【第29話】神速を尊ぶ
朝。
コスメプラザ吉祥寺店の前には——
すでに列ができていた。
「ここで売ってるらしい」
「昨日SNSで見た」
「今日入るって聞いた」
ざわめき。
期待。
熱。
店内。
相沢葵は入口を見つめていた。
「……すごいですね」
柚留は静かにうなずく。
(昨日の投稿でここまで……)
スマホを見る。
通知が止まらない。
「見つけた」
「やっと買えた」
「どこにあるの?」
完全に——
波が来ていた。
ナポレオンが言う。
『違う』
柚留は心の中で返す。
(え?)
『波ではない』
『これは“流れ”だ』
柚留は言葉を失う。
ナポレオンは続ける。
『作った流れは、支配しろ』
そのとき、店員が叫ぶ。
「開店します!」
シャッターが上がる。
同時に——
人がなだれ込む。
「どこ!?」
「これだ!」
「あと何個!?」
一気に売り場が崩れる。
商品が消える。
瞬く間に。
柚留はその光景を見ていた。
(早い……)
(昨日より、さらに)
ナポレオンが低く言う。
『兵は神速を尊ぶ』
柚留はつぶやく。
「……スピード」
『違う』
ナポレオンは言う。
『決断だ』
柚留は息を飲む。
ナポレオンは続ける。
『今だ』
『動け』
柚留は顔を上げた。
「相沢さん」
葵が振り向く。
「はい!」
「他の店、回します」
「え?」
「今、この瞬間に」
葵は一瞬驚き——
すぐに理解する。
「……流れを広げるんですね」
柚留はうなずく。
「はい」
ナポレオンが言う。
『一点に集中した熱は』
『分散させて支配しろ』
柚留はスマホを取る。
電話をかける。
「もしもし、昨日お話しした件なんですが」
「今から商品、持っていきます」
次々に電話。
次々に決断。
その間にも——
商品は消えていく。
店員が叫ぶ。
「完売です!」
一瞬の沈黙。
そして——
歓声と落胆が混ざる。
「え、もう!?」
「早すぎ!」
「また来る!」
葵が息を吐く。
「……すごい」
柚留はつぶやく。
「まだ足りません」
ナポレオンが笑う。
『いいぞ』
『飢えを作れ』
柚留はうなずく。
(供給しすぎない)
(欲しがらせる)
ナポレオンは続ける。
『そして』
『その飢えを——支配しろ』
柚留はスマホを見る。
SNSはさらに加速していた。
「どこにもない!」
「見つけた人すごい」
「次どこ!?」
完全に――
“探す商品”になっていた。
その頃。
帝都ビューティー 本社。
神崎玲司はモニターを見ていた。
SNSの波。
検索数の急上昇。
異常なトレンド。
部下が言う。
「……止まりません」
神崎は静かに言った。
「当然だ」
「これは広告ではない」
「現象だ」
部下が息をのむ。
神崎は続ける。
「面白いな」
「完全に“市場”を作っている」
画面に映る名前。
鈴木柚留。
神崎は小さく笑った。
「いい」
「実にいい」
そして——
つぶやく。
「だが」
目が鋭くなる。
「ここからが本番だ」
店の外。
列はまだ続いていた。
柚留はそれを見ていた。
ナポレオンが言う。
『見たか』
柚留は答える。
(はい)
ナポレオンは静かに言う。
『これが支配だ』
柚留は小さく笑った。
「……楽しいですね」
ナポレオンは言った。
『当然だ』




