■-03/境界の談話
世界は混沌、魑魅魍魎、摩訶不思議、有象無象、森羅万象、動乱、歪曲……。その部分部分を抽出し凝縮した世界が存在するとしたら、正にこの目だらけの世界は前述の世界に該当するだろう。
さながらそこに居るモノは人間という常軌を逸脱した存在なら尚更であり、そこは唯の人が入っては行けない禁断の世界でもあろう。
となると今この世界にいる2つの人影は人間という存在を大きく逸脱した存在であることを証明している。
「……とまあ伝えておいたわよ? といっても詳細は話してないけど」
喋るのは神々しく艶のある金色の髪を揺らす影。淀みなく喋るその姿はどこか余所余所しい感じを伝える。
「────」
そしてもう片方の黒い影は肩を竦める。しかしその声は姿と同じくとても不明瞭。声を伝えるのに必須な空気を振動させるという工程を無視しているような。
「構わない……ねぇ? あれは怒ってたわよ、絶対……」
影の声が伝わったのか、金髪の影はうーんと目を瞑り、瞼の裏にその時の光景を思い出し、一瞬その体躯を震わせた。
あの時、目の前にいた男は間違いなく金髪の影に殺意を持っていた。だが手を出さなかったのは正解だ。男があのまま手を出していたら、勢いがあまって子どもをあやす感覚で逆に殺しかねないと金髪の影は思った。
しかしそれで死んでしまったら仕方ないと思うのも事実。金髪は人間という概念とはかけ外れた存在……■■であり、圧倒的な力の差で死ぬのは至極明白。
だが殺してはいけない。殺したら金髪の影は目の前の影と敵対する事になる。そうなるとどうだろうか? 自分もある程度抵抗して傷を負わせることは不可能ではないが、出来た途端、自分は塵芥1つ残さずに消されるだろう……。
故に目の前の影は金髪の影にとっては忌避するべき存在でもあり、畏怖する存在。
賢者と呼ばれている存在でもある自分が、底知れぬ存在に恐怖を抱いているとは誰に言えようか? ──否、言えまい。
それは金髪の影が一生隠し通さねばならぬ秘密でもあり、禁忌。
「────」
そんな金髪の影の懸念とは別に、黒い影は肩を揺らす。
「運動? ……て、彼は弾幕ごっこも知らないのに?」
金髪の影の反応に影は首肯する。
「無理よ。ただでさえもうあの体たらくでは直ぐに負けちゃうわよ」
まあごっこでなければ、の話だけれど、と金髪の影は腕を組む。それに対するもう片方の影はその金髪の影の言葉に愉快そうに肩を揺らす。
「────」
「いいって……でも、怜治はアナタの■■ではなくて……?」
躊躇いもない、残酷な旋律のような戦慄的な影の言葉に、金色の髪は訝しむ。
「────」
「更正……ねぇ。私の目的とアナタの目的、それを遂行するには確かに必要不可欠。だからって更正手段に生死のやり取りをさせるのは酷なような……」
影の言葉に否定的な意見を述べる。しかし2年間沈んでいたあの男を、短期間で現役時と同様の働きをさせるにはそうせざるを得ないのは事実。だがその更生中に死なせでもしてしまったら、男を預かり、監視している金髪の影に責任が問われるのもまた事実。
故にこれは諸刃の綱渡り。懸念が事実になるのも然りだ。
「……あ。あと、動きは問題ないみたいよ? ただ激しく立ち振る舞うとなると、酷く厳しいかもしれないけどね」
だからこそ金髪の影は慎重に動かざるを得ない。ある程度の助力も貸してやった。その助力の1つが彼の行動力と、アルコールに対して依存症の境界を多少いじって緩和させてやったこと。
とは言ってもこれらは目の前の影に頼まれたことであり、金髪の影が独断で行ったわけではない。
金髪の影は影の提案に従い、男にただそれをしてやっただけ。男は思っていたよりも自分が動き回れることに疑問を抱いていないのは、こちらにとっても好都合だ。
だがそれはあくまで最低限の事。以後は男に任せる。それに気付いた時、男は恨むだろう。しかしそうでもしないと目的を果たせない。恨みを被るのは至極仕方ない。
しかし手中で踊らされてるのは男だけではなく、自分もなのだろうな……と金髪の影は自嘲する。
だが目的は幻想郷に紛れ込んだモグラを狩ることだ。
「……ま、とりあえず報告はこんなものかしら。後訊きたいことは?」
……だったら踊ってあげよう──
「────」
「……そう。ならまたね……」
幻想郷の為ならば、足掻くように踊ってみせよう────。
金髪の影は密かなる決意を心に誓うと影の前に踵を返し、開かれた光の世界に身を躍らせて目の世界を去った。
◆
「……」
そして以前のように影は世界に残された。影は何も言わず、悠然とその場に佇み、空を見上げる。だが見上げても映るのは蒼天の青空でも雲でもなく、薄気味悪い目しかない。
だが……
「────」
どこか悲しげな音が影から発せられると、影は忽然とその姿から消した。何の予告も無く、何の動きも無く、何の宣言も無く。
ただ残ったのは、悲しげな音の残響音であり、それを聞いたモノは誰1人としていない──。
だがそれでも怪奇の目の世界は動き続ける。
人々の闇と心理を糧に、更なる拡大と肥大をして────。