幕間/吸血鬼と使用人
諸々の雑務を終え、手が空くと私はとある部屋の前に止まり、ドアをノックする。
「入りなさい」
部屋の中から届いた了承の声を聞き、「失礼します」と言葉を掛けてドアを外側に向けて押す。開いたドアを潜った薄暗い、広い室内では我が主レミリア・スカーレットお嬢様が薄桃色のネグリジェに着替えた姿で身に余る大きなベッドに横たわり、天井を凝視していた。
お嬢様は夜行性の妖怪であって吸血鬼、流石に日中活動するのが堪えたのだろう、気怠そうに私の姿を認め、口元を手で覆って小さく欠伸。その相変わらずな様子を見て私は胸を撫で下ろす。
珍しく日中に起きていると不思議に思っていると一言、「出掛けてくる」と言って、雨が上がった後に帰ってきた際、日傘を無くしたと聞いた時は表面には露わにはしなかったが狼狽させられ、日光で肌が火傷のように負ってないか手を取ろうとしたが、荻成様が用意してくださったという傘のお蔭で肌に異常は見当たらず、私にいつもの姿を見せつける。
私としては日中に出掛ける際は、あまり平然と歩き回らないで欲しいものなのだが、メイドであるという立場的な手前、主に意見を進言するなんてのは差し出がましいかもしれない。
「お客様を案内しました」
「ご苦労様」
床に脱ぎ捨てられた衣服を拾いつつ、荻成様の案内を終えたと報告。その脳裏では、また脱ぎ散らかしたままにしていると内心で嘆息。
「──で、どうだった?」
「どうだった……とは?」
「レイ」
「レイ……? ……ああ、荻成様のことですね」
唐突な問いに首を傾げ、誰の事を指しているのか理解できなかったが、それは先程案内した荻成怜治様の事だというのに長い時間は掛からなかった。
確か荻成様の名前は怜治で、その頭部分だけを発音するとレイだ。恐らくなのだがレイというのは呼び名はあだ名なのか通称なのか、はたまた愛称なのだろう。
初めて会って短く自己紹介した際、私が先に名前を呼んだので彼が名乗る事はなかった。そのレイとやらの呼び名は彼が自ら望んで呼ばして呼称しているのか、それともお嬢様自身が彼自身に確認してそう呼んでいるのか。
「それで咲夜、アナタはあの男をどう見た?」
「荻成様ですか? そうですね……」
荻成様の印象をお嬢様に問われると、私は窓ガラス代わりに張られた自身の背丈より数倍も高い、ステンドグラスから差し込む日光に視線を向ける。
ステンドグラスから差し込む光は室内をうっすらと照らしており、ステンドガラスの模様とその光の相乗効果によって、室内は神秘的な空間を生み出している。
お嬢様は吸血鬼である性質上、太陽の光を苦手としており、はたまた天敵ないし敵愾視されているので、屋内と屋外に限らず暗い場所を好む。
だが読書と屋内で日光浴ならぬ月光浴を楽しむ為にも、最低限明かりを必要とするのだが、窓ガラスでは……屋外とは異なるが……降り注ぐ光が強く、肌が日中の光に当たるとやはり焼けてしまう。
それを何とか解消できないかと私は魔法使いであり、お嬢様のご友人でもあられる方に相談してみたら、その方は指示された材料を私に集めさせて、それにわざわざ1つずつ魔法の術式を編み込ませた後、専門の硝子職人の手によって作られたのがこの特別製のステンドグラスだ。
その方の説明によると、このステンドガラスの大きな特徴は屋外から届いた光を、材料に使われているガラスに籠めた魔法で月の光として紛らわして変換、変化させることによって月光に変化させる……との仕組みらしい。
そのことにより、お嬢様がこのステンドグラス越しに太陽の光を浴びても、ガラスに編み込まれた魔法によって日光が月光に変換されるので、そのまま肌を晒して光を浴びても何ら問題がないという仕様だ。
それでも光を遮るカーテンは必要されるが、その用途は主に睡眠時に於いての光を遮断する時に限定されるだけなので、それを除けば問題はとうに解決されてると過言ではない。
尚、この光を変換する魔法は後に紅魔館の窓ガラス全てにも行使されてるそうだが、その魔法が全ての窓に行使されているか否かの区別がつかないのが欠点だったりする。
「……」
──そろそろ話を戻すとしましょう。
本題は、私から見た荻成様だったか……? ……はて…………荻成様には失礼かもしれませんが、私からの視点で現時点での印象を大まかに言えば……
「第一印象は清潔感の欠けた粗暴な者と思いましたが……、話してみると案外穏やかな方……といった具合ですね」
脱ぎ散らかった服を全て拾い終え、お嬢様の傍に佇立して現時点での荻成様に抱いた感想を述懐。
