分だったのだろう。
「もしかしてアナタ、魔法使い?」
と突如、アリスが質問。何かしら思うところがあったのか、そんなことを訊ねた。
「違う。正確にはもどきと言った方が正しいだろうな」
脈絡が無い1つの問い。それに対して俺は否定の言葉を返す。
なんせ魔法使いなんて、とてもじゃないが簡単になれるものではない。まして富や素質や資格があっても不可能。
至るには飽くなき探究探究追究追求修練習練。終わりなき研鑽。限界への超越。犯す罪と科せられる罰。そして到達に至るのに必定的な代償。
それらの犠牲を払い、掴んだ叡智を更に極めてそこの到達点に辿り着いた時、初めて人は魔法使いを名乗ることが出来る……………………と思う。
思う、というのは、俺にも魔法使いになる為になる必要な条件というのがさっぱりわからなかったりする。
何せ俺が知っている唯一無二の魔法使いなんて、車を操作する位の気軽さで魔法を巧みに扱っているからだ。
しかしそれでも運転出来る車種……扱える魔法は多く、改めてその人は魔法使いだということを実感させてくれる。認めたくないが。
「もどき? もどきでも魔力がわかるなんて、アナタ一体何者?」
「そうだな……。今のところ魔術師と名乗るべきだろうな」
はて? と眉を顰めるアリス。
「魔術師? 魔法使いと一緒じゃないの?」
「いや、確かに魔術と魔法はほぼ同義であることには違いはないんだが、扱える力そのものが異なる」
「扱える力が異なるって、どんな風に?」
なんだ? 先程の様子とは反転して、やけに好奇心旺盛な……? しかしそれでも訊かれた事には答えるという礼儀作法に則り、俺は回答の言葉を紡ぐ。
「俺もはっきりとはわかってはいないが、『魔術』は既存の力で行使される力であり、『魔法』は過去にも現代にも該当しない、未知の力で行使される『奇蹟』という名の力。……と言ったところだな」
多分。
こう言ってはなんだが、この説明が果たして明確なのかという根拠は皆無。
これはあくまで俺が知りうる限りの『魔術』と、『魔法』の相違を説明しただけだ。
それでも俺が説明した異なる2種の力の相違点を理解出来たのか、アリスは「ふ~ん」と呟く。
「成る程ね……。外の世界じゃ魔力の行使方法は魔法と、魔術に分類されているのね」
ならこれはそのどちらなのかしら……と、おもむろに彼女は呟き、
「──上海」
と囁いた。
「? 一体何を……」
呼んだんだ、と言おうとした刹那、今まで閉ざされていたドアの取っ手が回り、ドアがゆっくりと居間の方へと開いた。
同時に、魔力が瞬く間に居間に満ち溢れる。
それは冷たくもあり、かといっても零度ほど凍えるものではなく、むしろ室内に小さな氷の塊を置いた程度に近い、微かな魔力。
「……む」
咄嗟の出来事だったので唐突に部屋に流れ込んできた魔力と、ドアが開いた時は何が現れるんだ、と思いつつ身構えたのだが……、
「…………」
脱力した。……なんて言えばいいのだろうか? その……………………人形が現れたのだ。
しかも浮かんで。
ふよふよという擬音を付けてもおかしくない、浮かび方で。
その人形は人間の頭と同じ位の大きさで、外見はアリスと似た格好をしているが、彼女とは異なるのがフリルのついた白い前掛けを身に着けている事と、ヘアバンドの代わりに大きな赤いリボンを頭に飾っている事と、金色の髪はアリスよりも長く、腰まで届く位といった所だ。
そんな格好や髪の長さは違えど、アリスの分身みたいな人形が空中にふよふよ浮かびつつ、こちらをつぶらな瞳で見ていた。
その姿を見て俺は、淀みのない、変化の無い人形の瞳に懐かしさを抱き、
同時に悲愴的な────嫌悪も抱いた。
「上海、こっちにいらっしゃい」
「~♪」
俺が少し呆然としていると、アリスがその人形……上海を招く。その言葉に反応して、上海と呼ばれた人形がアリスの元へと飛ぶ。
そしてテーブルの上に華麗に着地すると、アリスの方を向き、次に俺を見やる。
「改めて紹介するわ。私の家族の上海人形よ」
名を呼ばれた浮遊する人形……上海人形は俺にぺこりとお辞儀。その頭を下げる仕草は物腰柔らかな様になっているのは人形であるが故か。
……しかしこれは傀儡の類か? だとしたらこの上海人形に微々たる魔力が籠められているのが頷け、あの部屋に魔力が満ちていた疑問も解消出来る。
「これは魔力が動力か?」
「ええ、この子は定期的に魔力を注入することで動くことが出来るの。正確に言えば、魔法で操作していると言った方が正しいわ」
「完全自律ではないのか」
しげしげと上海人形を眺める。作りは精巧且つ丁寧で、一目で製作者の情が篭められていることが窺える。
それ程アリスはこの人形を大切にしてるんだな、というのが瞭然と伝わってきた。
そうやってしばらく上海を観察していると、ふと上海と目が合った。
「……」
「……」
上海は俺の目をしばし見つめると、空中に浮かんだ。
