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幕間/吸血鬼の洞察

 速い────が、追いつけない程ではない。

 

 遅い────が、追いかける程ではない。

 

 遠い────が、届かない程ではない。

 

 近い────が、手を伸ばす程ではない。

 

 

 

 

 私の五指は手を伸ばせばありとあらゆる物を掴める。たとえどんな距離であろうと、能力を使えばあっという間。

 

 だけどこの強大な能力には欠点がある。その力を使うと掴んだモノが手にした途端、いとも簡単に壊れてしまう事だ。比喩にすれば滅茶苦茶にぼろぼろにぐちゃぐちゃにどろどろに……、下手に力加減を間違えれば跡形も残さない。

 

 でも近年では力加減も上手く調整できるようになった……と思う。最初は食器を掴むのさえ困難で、能力が私の無意識下で勝手に作用した所為でそうそう持つことも叶わなかった。

 

 ──が、食器を使わないとご飯をきちんと食べられない手前、なんとか食器を壊さずにご飯を手掴みではなくフォークとスプーンで食べられるようになったのは今では良い思い出。

 

 そして今ではおもちゃの扱いに悩んでたりする。主に頭を抱えているのは、ぬいぐるみは“目”が多すぎてちょっと触れただけでいとも容易く崩れてしまう事だ。

 

 ぬいぐるみはまだいい。触れると綿や縫い糸といった類の繊維しか飛び出さないから、散らばっても片付けるのは至極簡単。……しかし人間だと話は別、だって綿の代わりに赤くてぐちゃぐちゃな物体やら液体が一気に噴き出すのだから。

 

 遊戯目的に生き物を対象にして能力を行使すれば、片付けるのは大変だ。血の他に臓腑や体液が攪拌されたかの如くばらばらになって飛散し、その芳香は甘美ではあるものの床や壁に張り付いたら頑固にもこびり付くので早急に掃除しないといけない。

 

 ともあれ手間を考えてみると無機物はともかく、有機物にはメリットが全くない能力だ。

 

 ──だけど、食事時だとかなり便利な能力ではある。なんせ加工する手間が大いに省けるからだ。──尤も、挽肉を材料にした料理限定ではあるが。

 

 しかし今、眼前の数十歩先を必死な様子で走っている彼──おぎなりは生憎私のご飯ではないので流石に能力を使うのは躊躇われる。

 

 だが鬼ごっこの名目のついでに観察してみてわかったのだが、意外とおぎなりは足が速い。なのでいっそのこと能力で掴まえるべきかという思いに駆られる。

 

 

「────」

 

 

 無意識に、いつもの癖でおぎなりの背中目掛けて手をかざし…………、やっぱり止める。

 

 仮に能力を行使なんてしたら咲夜はともかく、おぎなりを招いたアイツが間違いなく彼に能力を使った事に対して何らかの文句をこぼすことだろう。

 

 だから極力使わないに越さないが、既に彼がいた部屋のドアとベッドを能力で壊している為、最早叱られるのは免れまいかも。

 

 でもおぎなりは人間にしては結構すばしっこいから…………足だけなら……?

 

 

「冷たっ!?」

 

 

 顔に吹き付けた冷風に思考を遮られ、その冷たさに思わず小さな悲鳴を漏らす。

 

 

「むぅ……」

 

 

 顔に自慢の金紗の髪の毛が張り付いたので手で除ける。……それにしたって、さっきからおぎなりの傍に飛んでるお人形さんが、目に入る廊下の窓をひたすら開け続けてるのが気になる。

 

 憶測で考えてはみるが、お人形さんが自らの意思で廊下の窓を開けているとは思えず、あのお人形さんは恐らくおぎなりの指示で動いている可能性が高い。

 

 おぎなりと、あのお人形さんのあの動作からして、露骨にも何かを企んでるってのはわかるんだけど……、その真意が全く読めない。

 

 そうとなれば理解及び防ぐのは諦め、その魂胆が示す結果が訪れるのを煩わしくも静観して待つしかないか。

 

 だから彼の行動を敬していっその事、ヒゲもじゃ髪もじゃのお世辞上手な紳士おぎなりではなくて、狡猾なヒゲもじゃ髪もじゃのお世辞上手な紳士おぎなり──とでも呼ぼう。

 

 

「……う~ん?」

 

 

 …………長いや。やっぱりもじゃもじゃ夫の方がしっくりしてて、呼びやすいかも?

