03-03/銀の男 Pt. 2
温泉から上がり、濡れた身体を手拭で拭く。拭き終わるとすぐに服を着込み、服装を整えると忘れ物がないかを確認し、置き忘れがない事がわかると靴を履いて小屋を出る。
「傷だらけ……か……」
最近では人と会うこともなかったので他人に傷を見られるのは久しい。それもよりにもよってレノンに見られたのは背中の傷だ。だがよくよく思えば、腹部や胸部の傷を見られるよりかは幾許か良いか。
温泉はいいんだが、やはり公共の場である手前、肌を他人に見せなければならないからな……と、我ながら疲労の影響もあってか、その留意点を失念していた。しかしレノンは会話してみたところ吹聴するような輩ではない筈なので、気に留めておかなくても平気かもしれない。
……ただレノンという男、正直言って信用していいものやらと勘繰ってしまう。俺と会話していたときはずっと同じ表情で話し、声にも感情の起伏が含まれておらず、更には常に微笑を絶やさずにいた……。
また手足の動きも全く見受けられず、俺が温泉から小屋に去るまでずっと左手を俺の目に曝す事は一度も無かった。
挙動が少なかったのは単なる偶然かもしれんが、大抵そういうのは腹黒い奴の特徴でもあるんだが……、それはあくまで小説や映画では必ずと言ってもいい位黒幕と怪しい中立者の特徴。
レノンのように情報を提供してくれる親切な奴は俺みたいな幻想郷を知らない者にとっては重要な存在かもしれない。
が、その反面、今までの人生経験上どうにも不気味な感じがして、そのわだかまりが温泉から上がった今でも拭えずにいた。
だが現段階では有益な情報を提供してくれたことには違いなく、今はそれが事実かどうかを確認し、事実なら信用すればいい。また、幻想郷にいる間に交友が深まればその一抹の不安はきっと払拭出来るだろう。
「……」
現実、何をするにしても今の俺にはそうやって判断するしか行動が出来ないから……。
辿った道を逆に進み神社に通ずる石段の前まで歩いていく。上から俯瞰した時は流石に辟易したが、下から見上げても……やはり辟易。見上げた先には神社の鳥居が見え、俺の瞳にとても小さく映った。
「はぁ……」
肩を竦めて嘆息すると意を決して石段に足を掛ける。そして後は神社まで一直線に登る。
「そういえば黒猫はどこだ……?」
ふと、石段を登っている最中、あの黒猫はどこにいったんだろうと考える。道を歩いている時に周囲を見渡してみたが姿も影も見当たらなかった。神社に戻っているか、或いは自分の住処にでも戻ったんだろう、と結論付ける。
「ふう……」
それと喉が渇いたので水分……特に牛乳、コーヒー牛乳、アルコールが非常に欲しくなった。
温泉や風呂に浸かると汗を掻くので当然、失われた水分を補給したくなるで俺もその例外に漏れず、渇きを潤したい。小屋には冷水が湧いていたが、生水の危険性も否めなかったので口にするのは憚られた。それを除いて飲み物がなかったので神社に戻ったら霊夢に頼んで何か飲ませて貰おう。
──なんて考えている内に全ての石段を登り切り、見慣れた朱色の鳥居の下に佇み、石畳を踏んでいた。
「さて……」
これからどうしたものやらと俺は空を見上げ……
「お、レージ」
──途端、声が聞こえた。
「~♪」
と同時に、胸に柔らかな衝撃。
「ん? ……上海か。それに魔理沙も」
胸元を視線を落とすと、俺の胸には上海がへばり付いて頬擦りしていた。そして視線を前に戻すと社殿から魔理沙がこちらに向かってゆったりとした歩調で歩いてきた。魔理沙の服装は昨日と変わらず白と黒で統一されている。
「おや、なんか霊夢手製の石鹸の香りがする」
魔理沙は俺の前まで近寄ると背伸びをして、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「温泉に行ってきたからな」
「へぇ。霊夢から温泉に向かったってのは訊いたけど、どこの温泉に入ったんだ?」
「階段を降りてすぐの温泉だ。みすぼらしい小屋が建っている所」
説明をすると魔理沙は「あー、あそこね」と小さく頭を揺らす。上海は胸元から俺の肩まで伝って登ると、俺の頭の上に寝転がる。
「…………」
だからなんで登るんだ?
