■-01/追憶 - 其の壱
かくして彼は、日々あの光景にうなされる。
真っ暗な世界に突如として一筋の光が差し込み、一瞬にして世界の色を黒から白へと反転させる。そして虚空からぼやけた様々な造形の輪郭が浮かび上がり、徐々に世界を構築していく。
今さっきまで闇の中に紛れ、光に照らされたその景色を見て、俺は大きく悪態ついた。
またこれか……、と。
今起きている事は全て夢だ。何度も何度も幾度となく繰り返された夢の世界と、その終始。半ば強引に意識を起こせばこの夢を遮断することは可能だが、これは自分に課せられた罪と罰と枷。
目を瞑る事も抗う事も逃げることも赦されない。このまま夢を受け入れ、傍観──見続けることに徹するしかない。
夢の世界を享受してふと空を見上げると、空の世界はお日様照らす明るい世界ではなく、ここより彼方の遠い場所で輝いている幾千もの星達が照らしている夜の世界。
俺の口から白い吐息が溢れ、瞬く間に空へと昇り、霧散して失せる。この考察からして、時期的に今見ている夢は冬の出来事だというのが窺える。そしてこの日の日付を今でも明瞭に記憶しているのは間違いない。
星の観賞にそろそろ飽きが見え始めた頃、顔を空から地上へ戻すと足は前方へと歩いていく。その先には真っ赤なロングコートを羽織った黒髪の男が佇んでおり、その背後には寂れた小さな倉庫が見えた。
眼前の倉庫はある企業の系統に組する運送会社が以前所有していた倉庫なのだが、今では経営悪化の為縮小されて手放された倉庫で、中からは明かりなどの光がこれっぽっちも窺えず、それどころか人気が全く感じられない。
それもその筈、俺と真っ赤な男がいま倉庫前にいる時間帯は昔で言うならば寅の刻──大体午前3時帯の辺り。
良い子はすっかりお休みの時間。悪い子は今から朝まではしゃいで暴れる時間帯。人口比率が昼夜逆転しているのだから、人がおらず閑散としているのは至極当然。
こうしてみると夜は魔境。明かりさえも皆目見当たらず、ただ静寂と静謐と閑散とした空気が日中と逆転しての例えはさしあたってそんなところだろう。
しかし夜の照明である月は数少ない一縷の陰の光。例え太陽に照らされるのを許されない者達にも平等に光を与えてくれる。
太陽と月の光を浴びてる者もどちらに分類されるのか? それは該当者として俺のような物が当て嵌まる訳だが、果たして……。
俺の身体が真っ赤な男の横で立ち止まる。そして俺の口が真っ赤な男と言葉を交わす。
「……に俺が……」
「わかった。あと──」
短い会話が交わされるが……果たして、何度同じ会話を繰り返しただろう? と俺は内心嘆息する。
過去となり、未来の時間に位置する今では会話の内容は最早色褪せてしまっている。
それにこの出来事は既に過去の瑣事。いつまで覚えていても得な事などない。
──なのに、俺はいつまでも覚えている。
これから起きる自身の悲愴と、
後悔と、
感覚と、
罪と、罰を…………。
◆
しばらくして会話が打ち切られると、真っ赤な男と彼は倉庫の側面の脇道へ静かに回り込む。
この時真っ赤な男の手には目を瞠ってしまうほどに美しい彫刻が銃身に彫られた、白銀の回転式拳銃が握られており、片や、俺の手には似たような彫刻が銃身に施された美麗な、同じ種類の拳銃が握られていた。
派手な装飾が施された銃というのは大抵が個人の趣味として扱われ、実戦では個人の士気高揚に繋がる以外戦略的効果も持ち合わせていないのも確かだ。
しかし2人が持つ銃は特別に拵えた銃であり、護符の効果も施されている優れものであり、その装飾は無意味ではない。
寒天の夜空の下、真っ赤な男を先頭に2人は狭い脇道を進む。
互いに周囲を警戒し、寒さで冷える身体を温めほぐすかのように進んだ道の先には一つのドアがあった。
それは倉庫内へと繋がる、災害時に使う非常用のドア。ここに来る前に確認した地図に記されてあった通り、そのドアは眼前の位置に鎮座していた。
長い年月を経たのが明白な程汚れているが、一目で判断出来る。同様に、錆で汚れ、年月で劣化した古めかしいドアが本来の用途として使用できるかどうかも判断しかねる。
「……」
「──」
その前に立ち止まると、男と俺は視線を交わして合図を出し合い、壁伝いにドアの脇に身を寄せ、小さく深呼吸をした後、ゆっくりとドアノブを握り、ゆっくりとドアを開いた。
悪夢の根源へと至る道程を────。
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