 

 

「……さっきから何をしてるかわからないけど、無駄な足掻きよっ!」

 

 

 一向に捕まらず、逃げ続けるおぎなりと理解し難いお人形さんの行動が全く読めないという苛立ちが募り、思わず手の平を翳して光弾を放つ。

 

 すると自然な現象の如く音も無く、見慣れた多彩な光弾が私の手から現れて眼前の遥か先を駆けるおぎなり目掛けて一気に飛翔する。

 

 

「──とっ!?」

 

 

 ────が、どうやって察知したのやら、おぎなりは斜めにジャンプして光弾を回避。そして誰もいなくなった空間に私が放った光弾は着弾、爆竹よろしくけたたましい音を鳴り響かせて床に幾つもの穴を穿つ。

 

 

「あーもう! また避けーらーれーたー!」

 

 

 思わず地団太を踏んで、大きく叫ぶ。さっきから光弾を放ってはいるものの、おぎなりはそれをことごとく躱しているのでどうにも調子が狂う。

 

 もしや頭の後ろには、もう1つ目でもついてるんじゃないかな……。

 

 

「むむっ?」

 

 

 …………あれ、そうなるとおぎなりって妖怪? でも雰囲気からして妖怪って気配じゃなかったし……。……でも、人間にしては随分ヒゲもじゃ髪もじゃ……。

 

 

「──っ! よし──っ!」

 

 

 本来の色調は何処やら、月光に照らされた廊下の色調は暗く、蒼白い。その融和は如何なる陽の光であろうとも、この陰鬱とも言える色調は限られた時間でしか放たれない陰の光だからこそ成せる彩り。

 

 それでも屋敷の内装色も負けずにと、融和を許さず我が色彩を強調する紅と掛け合わったことで巧妙な彩色豊かな仄暗い廊下の先、おぎなりの声に釣られてその先に目を向けてみれば、私の視界に映ったのはおぎなりとお人形さんの後ろ姿と、その先の曲がり角。

 

 そしておぎなりとお人形さんはいつの間にかそこへと到達して、何かを見つけた歓喜にも似た言葉を上げると共に一気に曲がり角の向こうへ姿を消す。

 

 

「あ、いけない……」

 

 

 ここだけの話、これは私が勝手に設けたのだが、鬼ごっこをしようと決断した際少し位力を抑制した方が一層楽しめるハンディキャップを判断したのだが……、どうやら私が甘かったようだ。

 

 ハンディキャップを内緒で設けておいて、失態ともいえる最大の誤りはおぎなりの動きが意外と俊敏だということだ。大抵の人間は地に足を着いて走行しても、吸血鬼の観点からすれば鈍重……という印象。

 

 第一この土地の人の多くが通常に……例外を除いて……足を使わずに空を飛んでる所為もあるから、自分の足で走って逃げる人なんて珍しいんじゃないだろうか。

 

 だから逃げるのなら飛べばいいのに、おぎなりの様子からして浮かんで逃げるという素振りが全く窺えないのがさっきから不思議で仕方がない。

 

 

「むむ……」

 

 

 ──まあ、それは後々理由を考える事にしておいて、ちょっと急ぎ足。その際スカートが風で翻ってふわりと持ち上がったが、気にせず曲がり角に向かう。

 

 体重が軽い所為でちょっと身体がよろめくも無事に曲がり角に到着。おぎなりが飛行してない以上、少しだけ距離を開かれてたとしても造作もないのだが──

 

 

「────え?」

 

 

 曲がり角の先に広がっていた光景を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 曲がり角の先、外側の窓が2つ3つ……、大きく開いてる。これは紛れも無くお人形さんによる仕業だろう。しかし私が声を上げたのはこの程度ならまだしも、他には階上と階下へ向かえる階段、1つや2つじゃない部屋のドアが沢山あることが一因。

 

 これらは紅魔館の構造の仕様上と割り切れば悩むまでもない。ただ、その構造の所為でおぎなりとお人形さんの姿は廊下と階段の何処にも見当たらず、忽然と消えているときた。

 

 

「やられた……」

 

 

 露骨に顔をしかめ、即座に嗅覚を働かせるが鼻が捉えるのは雨露に濡れた緑葉の匂いと、風の冷気のみ。

 

 窓からは冷風が絶え間なく吹き込み、紅魔館内に勢い良く吹き込んでくる。────その所為で見失った際の捜索手段の1つである、彼の身体から漂っていた独特の匂いが風に攪拌されて全く分からない。

 

 また廊下に吹き込んでくる風向きも悪く、集中力を高めても結果は同じ。これでは嗅覚は全く役に立たない。ならばと足跡を探る為聴覚を研ぎ澄ませてはみるものの、これも強い風音で遮られる。

 

 

「……! あ~……そういうこと、ね……」

 

 

 疑問の蟠りは一瞬にして氷解し、瞬時に悟った。

 

 彼──、おぎなりは自分の匂いに気付いたのだ。だから姿を消しても匂いで追跡されるのを悟って、唯一彼の形跡である匂いを消す為の手段としてあのお人形さんに窓を沢山開けさせて、廊下内に外気……風を流入させるこによって匂いを揉み消したのだ。

 

 

「もしかして匂いに……? だとすれば、おぎなりって結構記憶力あるかも」

 

 

 苛立ちがちょっと募るも、窓から服冷風で即刻頭が冷やされたので、すぐに意識は平静を取り戻す。思えばこれは私の浅はかさが招いた結果故、怒りの矛先を自分自身に向けても仕方がない。

 