「…………」
そして頭上まで浮遊し、着地。
「………………」
俺の、頭の……上に。
「~♪」
発声機能があるのかどうかは定かではないが、上海は俺の頭の上で何故かご満悦の様子。
「あら、上海はアナタのことが気に入ったみたいよ」
俺と上海の姿を見て、相変わらず愛想の無い表情にであるが、やや驚きの表情を含めてそんなことをのたまうアリス。
「…………」
……アリスよ、そんな事言われても困るんだが。どうしろと? 主に現在進行形の人形に懐かれた時に対する反応が。リアクションが。接し方が。
「~♪」
「…………はぁ」
本来なら手を伸ばして払うなりしたいのだが、こんな嬉々としていては振り払う訳にもいかないので、離れるまでこのまま放置しておくか……。
「…………」
もしも……、もしもアイツ等が頭上に人形を乗せている今の俺の姿を見たら、笑い転げて3日間は爆笑するな。
現にこの場にアイツ等がいなくてよかった、と胸中で呟き……、同時に今何をしてるんだろうか……、と胸中で郷愁に浸る。
「それで、これはどっちかしら?」
「……? どっち、とは?」
「『魔法』なのか、『魔術』なのか」
「この人……上海か? ……あ~、これはどちらかと言うと『魔術』側だ。既知の魔力行使方法としてはあまり珍しくない」
人形を使い魔として使役しているのは俺の世界じゃ然程珍しくない。
中には自律して動き回っている人形なんてのもいる位で、そいつは今まで狩り殺した者の魂を、器である己の体内に多数貯蓄しているという都市伝説めいた噂があるのだが、それが本当なのやらどうかは定かではないが、俺の知っている人物が“ソレ”は実在する……と述べている。
「外の世界も案外魔法──いえ、魔術が発達しているのね」
「そういうことだ。世界は常に貪欲たる者の探究心追求心をくすぐる。故に新たな発見をし続けそれを行使する。それは今も過去も変わらん螺旋律さ……」
頭に上海を乗せたまま窓の外を見やる。
外の景色はすでに茜に染まり、あれから随分と時間が経過したことを知らせてくれる。
「ああ、もうこんな時間だったのね。アナタにまだ訊きたいことが幾つかあるけど、それは明日にするわ」
俺と同じく外の景色を見て、アリスが立ち上がる。
食事をしてそのままお風呂、そして就寝。その間に会話するという予定は彼女にはないようだ。
「手伝おうか?」
台所にゆったりとした歩調で赴くアリスの背中に、俺は声をかける。
しかし振り向いたアリスは「いいわよ、ゆっくりしてて」と断り、
「その代わり上海の話し相手になってあげて」
というちょっと難易度が高い事を頼んだ。
「…………」
……人形の相手をしろと? そもそも、この上海は喋るのか……? それが今俺の中で一番占めている疑問なのだが、その問いに答える者は誰もいない。
「…………むぅ」
腕を組んでどうしたものかと考えあぐねていると、俺の頭から上海が降りてきて、テーブルに着地すると、そのつぶらな丸い、何色の感情も浮かばない目で俺を見上げてきた。
「……」
「……」
空気が重いような、そうでもないような微妙な雰囲気が俺達の周りに醸し出す。
かといって友好的であることには違いないのだが、どう話しを切り出すべきなのやら……。
そもそも人形を相手に話したことは無く、これが初めて。
とりあえず挨拶はしておくべきだな……。
「もう存知だとは思うが、俺は荻成怜治だ。よろしくな上海」
名乗ると上海は首を小さく傾けて、頷く。それを見て俺は言葉を続ける。
「以上」
とだけだが。
「……」
「……」
またもや沈黙の空気が舞い降りる。
……言い訳するようだが、どうしろというのだ? これがアリス相手だったらもっと話は弾むには違いないが、今話している上海は喋るのかもわからない人形だ。
現に相槌は打ったが、返事はしなかったし。
それに外の世界では部屋に引き篭もっていた俺に話題なんてものはなく、また人形に対しての処世術なんてものは学んでいないので、この会話の盛り上がりの無さは仕方ないかと諦めを感じている。
……いや、人形相手の処世術なんてものがあるのかさえわからんが、とりあえず例えで。
はてさて、どうしたものやらと考えあぐねていると、上海がテーブルから飛び立ち、どこかへと飛んでいく。
「? どこ行くんだ?」
訝しんで声を掛けたが、上海は俺が居るテーブルのすぐ横にある小さな棚から何かを取り出した後こちらへと戻ってきた。
そして無言でそれを差し出す。
「これは……パズル?」
一目するとそれは正方形で構成されており、それが6面あることから単なる箱状の物体であるが、よく見てみると一面ずづの色が異なっていた。
パズルはパズルでも、もしやこれは──
「ルービックキューブ? 何だってこんなものが……?」
外の世界ではポピュラーな立方体パズル。そんなものが隔離された幻想郷にあるとは誰が思うだろうか? 俺は少し戸惑いを隠せなかった。