「あそこは霊夢の霊力が籠められた御札が貼ってあるから、妖怪が寄ってきたり空を飛んで襲ってくるなんてこと無いし、寛ぐには良い場所だぜ」
「成る程……ね」
レノンが言っていたのはそういうことか? だとしたら納得出来る。
「そういえば魔理沙、レノンという男を知ってるか?」
ふと魔理沙ならレノンの事を既知ではないかと気になったので訊ねてみる。俺からの印象よりか幻想郷の住人の魔理沙からの印象の方がレノンという人物を把握し易い。
「レノン? …………ああ、いつも笑っている男か。私はちょっとああいう奴は苦手だな……」
「そうか」
魔理沙はレノンとは面識があるみたいだ。しかもよりによって苦手ときた。レノンとは何か厄介な事でも会ったのか、はたまた遭ったのやら。
「ところで何でレノンの事を訊いたんだ?」
「温泉で会った」
「へえ……どこぞのメイド長と違って基本無害な男だから、信用してもいいぞ。けど普段でもあんなんで、尚且つ何考えてるのかよくわからないから得体が知れないぜ」
「はあ……」
やはりというか場所が変わってもああいいう輩の男は害をなさないみたいだ。しかし俺よりはレノンとは長く面識がありそうな魔理沙でも思惑が読めないということは、裏表がないという証でもあるかもしれない。が、レノンという人物に対する謎が深まったというのは間違いない。
「……で、何でここに……?」
と言って俺は頭上を指差す。指しているのは無論俺の頭の上で転がっている上海。昨日はやむを得ず俺と行動する羽目になったが、今日も何故此処にいるのかが気になった。
「上海か? 私が朝起きて神社に行こうかなと外に出たら家の前でうろついてたんだ。きっと私と一緒に神社に行きたかったんだろうから連れてきたけど」
「……そういうことだが、そうなのか上海?」
そんな俺の疑問に魔理沙が答えた。それが確かなのかを確認すべく頭の上に目を向けると上海が飛び降り、俺と魔理沙の間に浮遊すると小さく頷く。
「アリスにも許可を貰ったのか?」
訊ねると上海はこくり、と首肯。そしてその場でくるくる回ると俺の頭の上によじ登って寝そべる。
「……」
だから何でだ。
「許可? 許可ってなんだ?」
「あ? ああ、昨日俺が気付かずにそのまま上海を外に連れ出してしまったんだ」
あー、そういうことか、と魔理沙は納得して頷く。
「ま、ここにいるのもなんだ、縁側に行って霊夢に茶をたかろうぜ」
魔理沙は踵を返し、神社へと歩き出す。その背中を見つめながら俺も魔理沙の後に続く。
「おーい霊夢~、レージが帰ったぜ~」
昨日と同じように社殿に沿って歩いて庭に出ると、そこには縁側で茶を啜って寛ぐ霊夢の姿。その霊夢を視界に認めながら魔理沙は彼女に声を掛ける。
「ん~? ……ああ、お帰りなさい」
「ただいま」
霊夢の傍まで寄ると温泉道具一式を彼女に渡す。霊夢は「ん」とたった一言だけ答えて一式を受け取り、自分の後ろにそれを置く。
「温泉はどうだった?」
「悪くなかった」
話し掛けながら霊夢の隣に腰掛ける。そして霊夢を挟むように魔理沙が反対側に座る。
「そんじゃ今日も茶頼むぜ霊夢」
「自分で淹れなさい」
友人だからといって図々しく魔理沙はそう要求。その魔理沙の言葉を霊夢は軽くあしらい、傍にあった湯飲み茶碗を魔理沙に渡す。一瞥すると茶碗は満たされおり、湯気が立っているから正体は昨日と同じく熱い緑茶。
霊夢は口では嫌そうに言ってはいるが、魔理沙の扱い方には慣れているだろうし、なんだかんだで仲が良いかもしれない。
「アナタのも」
「ありがとう──ん?」
魔理沙に茶碗を渡すと、もう1つ中身が入った茶碗を俺に渡す。だが俺に渡した茶碗の中身は緑茶ではなく、ただの水だった。
「温泉に浸かったばかりだから、冷たいのがご所望かなと思って用意したんだけど」
「充分だ」
俺が戻ってくる前から用意してあったのか、口に含んだ水はぬるく感じた。冷水ではないのは残念だが、喉を潤すには丁度いいし、何より熱くないから気にしなかった。
「さて……」
そして水を飲んだお陰か、身体の熱が徐々に下がってきたのを確認して一呼吸し、靴を脱いで縁側に上がる。
「どうしたの?」
俺の行動に怪訝に首を傾げて訊ねる霊夢。それに俺は荷物を取りに、とだけ答える。俺の荷物──カバン──は寝た座敷に置きっぱなしだったので場所はわかる。
「そう。あ、あと布団はもう畳んだから何もしなくてもいいわ」
「わかった」