 上の階のおぎなりのいた部屋の前、邂逅時にさり気無く振った──会話はともかく──、鼻を鳴らした仕草が正にこの場面で失態の一因になるとは予想外。あの時おぎなりの身体から特有の匂いがしたから、思わず嗅いだのは迂闊だったか。

 

 同様にさり気無いその仕草に気付き、こうして窓をお人形さんに開けさせたおぎなりも意外に目聡いと評価を見直すべきだが、その反面、この失態は絶対に見失わないと私自身が招いた慢心の結果を余す事無く露呈している。

 

 しかし失敗を反芻して悔いても、時間は無情にも流水の如く自然と流れ続け、如何なる障害によってでさえも堰き止まることさえ無い。

 

 時間は一定の事柄を除けば循環しており、その条理に限定制限付きの制約があっても便乗している以上、自身の意思から導く判断は生涯に於いてどんな些末なものなれど航路の一部。

 

 今もこうして廊下に佇立して彼等を追わず私自身の浅慮さを自省する間にも時は経過し、差はあれど距離を開く時間を与えているだけ。なので今為すべき最優先事項は、おぎなりとお人形さんの行方を探る事。反省会は後回し。

 

 

「でもでも……どっちかしら」

 

 

 頭を振って開き直り、窓と階段、そして客室私室を兼ねた部屋のドアに目を配り、それぞれに用意された道程からして彼等との接触確率は…………4分の1ってとこかな?

 

 窓の外から逃げてたと予想して、そのまま窓から一直線に飛び出して彼がこの階に残っていたらその間に無様にも逃げる時間を与えてしまう他、アイツの説教は間違いない。

 

 ならばと外ではなく内部をと、この階の部屋をしらみつぶしに探してもその間に階段か窓から逃げられるかもしれず、また階段も昇降のいずれかを進んでも部屋に隠れ潜んでいたら私がこの階から姿を消した瞬間、窓かもう一方の階段で逃げられる。

 

 ──結局、下手に進むべき選択肢を誤まれば、おぎなりとお人形さんに悠々と逃走する猶予を与えかねない。

 

 

「むむぅ……」

 

 

 頬を膨らませ、思わず憮然。姿をくらまして、唯一の追跡手段となる嗅覚と聴覚が封じられてる以外の手段を講じるとすれば……気配辺り?

 

 でも私にはそんな能力備わってるわけでもないし、あの紅白曰く“勘”で2人を追うにも限度がある。第一、この紅魔館には妖精メイドが沢山いるので気配を捕捉しても人違いしちゃう可能性が否めない。

 

 

「ならば──」

 

 

 いっその事、『アレ』を使って4人に分かれるべきか……と、私はスカートのポケットに手を這わす。

 

 選択肢が4つに分類されている以上、分かれていても意識の共有も出来る『アレ』の行使こそが状況判断からして一番無難な選択か。……しかし、これはしかるべきルールに基づいての前提の行使の為、流石に鬼ごっこ如きで使うべき代物ではない。

 

 よってこの方法は却下。それに、決まった規定に基づいての遊びに別の遊びを流入、流用するのは流石に大人気ない。

 

 

「でも……どっちに行こうかな……?」

 

 

 スカートの伸ばした手を引っ込めて、その指をこめかみに添えて思案。窓の外……庭先を探るか、部屋を1つずつ確認するか、上の階、下の階にどちらに向かうべきか……。


 この階はおぎなりとお人形さんの手によって大半の窓が開けられて、嗅覚が全く利かない。ならばそれ以外の窓が少なく、この廊下より閉塞感が強い構造の階上と階下ならばおぎなりから漂う、あの香りを辿れば見つけられる確率は高い。

 

 ──絶対に、見つけられる。吸血鬼の嗜好たるあの匂いを、いつまでも、ずっと、漂わせている限り……ね。

 

 

「だとすれば…………、取り敢えず上の階かな?」

 

 

 思案は脳裏で瞬時に構築され、一縷の望みにも近い希望的観測じみた選択を口にした後、頭を上げて上へと続く階段を見上げる。理由は明白、窓の数がこの階より圧倒的に少ないことと、彼に用意された部屋があるからだ。

 

 後は前述した通り、窓がこの階より圧倒的に少ないので香りの密度が濃くなりがちなので、簡単に位置を割り出せるかもしれないというのが最大の理由。

 

 それでも発見出来る確率は正直低いかもしれない。──が、夜は長く、そしてまだ序の口の時間帯。眩しくて忌々しいお日様が地上を照らすまでの間、漠然とした猶予がまだまだある。

 

 故に時間制限と、私が内心で設けたハンディキャップを除けば制限自体が提示されてないのだ。おぎなりも、私も────。

 

 なので上の階を捜索してもおぎなりが見つからなかった場合、夜が明けるまで彼の部屋でこっそり待ち伏せるのも有りかな──と、私は階上に向かうのだった。

 

 

「────」

 

 

 自然と、唇の端を吊り上げた冷笑の表情を浮かべて。

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