台所へ顔を向けて、仕度をしているアリスに訊ねようとしたところ、何かに腕を引かれた。
「?」
視線をテーブルに戻して下を向いてみると、上海が俺を見上げた状態で両手を掲げてくるくると手を回した。
「……」
……ジェスチャーであることには違いないが、どう解釈したらいいんだそれ? ……などと思っていると、上海は俺の考えでも読んだのだろうか、まず俺の手の中にあるルービックキューブを指差して、次にさっきと同じ様にくるくると手を回す。
成る程……、そういうことか。
「えーとだ。つまりこのパズルを解いてくれ……と?」
正解かどうかはわからないが俺がそう口にすると上海は大きく頷いた。
「ならやってみるか」
「♪」
アリスにも相手してやってくれと言われた手前、無視することなんて出来ない。それに退屈してたのは事実。
手の中で各列、各行があちこちへと回転させる。色は統一されておらずすでにまばら。
色の構成は白・青・赤・橙・緑・黄の正式な配色通りだ。
「──よし、こんなものだな」
2、3分ほどして適当に色をごちゃごちゃにしたルービックキューブを回す手を止め、俺は上海に言う。
「上海、知っているか? このパズルをヒント無しで完成させた人はかなりの天才だそうだ」
あくまで推定値だが。しかし俺のいた外ではそれを45秒で完成させた人もいるからあながち馬鹿には出来ない。
そう言うと上海は驚いたような仕草をし、片腕を大きく掲げる。頑張れ! とでも言いたいのだろう。
「期待に応えられるかどうか定かじゃないが……、やってみるか」
…………傍らで静かに上海が見つめている最中、俺はルービックキューブと対峙し、それから10分程で完成したのだった。
これは余談なのだが、俺が最短記録保持者らしく、アリスと上海は倍以上の1時間近くも要して完成させたそうな。
◆
夕食を終え、テーブルの食器を全て台所に運び終えた後、俺はアリスに「もう寝る」と言う。
「あら、随分と早いわね」
「少しばかり疲れてな」
苦笑を浮かべる俺。アリスに質問されたことに答えたり、上海の遊びに付き合ったもんだから身体が疲労を訴えていた。
「ところで、俺はどこで寝たらいい?」
俺が寝ていたのはアリスの部屋か空き部屋には違いないだろうが生活感があったので、あの部屋はアリスの私室に違いない。そうだとすればまたその部屋で俺が眠るわけにもいかない。
「奥の方に空いてる部屋があるからそこを使って頂戴。」
「部屋?」
「お風呂に入っている間に用意しておいたから使えるようにしといたわ」
ああ、と俺は納得。あれだけ長い時間入浴していれば部屋の用意ぐらいは簡単に出来る。
「じゃあ使わせてもらう」
「なら上海に案内させるわ」
夕食の用意が出来た後、上海は部屋に戻っていたが、アリスに呼ばれて再びリビングに姿を晒す。
「上海、彼を部屋に案内してあげて」
命令された上海は小さく頷き、俺の前に来る。
「上海の後についてって」
「わかった。それじゃあお休み」
そう言って俺は立ち上がり、移動し始めた上海の後について行く。そしてアリスの横を通り過ぎた間際、
「────我慢は身体の毒よ」
──小さな呟きを拾った。
「……何の、ことだ?」
俺は立ち止まり、振り返らずにアリスに問う。
「言葉通りの意味。何か我慢しているみたいだけど?」
玲瓏とした口調で、アリスは思ったことを口にする。
最初の第一印象でも思ったのだが、彼女は感情を除けば中々冷静で、意外にも洞察力が優れているようだ。
「疲れて疲れて、今にも突っ伏したいのを押さえているんだ」
俺はそう言い放ち、歩き出そうとしたが「ウソね」の一言で踏み止まった。
……いや、踏み止まざるを得なかった。
「少しばかり手が小さく震えているわ。それに憤りじみた感情が口の端からにじみ出てる……、明らかに何かが欠乏している時に起きる症状に見られる兆候ね。……アナタは何の依存症かしら?」
あまりにも明察過ぎる言葉。その言葉は人を鋭く射抜く矛のような言葉。
俺はそのアリスの洞察力に、いつぞやの魔女を思い出してしまった。
人の心が目に見えるように、人の動きなんて推理できて、人のセリフなんて自分が作った台本のように先に口にするあの魔女──を俺は、アリスの言葉を聞いてて思い出した。
「…………ちょっとな」
アリスの推理。俺はそれに言葉を濁して答えた。対しアリスは「そう……」とだけ呟き、それ以上のことは訊いてこなかった。
そして俺は歩き出し、上海がいるであろう部屋へと移動した。
左手をズボンのポケットにいれたまま……。
◆
俺が寝ていたアリスの部屋より少し奥まった場所にその空き部屋はあった。
俺がそこまで行くと上海がドアの前でふよふよと浮かんでいた。そして廊下……居間を指し、俺を見つめて首を傾げる。
……ジェスチャーからして、「なんで遅れたの?」と言った具合か……?
