【第31話】制圧
朝。
コスメプラザ吉祥寺店。
開店一時間前。
すでに——列ができていた。
「マジでここ?」
「昨日のやつ全部集まってるって」
「何時から?」
ざわめきが広がる。
その列は——伸びていく。
曲がり角を越え、さらに。
店内。
相沢葵はその光景を見ていた。
「……やりすぎましたかね」
柚留は首を横に振る。
「いいえ」
「これでいいです」
ナポレオンが言う。
『違うな』
柚留は心の中で返す。
(え?)
『これで“始まり”だ』
柚留は息を吐く。
(始まり……)
ナポレオンは続ける。
『戦場を選んだ』
『ならば——支配しろ』
そのとき。
店員が慌てて駆け寄る。
「鈴木さん!」
「列、100人超えてます!」
葵が目を見開く。
「……そんなに?」
柚留は静かに言った。
「足りませんね」
葵が思わず笑う。
「強気ですね」
柚留は答える。
「いや」
「当然です」
ナポレオンが言う。
『いい』
『言葉が変わってきたな』
シャッターが上がる。
その瞬間——
人が流れ込む。
一気に。
売り場へ。
「どこ!?」
「これだ!」
「あと何個!?」
熱。
圧。
密度。
商品が並べられる。
——そして
消える。
一瞬で。
葵が叫ぶ。
「追加出します!」
柚留が指示を出す。
「奥から全部!」
「はい!」
ナポレオンが言う。
『遅い』
柚留は動く。
自分で箱を開ける。
並べる。
補充する。
(間に合わない——)
『違う』
ナポレオンが言う。
『間に合わせるんだ』
柚留の手が速くなる。
売り場は完全に戦場だった。
客が手を伸ばす。
商品が消える。
棚が空になる。
補充する。
また消える。
——繰り返し。
店員が叫ぶ。
「在庫、残りわずかです!」
葵が振り向く。
「鈴木さん!」
柚留は言った。
「予定通りです」
ナポレオンが笑う。
『いい』
『飢えを制御している』
そのとき。
店の外から声が聞こえる。
「まだ入れないの!?」
「列すごいんだけど!」
外も——崩壊していた。
葵がつぶやく。
「……これ、ニュースになりますよ」
柚留は答える。
「なりますね」
ナポレオンが言う。
『ならば利用しろ』
柚留はスマホを取る。
SNSを開く。
そして投稿する。
「本日分、残りわずか。次回入荷は未定」
——数秒後
通知が爆発する。
「え、急がなきゃ!」
「今向かってる!」
「やばい!」
店内の熱がさらに上がる。
ナポレオンが言う。
『恐怖を混ぜろ』
柚留はつぶやく。
「……なくなるかもしれない」
葵が小さく笑う。
「完全に仕掛けてますね」
柚留は答える。
「戦争ですから」
その瞬間——
最後の商品が手に取られた。
沈黙。
そして——
店員が言う。
「完売です」
一拍。
店内がざわつく。
「え、もう?」
「早すぎ!」
「また来るしかないじゃん!」
葵が息を吐く。
「……終わりましたね」
柚留は首を横に振る。
「いいえ」
外を見る。
まだ列が残っている。
「これで」
「始まりです」
ナポレオンが言う。
『いいぞ』
『完全に支配した』
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その日の昼。
ニュースサイト。
「吉祥寺に行列 “幻のコスメ”が話題」
SNSトレンド入り。
検索急上昇。
完全に——現象になっていた。
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帝都ビューティー 本社。
神崎玲司はその画面を見ていた。
そして——
静かに笑った。
「……やるな」
部下が言う。
「完全に一点突破です」
神崎はうなずく。
「だが」
目が鋭くなる。
「一点なら——潰せる」
部下に指示する。
「吉祥寺」
「徹底的にやれ」
空気が変わる。
帝国が、本気になる。
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店の外。
まだ人がいる。
柚留はそれを見ていた。
ナポレオンが言う。
『覚えておけ』
柚留は答える。
(はい)
『支配とは』
『奪うことではない』
一拍。
『欲しがらせることだ』
柚留は小さく笑った。
「了解です」