その後自分が寝ていた座敷に向かう。……とは言っても霊夢と魔理沙がいる場所からはそう離れていないのですぐにその座敷の前に到着。そして障子が開いたままなのでそのまま座敷内に入り、座敷の隅に畳まれた寝具一式の傍らに置かれたカバンを見つける。
「中は……あっちで開けるか」
置かれているカバンを持ち、座敷を出て縁側に戻る。
「それでパチュリーがさ、本を返して~! ……としがみついてくるんだぜ? どうすればいいと思う? やっぱいつもの方法で吹っ飛ばした方がいいかな?」
「いやいや、それは素直に返してあげなさいよ」
「だけど読みたいんだよなあ……て、帰ってきた」
カバンを持って縁側に戻ってみると魔理沙が足を振りながら霊夢と話していた。話の断片からするに、どうやら身の上話だったようだ。
「続けてていいぞ」
先程と同じく霊夢の隣に腰掛け、カバンを開けて昨日香霖堂で購入して和紙に纏められた包みを取り出す。
和紙の包みをカバンから取り出し、丁寧に包装された包みを解く。解かれた和紙の中には金平糖にネクタイピン、リボン、剃刀、櫛。それらが纏めて1つに包装されているのは今確認した通り、俺が昨日立て替えた金で購入した品物。抜けている物は1つも無い。
「レージ、何だそれ?」
俺が持っている物が気になったのか、魔理沙が俺の手中の物を覗く。霊夢も魔理沙と同じく覗き見る。
「これか? 香霖堂で買ったものだ」
「身を整える物ばかりね」
「……上海が買え買えと迫ったからな……。それ以外は気になったから買ってみただけだ」
「そうなの上海?」
霊夢が俺の頭上に目を向ける。恐らく上海に俺が言った事が事実かどうかなのかを確認するためだろう。その霊夢の問いに答える為に俺の頭上から飛び降りて、霊夢の膝の上に立つと小さく首肯。
「上海にも欲しい物があるなんて意外ね」
上海は俺の手の中から小さな小箱を取る。その中身はネクタイピン。
「そういえば上海、それを欲しがってたみたいだったが……」
俺の問い掛けに上海は大きく頷きその場でくるくると回る。嬉しさを表現しているのだろう。
「……はしゃぎ過ぎて落ちるなよ」
そんな上海の嬉々とした動きを余所目に、包みを横に置いて黒いリボンを手にして伸ばすと長さを測る。
長さは……丁度いい。それを確認してリボンを持って手を頭の後ろに回し、髪を適当な量に束ねて、リボンで纏めて結ぶ。
「……ま、こんなもんか」
縛った髪に触れ、リボンの縛りが強過ぎず、緩くないかを確認。ゴムとは違い締め付けで髪の根元が痛むなんて事はなかったので、このままにしておく。
「へえ……髪で隠れてよく見えなかったけど、アナタって若いのね」
「だな。もっと年取ってるかと思ったぜ」
俺の一挙一動を見ていた霊夢が俺の顔を覗き見、魔理沙も同感だと言わんばかりに頷く。
「そんなに違うか?」
「多少、ね」
確かに今までは髪のせいで他人からの視点ではむさ苦しくて顔を見えなかっただろう。髪を束ねたことで頭を振っても邪魔にはならず、視界も若干広くなった筈。
「……そういえば」
「ん?」
「アナタって何歳?」
「……そういえば教えてなかったな」
はてさて事実を教えるべきなのか、出鱈目に年を誤魔化すべきなのか……。だがここで嘘を教えると後程の行動の際に信用に関わるだろうから……、
「23歳」
と、素直に答えてやった。
「やっぱり見た目が若いからその位だな」
「けど魔理沙、それにしてはどうも若年には見えないわよ?」
「根拠は?」
「妙に考え事をするというか、何ていうのか……私達とは年齢近いのに貫禄があるというか、あまり動じてないようにも見えるし……」
「ほう……」
霊夢は中々聡い。特に洞察力に優れているとみた。……だったら年を明かしてもいいだろう。妖怪や妖精と共存しているんだから、俺の年齢なんて驚く事はないだろうし。
「23歳」
「いや、それは今知った」
「外見はな。実際は…………59だ」
目を背けていつの間にか淹れてあった湯飲みを取り、茶を口に含む。
「とは言っても魔術の恩賞で誤魔化しているだけだがな……」
「魔術?」
付け加えて言って振り向くと霊夢は驚いた素振りがなく平然としている。だが魔理沙は物珍しそうに昨日と同じような「へー」と“観察する”視線を浴びせる。霊夢の膝に立っている上海は驚いているのか、ネクタイピンが入った小箱を掲げたまま俺顔を見上げて固まっていた。そんなに衝撃的だったのか?
