01-01/覚醒
「──っ!」
目を見開いて、勢いよく起き上がる。途端、こめかみに鋭い痛みが走る。
「っ!? ……っつう」
痛みは次第に鈍痛へと変わり、鐘のようにごわんごわんと、痛みが頭の中に響いていく。
どうやら呑みすぎたようだ……と顔を顰めて頭を押さえる。その他にも身体の節々が痛んでいるのを痛覚が伝える。
「──…………ふぅ」
深呼吸を2、3回繰り返し、両目を手で圧迫させてこめかみに指を添えてほぐし、曖昧な意識を無理矢理目覚めさせるとようやく意識がはっきりしてきた。
そして今一度夢の中の内容を反芻するが、勢いよく起き上がったので最後まで見ずに起きたようだ。
現に夢の中でドアを開けた所で記憶が途絶えているのがその証拠で、いつもの吐き気も微塵たりとも感じられない。
……あれから随分と時間が経つ。
それなのに傷は癒えるどころか、むしろ悪化している一方だ。或いはメンタル面があの日を境に凍結した、もしくは退化していってる傾向……というのが正しいかもしれん。
理由として考えうるのは俺がその傷に立ち向かわずにただ恐れて、ただ悲愴にくれて、酒という麻薬に逃避しているからだろう。
現実から逃れて快楽に溺れるのなら、麻薬でも有機溶剤でもよかった。しかしそれでは俺が今まで培ってきた経験と術、そして今までの歩みを全てフイにしてしまう恐れがあり、馬鹿馬鹿しくも俺はそれが怖くて実行出来なかった。
だからこそ別の手段として酩酊の最中にたゆたいつつ、常世に彷徨ってるようで現世に意識を保っていられるだろうアルコールを摂取し、自分の戒めとしてあの日の夢を幾度となく見続ける。
飽くこともなく浴びるように呑み、時には記憶がなくなるほど呑んで、感覚も鈍くなりつつあり悪化の一方。普通ならアルコール中毒と診断されてもおかしくはない。だというのに、医者の診察では至って健康という診断結果が言い渡されている。
……まぁその話は昔の話で、俺を診察しただろうその医者はもうとっくに空へとお召しになっていて、今は間違いなく中毒の兆候が見られるが。
頭の痛みもある程度治まり、時間を確認しようとゆっくりと天井を見上げ──
「……?」
疑問が浮かぶ。
自分の部屋の天井は汚れで黄ばんでいて白いはずなのに、視界に広がるのは陽光に照らされてそれよりも清潔な白い天井だった。
もしかして誰かの家に泊まったのだろうかと、記憶を辿るが、人付き合いもご無沙汰な昨今、ここ何年も俺は唯一無二の友人とも会っておらず、近年会っているのは大家と酒屋の店主ぐらいだ。
「しかも……、見覚えがないぞ、この家は」
なにより一番の問題なのは、今いる家の雰囲気にまったく覚えがないことだ。室内にはアルコール臭など微塵も漂っておらず、新鮮な空気が漂っている。
アルコールの摂りすぎで気だるくなって滅多に換気しなくなった俺の部屋とは180度違う。
周りの調度品を見る限りでは、女性のセンスが感じ取れることから、察するに今いるのは女の部屋だということ。
それに床ではなくベッドで寝ていること。
──これ即ち、女の部屋で一泊しちゃった。
「…………」
記憶がないのはアルコールの過剰摂取が原因だろうが、それがどうしてベッドの上で寝ていたのだろうか?
仮説としては呑み過ぎて意識を失い、夢遊病患者さながら外出して道端で倒れ、そこを通りすがりの女性が俺を介抱するために見知らぬ他人である俺を自分の家の自分のベッドに運んで眠らせた……というのが、今考えうる結論なのだが……、
「………………夢遊病の癖はない筈なんだがな」
結局、曖昧になってしまい、やれやれと頭を振ると小さな音を耳が捉えた。
「?」
音がした方向に頭を向けると、そこにはドアがあり、音の正体はどうやら目の前のドアのノブが回った音のようだ。
様子を見に来たか。もしくは、俺が起きたのを察したに違いないだろう。
……さて、向こうから現れるのは俺をわざわざベッドに寝かせて介抱してくれた人物に違いない。
こんな体たらくの愚か者をここまで運んだ物好きはどんな人物なのやら……と、俺は関心を抱いて、向こうから現れる人物を見据えることにした。