【第30話】数ではない
朝。
ニュースアプリのランキング。
一つの記事が急上昇していた。
「話題のコスメ、都内で品薄状態」
SNSはさらに過熱している。
だが——
その裏で。
帝都ビューティーが動いた。
同日。
都内各店舗。
「え、これ帝都の新商品?」
「安いし、普通にいいじゃん」
「どこでも買えるの助かる」
棚一面。
帝都の商品。
圧倒的な物量。
そして——
供給。
コスメプラザ吉祥寺店。
葵は棚を見つめていた。
「……やられましたね」
柚留も無言だった。
帝都の商品が並んでいる。
似ている。
安い。
そして——
どこでもある。
葵が言う。
「お客様、流れてます」
実際に、そうだった。
「こっちでもいいかな」
「安いし」
「すぐ買えるし」
柚留は拳を握る。
(……当然だ)
(これが普通だ)
ナポレオンが言う。
『そうだ』
柚留は目を閉じる。
(負けたか……)
『違う』
ナポレオンの声が、鋭くなる。
柚留は顔を上げる。
『お前は何を見ている』
柚留は答えられない。
ナポレオンは言う。
『数か?』
『価格か?』
『供給か?』
柚留は黙る。
ナポレオンは一言で切り捨てた。
『愚かだ』
空気が張り詰める。
『戦争とは』
『数ではない』
柚留の心臓が跳ねる。
ナポレオンは続ける。
『“どこで勝つか”だ』
柚留の中で、何かが切り替わる。
(どこで……勝つか)
ナポレオンは言う。
『奴らは“どこでも”勝とうとしている』
『だから——弱い』
柚留の目が変わる。
(……逆だ)
(俺たちは——)
ナポレオンが言う。
『一点に絞れ』
『そして』
『そこを制圧しろ』
柚留は振り向いた。
「相沢さん」
葵が見る。
「はい」
柚留は言った。
「全部捨てます」
「え?」
「広げるの、やめます」
葵は驚く。
「……集中する?」
柚留はうなずく。
「吉祥寺」
「ここを“日本一売れる店”にします」
空気が変わる。
ナポレオンが言う。
『いい』
『戦場を選べ』
柚留は続ける。
「他の店には、出さない」
「全部、ここに集める」
葵の目が揺れる。
「……でも、それだと」
「他の店は?」
柚留は言う。
「捨てます」
静寂。
その決断は——重い。
ナポレオンが言う。
『全てを守ろうとするな』
『守るものを決めろ』
柚留はうなずく。
「ここで勝てば」
「全部ひっくり返せる」
葵は数秒、黙る。
そして——
笑った。
「いいですね」
「やりましょう」
ナポレオンが言う。
『いい女だ』
柚留は小さく笑う。
(ほんとそれ)
柚留は振り返る。
帝都の商品。
整った棚。
安定した供給。
だが——
それは“普通”だ。
柚留はつぶやく。
「普通じゃ勝てない」
ナポレオンが言う。
『当然だ』
柚留は言った。
「異常で勝ちます」
その日の夜。
SNSに投稿が上がる。
「例のやつ、吉祥寺に全部集まってるらしい」
「え、マジ?」
「明日行く」
「絶対行く」
流れが変わる。
一方向へ。
帝都ビューティー 本社。
神崎玲司は画面を見ていた。
そして——
静かに笑う。
「……集中か」
目が細くなる。
「いい判断だ」
そして、言った。
「だが」
部下を見る。
「その一点を」
「潰せば終わりだ」
空気が冷える。
帝国は——まだ余裕だった。
店の外。
夜なのに、人がいる。
柚留はそれを見ていた。
ナポレオンが言う。
『覚えておけ』
柚留は聞く。
『戦争とは』
『全てを取ることではない』
一拍。
『一つを取ることだ』
柚留は小さく笑った。
「了解です」