「すまない。少しばかり君の主と話し込んでしまった」
俺が遅れた理由を告げると上海は納得したのか小さく頷き、ドアを指す。
「この部屋だな。ありがとう上海」
そう言って俺はおもむろに手を伸ばし、上海の頭を撫でた。
「──ッ!? ~~~~ッ!」
咄嗟の出来事に上海は驚き俺を見つめる。そして恥ずかしそうに身を逸らして俺の手を振り払うと、居間へと飛んでいった。
「……」
……こういう時はなんて反応したらよいのだろうか? 空しいというか、悲しいというか……。そんな感情がちょっと渦巻いた。
あの態度からして怒っているのは明白。明日起きたら謝っておくべきだろうな……、と無意識とはいえ上海に失礼な行為をしてしまった自分の愚行を呪った。
そして部屋のドアを潜り、薄闇の中で確かにベッドがあったことを確認した俺は、ドアを閉め、
その場に膝を着いて蹲った。
「か──はぁ……」
小さく深呼吸。しかし次第と込み上げて来る不安。それを体現するかのように己の身に起きる震え。焼ける様な喉の渇き。有象無象関係無く歪む世界。
「ぐあ……」
仰向けになり、黒い天井を見上げる。夜の冷たさは火照りすぎた身体を冷やすのに丁度いい塩梅だというが、どうやらそれは俺には通用しないみたいだ。
「アルコール漬けの、代償…………か」
視界で歪む天井を見つめながら俺は掠れた声で呟く。
──依存症。
確かにアリスはそう言っていた。そして正解。
覆しようのない推理で、覆しようのない正解だった。
医者に診断して貰ったわけではないのだが、ここずっと長い間は昼夜問わず酒ばかり呑んでいた。
そんな調子で過ごしていたのだからアルコール依存症になるのは至極当然で、俺はそれしか呑めなかった。
……そうやって浸ることでしか、アレを忘れることが出来るのだから。
……そうやってのめり込むことでしか、俺は自分を許せなくっていた。
「……う」
頭の中でぐわんぐわんと鐘が鳴りこだまし、俺はそれに吐き気を覚えた。それでも何とか意識を保ち、這いずりながらなんとかベッドまで漕ぎ着く。
「はぁ……」
ベッドに横たわり、毛布の中に潜り込む。そうして暫くしていると幾許か頭痛が和らいできた。酒を浴びるように呑むようになってから突発的な起きるようになったとはいえ、あまり慣れないものだ。
「────」
歪んだ視界で薄暗い部屋の中を一望したが、室内にはこれといった家財道具は置いておらず、少しばかり埃が積もっており、俺が這いつくばった所為で少しばかり埃が舞っていた。
窓から溢れる月光に反射して照らされた埃はどこか幻想的で、水中の中の微生物達の様。
そんな生物たちに感情はあるのだろうか? ──と思っていると、ふとアリスの姿が思い浮かぶ。
彼女は俺が我慢していたのを見透かしていたようだが、その事に関しては追及してこなかった。性格からして、他人にはあまり干渉しない性質なのだろう。
しかし、世話焼きの部分も見受けられた。じゃなかったら今頃俺は外で倒れたままでいたに違いない。案外冷たい振りして気遣いする性格なのだろう。
……だが、
「…………だが、アリスの容姿はまるで……」
人形のようだ……と呟いた所で、俺の意識は反転し、いつしか暗闇へと沈んでいった──。