これは必要最低限言葉を交わした結果による評価に過ぎず、それ以外についての評価を下すにはまだ早急過ぎるし、何より相手はまだ会ったばかりの人物で客人の身。それ以上の詮索は従者としての立場からすれば不躾、礼節に欠く愚行に極まりない行為だ。
「…………ふぅん」
するとレミリアお嬢様はベッド上で仰向きからうつ伏せの体勢に変え、私を紅い瞳で見上げる。私を視野に捉えるその双眸は毎度の事ながら、まるで獲物を吟味する猛獣……吸血鬼なのだが……の姿を彷彿させる。
しかしながら、何故私の言葉にそのような視線を向けるのだろう? 私は私自身なりに現時点での荻成様の印象と評価を、お嬢様の言葉通り口にしただけ。
だというのにお嬢様が私の言葉に返した反応は、倦怠そうな表情と態度と──意思に問いかけるような、鋭い視線。
「……違うとでも?」
長年付き従い、従者として培った経験上、今のお嬢様の反応は否定の態度だということを知らせる。
「……間違ってはいない。ならアイツの動きは?」
「動き、ですか?」
正解だというのに否定の反応。相変わらず要領を得ない態度と、言葉を発するお嬢様。それに対して私は訝しの声を漏らすとお嬢様が口を開く。
「正確に言うと表面には出してなかったが、屋敷の雰囲気に若干怖じ気付いてたな。そしてその感情を誰にも悟られぬよう押し殺して気丈に振る舞って…………ああいう人間の反応はやっぱりいつまで経っても中々面白い。嗚呼、愉快愉快……」
その姿を脳裏に呼び起こしたのか、お嬢様は三日月の形に口を歪めて冷笑を浮かべた。
……そういえば表情は髪の所為であまり窺えなかったが、移動中は言葉を交わす以外はやけに物静かだったのが記憶的かもしれない。それは部屋を案内してたのもあるが、内心、紅魔館に抱いた恐怖心が渦巻いてたとするとお嬢様の言葉にも概ね頷ける。
それに、ここ紅魔館は幻想郷でも尤も危険な場所として認知されているので、荻成様の一挙一動は紅魔館の住人以外からすれば至極尤もな反応と言えよう。
「ふむ……」
「……どうかなされました?」
──しかしながら、お嬢様のそれも正解とは限らない様子らしい。
現にお嬢様の態度がそれで、質問に答えると他の長寿の妖怪と同様に半分正解半分不正解と返し、曖昧的な比喩表現を用いた冗漫的にも冗長的な過程的な説明をした後ようやく結論を述べるような……傍からすれば、くどい言い回しをする──兆候。
そう短く思考を浮かべていると、お嬢様は私の考えた通り言葉を続ける。
「……あれはね、羊になりたがってる」
「羊?」
「そ。私の見解からすれば羊になろうとしている狼。私にはそう見える」
「はあ……」
羊というからにはあの動物の羊の事だろう。
「……」
脳裏に容姿を描いてみると、外見のあの長い髪とヒゲを見てると確かに羊……いや、山羊にも被って見えるが、はて……あの方は私の現時点での分析、考察及び口調と態度からして温和な性格をしていると見受ける。
──が、お嬢様の発言はどうやら私とは異なる自身の考察からの結論に至っての言葉らしく、それついて反駁するつもりはこれっぽちも無いが……どうも解せない。
私も種族上当然人間だが、人間という生物は馬鹿馬鹿しくもどの種族より優劣に拘るし、個々の能力差、更に自分では到底把握仕切れない程の凶暴な深層心理を持ち合わせている。
だがその凶暴な面も前述した個々の能力差で大きくも小さくも変化するし、生活と教養、環境次第で大抵は抑制する技術も自然と体得……されるそうだ。あくまで見聞の域の話だが。
「…………」
だとしたらお嬢様はそれを見抜いたとでも?
荻成様もとい、荻成怜治という“羊”を装う“狼”を……?
群れた“羊”達に紛れて、淡々と獲物を吟味する“狼”を……?
仲間に見捨てられ、敢えて“羊”として生きようとしている“狼”を……?
「──肉の味を知った獣は、その味を忘れられない」
と、お嬢様は瞼をすぼめて口から除く自らの犬歯を指でなぞり、
「獣は唯一無二の武器である歯牙を欠けば狩りも出来ず、飢えを凌ぐ為に自分の身体を傷付けてまで肉を味わおうとする。何故なら肉の味を占めた獣の殆どはその時点で肉に依存しており、それしか食べれなくなってるからだ。
だけどレイ……荻成怜治はそれをするのも拒絶して、無理強いしてまで羊になろうという羨望と憧憬、理想を抱いた不器用で、哀れで────臆病過ぎる狼よ」
普段の冷淡と威厳を担い、冷徹な“紅魔館の主”レミリア・スカーレットとしての顔ではなく、慈しみに満ちた“1人の少女”レミリア・スカーレットとしての面持ちで、お嬢様は何処となく悲しくて寂しい陰鬱な声音で、そう小さくごちるのだった。
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