【第28話】選ばせるな
コスメプラザ吉祥寺店。
店の奥、バックヤード。
段ボールの山の前で、柚留は腕を組んでいた。
スマホには帝都ビューティーの新商品。
似ている。
そして——
安い。
柚留はつぶやく。
「……普通に考えたら、負けですよね」
ナポレオンは即答した。
『当然だ』
柚留は苦笑する。
(ですよね)
『同じ土俵に立てばな』
柚留は顔を上げる。
(……どういう意味ですか?)
ナポレオンは言う。
『戦争で最も愚かなことは何だ』
柚留は考える。
「……正面から戦うこと?」
『違う』
ナポレオンは言った。
『“選ばせること”だ』
柚留は一瞬、言葉を失う。
(選ばせる……?)
『安いか、高いか』
『似ているか、違うか』
『そんな比較をさせる時点で負けだ』
柚留の頭の中で、何かが繋がる。
(じゃあ……)
(比べさせなければいい?)
ナポレオンが笑う。
『そうだ』
『選択肢を消せ』
柚留はつぶやく。
「でも……どうやって」
ナポレオンは言った。
『価値を変えろ』
柚留は黙る。
(価値……)
ナポレオンは続ける。
『価格ではなく』
『意味で売れ』
柚留の呼吸が変わる。
(意味で……売る)
ナポレオンは言う。
『欲しい理由を作れ』
『そうすれば人は迷わない』
柚留は目を閉じる。
売り場の光景。
客の声。
「SNSで見た」
「やっと買えた」
——理由は、もうあった。
柚留は目を開ける。
「……ストーリー」
ナポレオンが言う。
『それだ』
柚留は立ち上がった。
「相沢さん」
葵が振り向く。
「どうしました?」
柚留は言う。
「売り方、変えます」
葵は首をかしげる。
「売り方?」
柚留は続ける。
「これ、ただの商品じゃないです」
「“見つけた人だけが買える商品”にします」
葵の目が変わる。
「……限定ですか?」
柚留はうなずく。
「ただの限定じゃない」
「“出会えたら買える”です」
ナポレオンが言う。
『いい』
『偶然を作れ』
柚留は続ける。
「入荷は不定期」
「場所も分散」
「SNSで匂わせる」
葵は小さく笑った。
「……探させるんですね」
柚留も笑う。
「はい」
ナポレオンが言う。
『人は“見つけたもの”に価値を感じる』
柚留はうなずく。
「だから」
「比較されない」
葵が言う。
「見つけた時点で、欲しくなってる」
柚留は答える。
「そうです」
そのとき、店員が入ってくる。
「帝都の商品、かなり売れてます」
柚留は一瞬だけ沈黙する。
(やっぱり……)
ナポレオンが言う。
『当然だ』
『だが問題ない』
柚留は小さく笑った。
(ですよね)
ナポレオンは言う。
『奴らは“比較”で売っている』
『お前は“物語”で売れ』
柚留は前を見る。
「やりましょう」
葵がうなずく。
「やりましょう」
ナポレオンが静かに言う。
『戦争とは』
『相手の土俵に立たないことだ』
柚留はつぶやく。
「了解です」
その夜。
SNSに一つの投稿が上がる。
「例のやつ、吉祥寺で見つけた」
写真付き。
すぐに拡散される。
「どこで?」
「まだある?」
「欲しい!」
熱が、再び動き出す。
遠く離れた帝都ビューティー本社。
神崎玲司はその画面を見ていた。
そして——
わずかに笑った。
「……なるほど」
「選ばせない、か」
静かに言う。
「面白い」




