【第23話】帝国の影
花咲化粧品、本社。
商品部フロアは朝からざわついていた。
「原宿店、在庫ゼロです!」
「表参道も売り切れ!」
「下北沢も完売です!」
電話が次々に鳴る。
社員たちは慌ただしく動いていた。
黒田が怒鳴る。
「だから言っただろ!」
「生産足りねえって!」
柚留は立ち尽くしていた。
売れている。
想像以上に。
原宿。
表参道。
下北沢。
すべての店で——
完売。
そのとき黒田が近づいた。
「お前」
柚留を見る。
「何やった」
柚留は戸惑う。
「え?」
黒田は言った。
「店が全部売り切れてる」
「本社が騒いでる」
柚留の頭が追いつかない。
(売り切れ……?)
そこへ電話が鳴る。
柚留のデスクだ。
「鈴木です」
相手は卸会社だった。
声が妙に固い。
「鈴木さん」
「少し困ったことになりまして」
柚留の胸がざわつく。
「御社の商品ですが」
一瞬の沈黙。
「しばらく出荷ができません」
柚留は思わず言った。
「え?」
卸は続ける。
「帝都ビューティー様から」
「流通調整の依頼がありまして」
その言葉で空気が凍った。
帝都ビューティー。
年商3000億。
業界最大手。
そして——
マーケティングの天才。
神崎玲司。
柚留の手が震える。
「つまり……」
「出荷止めですか?」
卸は申し訳なさそうに言う。
「そうなります」
電話が切れた。
柚留はゆっくり受話器を置く。
黒田が聞く。
「どうした」
柚留は答えた。
「卸が……止まりました」
黒田の目が鋭くなる。
「帝都か」
柚留はうなずいた。
さっきまでの騒ぎ。
売り切れ。
成功。
だがその裏で——
帝国が動いた。
柚留の背中に冷たい汗が流れる。
(終わった)
巨大企業。
帝都ビューティー。
花咲化粧品とは
あまりにも差がある。
そのときだった。
頭の奥で声がした。
『ほう』
ナポレオンだ。
『やっと戦争らしくなったな』
柚留は心の中で叫ぶ。
(いやいやいや!)
(終わりですよ!)
(流通止められたら!)
ナポレオンは静かに言う。
『愚かだ』
柚留は反発する。
(だって!)
(商品が店に届かないんですよ!)
ナポレオンは笑った。
『戦争とは何だ』
柚留は答えられない。
ナポレオンは言った。
『補給線だ』
柚留の心臓が止まりかける。
『敵はお前の補給線を断った』
『つまり』
『お前を戦場から追い出そうとしている』
柚留はつぶやく。
「補給線……」
ナポレオンは続ける。
『ならば』
『新しい補給線を作れ』
柚留は顔を上げた。
戦争は始まった。




