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幕間/ワーハクタクと吸血鬼

「それでは行って参ります」

「ああ、丁重に案内してやってくれ」

 

 

 私が頷くと目の前にいる青年は踵を返して走り出した。その姿が小さくなってやがて見なくなると、私は溜まっていた陰鬱な空気を吐き出す。

 

 

「困ったものだ……よりにもよって里の外で騒ぎとは……」

 

 

 それも里の入り口の手前で、だ。

 

 里の中では妖怪は人間を襲わないと誓約はされているが、里の外では襲ってはいけないという誓約は関係なく、外は治外法権よろしく人間が妖怪に襲われるか、退治されるかのどちらか。

 

 その人間に妖怪と同等の力があればいいのだが、圧倒的で不公平過ぎる血生臭い決闘ならぬ血闘をしないためにも設けられたのがスペルカードルールなのだが、今回はそうはいかなかったみたいだ。

 

 

「惨いものだな……」

 

 

 先程私と一緒にいた青年団の男と件の遺体を検分したのだが、今までの見た遺体の仲では酷い破損状態だった。

 

 左腕は残されていたが右腕が歯で食い千切られた痕があり、上半身と下半身が皮1枚でかろうじて繋がっており、その開いた腹部の傷からは掘り返したかのように内臓がはみ出して、その外気に晒された箇所には虫が集まっていた。

 

 両足は膝から下までが失われ、周辺には肉と脂が散らばっていた。おそらく損失している腕の肉と脂も混ざっていることだろう。

 

 身元を調べようにも顔の皮膚は殆どが抉り落とされてたり毟り取られ、眼球は抉られてぽっかりと眼窩が覗き、鼻と唇も鋭利な歯と爪で千切られた痕があり、更に頭髪が皮膚ごと毟られて血で濡れた頭骨が見えるという有様で困難を極め、里の人間達と長く聴取してようやく身元の確認が出来たばかりだ。

 

 人間業とは思えないのでこのような事をしたのは十中八苦妖怪の仕業。妖怪の中には人間を食べるのも少なくはない。

 

 だが私が見た限り、遺体の肉は残っていたし何より遺体自体が残されていた。大半の妖怪は人間を捕まえると食料にしたり保存食にしたりするのだが、私が見た限り遺体はまるで捕食するためのものではなく、破損状態を見る限りでは遊んだ後に崩れた人形の様に見えなくも無い。

 

 

「嬲り殺し……? 妖怪同士のケンカに巻き込まれた? それとも見せしめ? だが何の為に……」

 

 

 今回の遺体は前者と、妖怪同士の殺し合いに近いケンカに巻き込まれた可能性が高いだろう。だが後者にしてみればどうにも捨てがたい考えであり、遺体は里の入り口の目と鼻の先に放置されたいたのだから、否めないのは確かである。

 

 警告だとしたら、何に対しての警告なのだ? さながら中国の諺にある“殺一警百”の如く、1人を無残に殺して残りの100人に警告をしているとでも……?

 

 私としてはもっと穏便に警告して欲しいな……と思っていると、背後に気配を感じられた。

 

 

「久しいなワーハクタク。どうやらお忙しいようだが?」

「……誰かと思えばお前か、吸血鬼」

 

 

 声に反応して振り向くと、そこには日傘を差して私を見上げる紅い吸血鬼の姿。何とも珍しい顔だ。周りに目を配るが周囲には馴染みあるいつもの従者の姿が無く、1人だけときた。

 

 

「……どうしてここにいるんだ?」

 

 

 多少警戒しつつ吸血鬼に訊ねる。そんな私の様子を悟ったのか「そうとがるな」と諌める様な言葉で話す。

 

 

「最近外が騒がしいと私の従者が言っていたから見に来たのよ。……それにしても面白い、性別がわからなくなるまで微塵にされた死人か……」

「……死者を侮蔑しにきたのか?」

 

「いやいや、単に様子見よ。もし遺体が残っていたら腸を持ち帰りたいわ。最近腸詰めを食べたくてね」

「……里に豚のと羊のがあるからそれで我慢しろ」

 

 

 日傘を手でくるくる回し、冷笑を浮かべる吸血鬼。吸血鬼は吸血鬼らしく血だけを吸っていればいいものを。だがこの吸血鬼は容姿が容姿なだけあって性格はおろか、一癖二癖も既存の吸血鬼は異なるから面倒だ。

 

 

「嫌だね。人間は血で我慢しているが、ここのところ良い血に巡り合わなくていっその事人食でも始めようかと思っているの。だから身元が割れないのであればこちらで引き取りたいわね」

 

 