「そう、魔術……停滞魔術というものだ」
それこれが俺の数少なく、唯一行使可能な魔術であり茶を飲んでいる今でも行使している魔術の1つ“停滞魔術”だ。効果は至って単純、時間を遅くする効果がある。主な使用用途は肉体の劣化抑制ないし老化の停滞。一言で言えば長寿の魔術と言った方が適切かもしれない。
他にも“遅延魔術”といったのがあるがそれは外傷を負った時の怪我の痛みの緩和、出血量の増減制御をする為の魔術であり、治療魔術に該当するので“停滞魔術”とは異なる。だが治療魔術と魔術の中でも特に敷居が高く、そう簡単には使いこなせないし熟練度と修練が必要であり、俺はそれを学んでないので行使しようにも使えない。
長寿したい人の為の“停滞魔術”……と聞こえはいいが、その“停滞魔術”にも欠点はある。つまり長生きは出来るが不老ではないという事。
加齢による肉体と精神の老化は最小限まで抑えられるが、生体的な関係上細胞や骨組織や神経までは抑えることが出来ない。俺の本来なら伸びない髪が伸び、伸びないヒゲが伸びているのはそういう理由でもある。
その辺りのデメリットは俺自身の修練不足でもあるが、魔術に長けた者ならばそんな些細な問題も微調整、修正することによって解決出来るそうだ。
「怜治さん、アナタ人間よね?」
「そうだが」
「だよなあ? てことはレージは魔法使いか?」
「違う。魔術師だ」
「ふぅん? 魔法使いとは別?」
「似たようなものだが、ちょっと異なるな」
実際のところ魔術師と魔法使いの区分が出来ているのは確かなのだが、いかんせん何処までが『魔術』で、何処までが『魔法』なのかという線引きがされていない。仮に俺が完全な停滞魔術を使えたらそれは人によっては『魔法』と分別されるだろう。
だが停滞魔術は魔術師達にとってはとうの昔に既知の術。故に“停滞魔術”は『魔法』になりそびれた『魔術』に留まる範囲の『奇蹟』。その気になれば誰にでも習得可能な『魔術』。
「けど、なんでそんなのになったんだ?」
「…………約束を果たすためだ」
魔術師になったきっかけはそれだけ、本当にそれだけだ……。俺は約束、目的、願望……を果たす為だけに魔術師になったと言った方が明確かもしれない。人からすれば馬鹿げているだろう。だがそんなものを俺は笑うことが出来ない。
「約束?」
「ああ、約束だ……約束…………」
霊夢に同じ答えを返し、目を瞑る。するとそこには懐かしきあの時の光景。
自分にとって、荻成怜治にとって生まれて初めて『人間』を感じたあの日が……荻成怜治を『人間』と気付かせてくれたあの日を──。
「…………」
しかしその願いは果たすことは出来ず、叶う事がなかった……。何故なら俺自身が自分の手で消してしまったから……。
それは一言で事故で済ませるには非道過ぎるし、酷すぎる。
許されない罪。誰もが背負う生の中で一番重いだろう業。それは俺の背中に重く……重く圧し掛かる……。
それを認識し、改めて再認識を繰り返す度、俺は俺自身の影に首を絞められる思いに掻き立てられる。
その影は自身の心の闇でもあり、もう1人の自分の姿であり、『荻成怜治』の否定を肯定する『荻成怜治』。
それが囁けば囁く程、苦しく追い詰められた俺が招いたその罪は、死で詫びて贖罪するしか残されていない。
だというのに──
「何で生きているのやら……」
「……レージ?」
漏らした小さな呟きに魔理沙が反応する。俺は何でもない、と頭を振る。しかしいつまでも見て見ぬ振りをして酒で誤魔化し続けられるのだろうか? と思えば思うほど、いつまでもそれは続き、螺旋のように交差してまた繰り返される。
「えーと、これからどうする?」
「私はちょっと出掛けるぜ」
「魔理沙には訊いてないわよ。でも出掛けるって……ああ、あそこね」
魔理沙が出掛ける場所に覚えがあるのか、霊夢はそう言って頷く。
「アンタもいい加減本返したら? ただでさえ物が溢れかえってるというのにまだ盗むつもり?」
「盗むんじゃないぜ、死ぬまで借りてくだけだ」
「……」
それ窃盗だろう。だが魔理沙が出掛けるというのなら……、
