【第26話】帝国はなぜ動くのか
帝都ビューティー 本社。
高層階。
ガラス張りの会議室からは、東京の街が一望できた。
その中心に、一人の男が座っている。
神崎玲司。
資料が机に並んでいる。
売上データ。
流通データ。
SNS分析。
すべてが揃っていた。
部下が報告する。
「対象商品、都内一部エリアで急激に拡販しています」
「原宿、表参道、下北沢——」
「そして、吉祥寺でも」
神崎は無言で資料を見る。
グラフが跳ねている。
異常な伸び。
静かに口を開く。
「広告は?」
「打っていません」
「インフルエンサーは?」
「確認できていません」
「ではなぜ売れている」
部下は言葉に詰まる。
神崎は資料を閉じた。
「構造だな」
部下が顔を上げる。
「……構造?」
神崎は立ち上がる。
窓の外を見る。
「市場は動かない」
「動くのは、人間だ」
振り返る。
「誰かが“動かしている”」
沈黙。
そして神崎は言った。
「面白い」
部下が戸惑う。
「……止めなくてよろしいのですか?」
神崎は小さく笑った。
「止める必要はない」
一瞬の間。
「——潰す」
空気が凍る。
神崎は続ける。
「小さな芽は、早いうちに摘む」
「それが帝国のやり方だ」
部下がうなずく。
「すでに卸には圧力をかけています」
神崎は目を細める。
「だが——」
資料を一枚取り上げる。
そこには――
コスメプラザ吉祥寺店の売上推移。
そして——
異常な回転率。
神崎はつぶやく。
「止まっていないな」
部下が言う。
「……はい」
「直販の動きが確認されています」
神崎の口元がわずかに上がる。
「なるほど」
「補給線を作り直したか」
部下が驚く。
「補給線……?」
神崎は椅子に座る。
「戦争の基本だ」
「面白い」
指で机を軽く叩く。
「誰だ」
「この戦い方をしているのは」
部下が資料を差し出す。
「花咲化粧品」
「商品部」
「鈴木柚留」
神崎はその名前を見つめる。
「鈴木……柚留」
静かに繰り返す。
その瞬間——
目が変わった。
「会ってみたいな」
部下が戸惑う。
「……接触しますか?」
神崎は首を横に振る。
「いや」
「まずは試す」
資料を机に置く。
「この程度で崩れるなら」
「それまでだ」
立ち上がる。
「だが」
少しだけ笑う。
「崩れないなら」
窓の外を見た。
東京の街。
無数の企業。
無数の競争。
その頂点にいる男は言った。
「楽しめそうだ」
その頃——
吉祥寺。
店の外には、まだ人が残っていた。
「もう売り切れ?」
「さっき入ったばかりじゃないの?」
熱は、まだ冷めていない。
店内。
相沢葵が棚を見つめていた。
完全に空だ。
「……すごい」
小さくつぶやく。
その横で柚留が言う。
「まだ足りませんね」
葵は笑った。
「全然足りません」
二人は顔を見合わせる。
そのとき——
柚留の頭の奥で声がした。
『いい流れだ』
ナポレオンだ。
『だが油断するな』
柚留は答える。
(わかってます)
ナポレオンは言う。
『敵は強い』
『だから面白い』
柚留は小さく笑った。
(確かに)
そして、つぶやく。
「戦争ですね」
ナポレオンは言った。
『当然だ』