 スペルカードルールのお陰で最近では妖怪も人間を無闇やたらに襲ったりすることが少なくなったので落ち着いてきたのだが、一部には本能のまま人肉を嗜む妖怪、人間を食べた味を忘れられないとの事で迷っている人間を“調理”して食べている美食家気取りの妖怪も少なくない。

 

 私としてはなるべく里の外には出て欲しくないのだが、彼らには彼らの生活がある為、私とて流石に引き止めるわけにはいかなし、妖怪には妖怪なりの生き方もあるのだ。それを歪めてしまえば幻想郷の摂理……自然の摂理そのものを崩壊させてしまうだろう。

 

 

「生憎と引き取り手……家族がいてな、今しがたその案内を頼んだばかりだ」

「あら残念。肉が残っているならついでに焼いてみたかったのに」

 

 

 肩を竦めて落胆する吸血鬼。そんな吸血鬼の姿に私は自分の中で憤った感情が奔ったのがわかった。

 

 

「……私がいる限り里の人間には手を出させんぞ」

「ほう、なら里の“外”の人間ならいいのか? 結構結構、私の館の蓄えが増えるのはこちらとしても嬉しいね」

 

「……」

 

 

 屁理屈かもしれない。だが吸血鬼の言う事は事実。言葉にしてみれば里の外は治外法権さながら。だが最初から幻想郷には治安なんてものはどこにもなく、私や里の連中による警備の者達がしているのは善意と偽善による自分勝手な行動のようなもので、自己満足に等しい。

 

 だから限界がある。外に行くなら自らを守る強い力が必要で、生きるために力を振るう……そんな場所が幻想郷だ。

 

 

「妖怪は人間がいないと生きていけない。人間は妖怪がいないと躾を覚えない。どちらにとっても必要不可欠なのよ」

「躾?」

 

「ああ、妖怪というのは人間の恐怖心や物を敬う思いが具現化したものと言われているからね。人間とて妖怪の正体を知らないなんて事はあるまいに。だが人間は妖怪を害獣みたいな目で見るから尚更、それに危機感を抱いた妖怪が駆除される前に先に人間を“駆除”するのさ。無論妖怪なりのやり方でね」

「……」

 

 

 害をなす前に処分する──屁理屈のようなものかもしれないが、その考えは正しいかもしれない。

 

 人間と人外……妖怪は姿形は異なり、和平はすれど共存したという記録は過去にも現在にも無い。互いが対象に畏怖と畏敬を示し、抑止論を持っており、いつ寝首を刈り取られるのか心配で仕方が無く、互いに神経を磨耗していく内に爆発する。

 

 そして互いの“駆除”が始まり、終わった頃にやったらやられる、やられたらやりかえす……という風にやり取りをしてまた連鎖する。

 

 そんな相容れぬ存在同士の衝突の歴史があるからこそ、幻想郷での里自体の存在は異例中の異例かもしれない。

 

 

「さてそろそろ帰るとするか……と、そうそう不死者に伝えておいてくれ。今度焼き鳥を馳走に行くってな」

「わかった伝えておく。気をつけろよ」

 

「ククク……、アンタが心配するのは私じゃなくて人間だ。妖怪はそう簡単には死なんが、アイツらは非常に脆いからな。せいぜい自己の満足の為に動き回れよ“ワーハクタク”?」

「だったらお前の所の人間もこちらに来れば安全かもしれないな。そうすれば死ぬ確率は下がるだろうし」

 

 

 この吸血鬼に仕える従者は人間だ。故に私も危険過ぎる目の前の吸血鬼の住処にはいつまでもいて欲しくないと思っている。

 

 

「そうかもな。だがアイツは私の下僕よ? 下僕が私の手から離れるのは私が許さない……ではな」

 

 

 と、口元を冷笑に歪めて私の言葉を切り捨てると、背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 日傘をくるくると、くるくると回しながら──。

 

 

 

 

       ◆

 

 

 

 

「……」

 

 

 吸血鬼と別れて家に戻り、明日の寺子屋で何を教えようかと考え、時折遺体の者の家族がそろそろ面会している頃だろう……と色々思いながら空を見上げると、先程とは違って色が薄暗くなっていた。

 

 

「降るな、これは……」

 

 

 龍神の石像の予報通りだ。だがそれが今日のいつ頃降るのかと正確な時間帯がわからないのが難点だが、それでも報せ通りには違いない。

 

 そんな灰色に染まった空の世界を見て私はとても穏やかな気分で、

 

 

「……今日降るのは天が送る亡くなった者への哀れみの涙か……、それとも…………なんだろうな?」

 

 

 雨に対してなのか、自らに対してなのか、問いかける口調で私はそこはかとなく小さく呟いたのだった。

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