「俺も一緒にいいか? 香霖堂の店主とアリスにも事情を説明しないといけないからな……」
「いいけど。そこまでするのは細かいな」
「短い間とはいえ面識があるからな」
俺としてはこのまま神社に逗留したり探索をしたいのだが、森近は俺があのまま帰ったと思っているだろうし、アリスには上海を送り届けて昨日の紫の話をせねばならないのでそうなるのは経緯上、至極当然になってしまう。
「行くなら気をつけてね。どうにも雲行きが怪しくなってるみたいだし」
「……? 本当だ」
茶を啜る霊夢に言われて空を見上げてみると、確かに先程まで青かった空がどんよりとした灰色の雲で隠され、空気まで冷え込んでいた事に今更気付く。
森近と上海……アリスと事情はさまざまだがこちらの今後について2人に相談して、長引いて天候によってはどちらかの家で雨宿りをさせてもらって泊めてもらうしかない。
「この天気じゃもう少ししたら降るな。」
「今から降るみたいね。洗濯物しまわないと」
「手伝うか?」
「必要ないわ。……それとも怜治さん、女性の洗濯物を触りたいのかしら」
「……すまん」
半目で俺を睨む霊夢。それを察して気まずいと感じた俺は即座に頭を下げて謝った。我ながら女性のデリカシーに失念した事を言ってしまった。
「降り出す前にさっさと行くか。じゃあレージ行こうぜ」
「あ……ああ」
既に庭に立っていた魔理沙に促されると、俺は品を包み戻してカバンの中に放り込んで担ぐと、靴を履いて魔理沙の元へ歩く。
「何か困ったらまたいらっしゃい。その際お茶に合うお菓子と、信仰心のあるお賽銭も一緒にね」
「……」
後ろから霊夢が言葉を投げ掛ける。俺は霊夢の要求に返事を返すのを一瞬躊躇ったが、ひとまず後ろ手に手を振って返事を返す。
毎度訪問する度に菓子の準備と、賽銭をせねばならぬのは正直勘弁してもらいたい。
「~♪」
俺が歩き出すと上海が俺の前に飛んで並ぶようにして浮かぶ。そして持っている小箱を俺に渡す。
「ん? ああ、持ってて欲しいのか」
訊ねると上海は頷き、俺の胸元に捕まる。恐らく昨日のように俺を落ち着かる為にそこにしがみ付いたのだろう。何とも心強い。
昨日と同じ要領で魔理沙は箒に跨り、俺もその後ろに乗って箒の柄を握る。
「魔法の森近くでいいか? 私の用事がある場所からだと、そこからが近いんだ」
「構わない」
「なら行くぜ」
言い、魔理沙は何も告げずに浮かんだ。
「──あ」
飛ぶ前に魔理沙に昨日と同様にゆっくり飛んでくれと告げようとしたが、浮き上がった瞬間、あまりの急上昇に口を閉ざし、目が眩んで意識が白く遠のいた。
「ッ!? ~ッ!? ~ッ!?」
「……………………はっ!?」
そのまま滑り落ちそうになったが、俺の様子を察した上海が俺の胸を揺すり叩いて意識を起こしてくれたので、寸での所で柄を握り返して落ちずに済んだ。
「あ、ありがとう上海……」
「~♪」
噴き出た冷たい汗が額や頬に伝い、それを拭うのを我慢して礼を告げると、上海は当然のことをしただけ、と言わんばかりに手を振る。
「何してんだ?」
「いや、何でもない……何でも」
「はあ……?」
俺と上海が背後で何をしてるのか気になったのか、魔理沙が振り返るが俺は何でもないとだけ答える。飛んでるなら前を向け、と言いたいが今は浮遊状態で飛行状態ではないので危険性が無いのでそう言えない。
だがそれでも高い場所にいることには変わりがないので高い所が苦手な俺には少し辛く、柄を握る手に更に力が加わるのがわかった。
「早くしないと雨降るんだろう? 早く向かおう」
「おっと、そうだった。しっかり掴まってな、ちょっとばかし飛ばすから」
「…………」
かくして箒に乗った魔理沙と、その後ろで柄を握り憂鬱に顔を伏せた俺とその胸元にしがみ付いている上海は、身体が吹き飛んじゃないかと言う速度で魔法の森近くまで飛んでいったのだった。
「あ……」
「ッ!? ──ッ!? ~ッ!?」
時折、そのあまりにも速過ぎる速度に幾度も気を失いかけたり、その都度上海に「正気を保て!」と、落ちかけていた意識を叩き起こしてもらったりを繰り返しつつ。